第9話 謎コスプレの裏事情

 というか、そもそも意味わかんないよね、と青川せいかわ先輩は言った。


 生徒会役員が仮装をして新入生をもてなすという、我が校の伝統行事。

 この伝統の意義が分からない、と言うのだ。


「一応、歓迎会で和気あいあいとした雰囲気を形成するためという、もっともらしい理由はあるみたいだけどね」


 という先輩の断りに、わたしは「なるほど」と思った。

 新入生歓迎会は入学式のような式典ではなく、上級生の出し物で新入生をもてなしてもらう、言わば『お楽しみ会』のようなイベントだから、妥当性はあると思うけど。


「でも正直なところ、よく知らない上級生の謎コスプレ見ても反応に困るだけじゃん? 寒いっていうか」

「はは……」


 青川先輩による忌憚きたんのない発言には、わたしは苦笑いするしかない。どの目線での発言なんだろう。自分が新入生だった頃を思い出してか、生徒会メンバーである現在の心境なのか。


 でも、入学したばかりの1年生にとっては、確かにさじ加減が難しい問題だったかも。

 諸先輩方のコスプレを笑ったら失礼なのか、逆に笑わない方が失礼なのか、という命題は、誰しも悩むところだと思う。


「だから、別にいいじゃないですかって僕は生徒会長に言ったんだ。──僕が歓迎会当日に衣装を忘れるという失態を犯したことは認めますが、そもそも壇上でコスプレをする意義が分かりませんので、別にいいじゃないですかって」


 すごい開き直りようだとは思ったけど、「それで、会長さんは何と?」とりあえず無難につなぐ。


「そしたら、ならお前は制服で登壇しても構わないと言われて、僕は『勝った』と思った。その時だけは」

「その時だけは」


 その結果は、全校生徒がすでに知っている。

 青川先輩が着ていたのは、制服は制服でも女子の制服だった。


「生徒会室に、卒業生が置いていった制服があったんだよ。予備として置いときなよ、と善意でいただいたものが。それを僕に着ろって、あの会長。ほんと信じらんない」

「……それは断れなかったわけですか」

「もちろん断りたかったけど、周りのやつらも『お前だけ何もナシなのはずるい』と口々に言い出して、結局は根負け。ていうか、みんなもコスプレに不満があったんなら企画段階でちゃんと潰しておけよ、と思ったけど、それは僕にも言えることだから」


 長々と喋って、先輩は「はぁ」とため息をついた。


「……ちなみに、本来は何の衣装を着る予定だったんですか」

「アーニャ・フォージャー」

「え?」

「知らない? スパイファミリーのアーニャ」


 ええと、と記憶を探る。

 確か、ピンクの髪の幼い女の子のキャラクターじゃなかったっけ。


「あれっ、どっちにしても女装じゃないですか」と言うと、「細かいことは気にすんな」と言われた。


「それで、生徒会長へのせめてもの抵抗として思い付いたのが、できるかぎり泰然自若でいようってこと。自分で言うのもなんだけど、僕ってよく女と間違えられる見た目なわけ」

「そ……そうですね」その認識はあったんだなぁ、と思ってしまう。

「それを利用して、さも自分が女子生徒であるかのように平然とふるまい、1年生たちを騙し通すことが出来れば、『謎コスプレによる微妙な反応を免れる』という目的だけは果たすことができるでしょ?」

「なるほど……」

「それこそが、僕が女子生徒を演じた理由」


 正直、生徒会長への抵抗と言うよりは自己欺瞞に近いのだろうけど、当人が納得しているならそれが何よりなのかもしれない。


「あの、わたしたちはしっかり騙されたので、先輩の目的は果たされているかと思いますよ」

「ふふん、そうでしょう」


 先輩は満足げにニヤリと笑う。

 がしかし、次の瞬間にはその口元から笑みが消え、「あ……」とつぶやいたのちに、青ざめて虚空を見つめてしまった。


「先輩?」

「…………」


 先輩は無言のままわたしを一瞥して、そしてゆっくりと視線を正面に戻す。


「ど、どうかしたんですか?」


 あんなに饒舌に喋っていたはずの先輩は、なぜか節電モードに移行したかのように静かになってしまった。

 あのう、と呼んでみるけれど返事がない。

 この人の脳内でいったい何が起こっているのか。何か話してもらえないかぎり、わたしに分かるわけもない。


 途方に暮れていると、ざりざりとアスファルトとタイヤが擦れる音がして、一台の車が駐車場に入ってきた。車中泊もできそうなサイズの、シルバーのバンだ。

 エンジンが停止すると運転席から大柄な男性が豪快に降りてきたので、わたしはとっさに身を固くした。青川先輩はというと、呆然と空中を見つめたままだ。


「いやー、待たせたな!」


 大柄な男性は、明らかにこちらに向けて『すまん』のジェスチャーをした。

 サングラスに、アロハシャツ。ドーナツのように繋がったヒゲ、明るい色の短髪。


「えっと、こんにちは」


 どぎまぎしながら挨拶すると、サングラスの男性は「ああ、きみが神木さん」とうなずいた。


「どうも、事務員の熊沢です。よろしく。──で、マリン。お前はどうしたよ、立ったまま寝てんじゃねーだろうなぁ?」


 言いながら、熊沢さんは青川先輩の眼前でパンパンと2回手を叩く。

 先輩は、3秒くらいしてから「うわびっくりした」異世界から戻ってきた。


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祠とわたしと女装男子 焼おにぎり @baribori

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