第49話 忘れたくないこと

 日記を読み終わって、ローズさんが地面にへたり込んだ。彼女らしくない弱々しい動作だった。


「ベロニカさん……」


 それ以上の言葉はなかった。俺も同じだった。


 本当に言葉がない。ベロニカさんの日記……その内容を読んで、感情がグチャグチャになってしまっていた。


 ベロニカさんはただ、家族で一緒に過ごしたかっただけだ。手に入れた家族というものを愛していただけだ。

 

 それが一瞬にして奪われてしまった。理不尽に、強引に。


 ローズさんが言う。


「……ベロニカさんがこの屋敷に来た当初……彼女はずっと怯えていました。どうやら家庭では日常的に暴力が振るわれていたようで……」

「……そうだったんですか……」


 まだ俺も子供だったし、過去のことは聞かなかったからな。


「少しでも彼女の心が安定したら良いと思って、日記を書くことを勧めました。まさか……毎日書いてくれているとは」


 三日坊主でもいいと思っていたのかもしれない。とにかく心を吐き出せるものがあればよかった。


 ……


 俺は言う。場違いかとも思ったが、伝えなければならないと思った。


「忘れたくないことはメモをする。それから最初にメモに書かれたのは……ローズさんの名前でしたね」

「……そうですね……」


 ベロニカさんにとって、それは忘れたくないことだった。何度も何度も読み返して覚えたのだろう。


 ……


 そんな記憶も、想いも、今のベロニカさんからは失われているのだろう。別人になってしまった彼女は、この日記の内容も知らないのだろう。


 ……


 俺は机においてあったクッキーを集めて、


「……これ、みんなに配りましょうか。ベロニカさんからのプレゼントだって」

「……はい……本来なら本人から配って欲しいものですが……仕方がないでしょう」


 放っておいたら腐ってしまう。それは本当のベロニカさんだって望んでいない。


 ……


 空気が重たかった。今すぐにでも泣き出してしまいそうな感情を、俺もローズさんもなんとか押し留めていた。


「……必ず……」ローズさんは涙声で、「必ず……必ず家族を取り返します。待っていて、ください」


 その言葉は……きっとここにはいない家族に向けて発されたもの。ベロニカさん、アマリリス、ギン。その3人に向けられたものだ。


 ……


 ……


 そうだ。俺がここでくじけてどうする。


 やれることは1つしかないだろう。


 家族を取り戻す。当たり前の日常を、俺が取り戻すのだ。


 転生者侵略者などに負けてたまるか。人の家族を、思い出を、土足で踏みにじるような奴らに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

次の更新予定

毎日 22:22 予定は変更される可能性があります

【悲報】貴族の息子、周囲がゲーム知識とチート能力を持った転生者だらけになる【誰か助けてくれ】 嬉野K @orange-peel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画