第41話 係長VSニセ勇者③

「幻覚……」

 

 巨大にて複数、聳え立っている女の光景を見て、俺は何が起こったのかを理解した。


 俺の腹を貫いた矢じりに、毒でも塗っていたのだろうか。

 おそらく、俺がハンドガンを女……ニセ勇者姉に撃った時点で、俺は幻覚を見ていて、あらぬ方向に銃弾を向けていたのだろう。


 だけれど。


 カラクリを理解したところで、もう遅い。

 

 巨大にして無数の女たちが、四方八方からナイフを俺に突き刺した。


「……ッ!?」


 全身に広がる鋭い痛み。

 たぶん、このニセ勇者姉は俺に一突きしかしていないのだろうが……幻覚のせいでその痛みは全身から発生したように錯覚してしまう。


 これだけでも意識を失うに十分な衝撃だが、ニセ勇者姉は随分と陰湿な性格をしているらしい。

 突き刺したナイフを、グリグリと弄り始め、俺の傷口を刺激してきやがった。


「……グッゥ!?!」


 これには流石に係長でも悲鳴を隠せない。

 ただのナイフであれば俺の体を貫くことは不可能であるが……おそらく、毒のせいで体が弱っている。

 引火性のガスが充満した現場で煙草の火をつけて顔から爆破を喰らったことがあったが、それでもこのハンサムな顔は少しも傷がつかなかったし、その後も普通に仕事していたんだがな……。


 この毒は……ガチでヤバい。


 ニセ勇者姉は俺をしばらく痛めつけた後、俺を蹴り飛ばす。


 視界も覚束なく、平衡感覚が狂っているせいで、俺にはどこかに吹き飛んだくらいしか分からない。


「ほら……キィ坊、しっかりして」


「うっ、うぅぅ……」


 ニセ勇者姉がニセ勇者に声を掛けると、彼は少しずつ声の調子を取り戻していく。

 俺がアイツの息の根を確認した時は、確かもう干からびたカエルみたいな状態だったはずだが……。

 回復の魔法か何かを使ったのだろうか。


「ぇ、ネェちゃん! お、遅いよ!」


 ニセ勇者は文句が言えるくらいには回復してようだ。

 助けてもらったと言うのに、先に文句が出るなんて随分な勇者様だ。


「ごめんね。キィ坊、闘いの邪魔をするといつも怒るから」


 ニセ勇者姉は穏やかな調子で弟を宥める。


「で、でもアイツおかしい! “果敢躍動ヤマトタケル”はボクに攻撃する奴を全て焼き尽くす最強の魔法なのに!」


「キィ坊。もしかしてだけど、その力ってキィ坊が危ない、って思わないと発動しないんじゃないかな?」


「えっ……」


 姉の言葉に、ニセ勇者は呆気に取られていた。

 余計なこと言いやがって、気づいてなけりゃもうちょいやりようがあったもんだが。


「あの人に攻撃受けた時、キィ坊は攻撃に気づいていた?」


「い、いや! だってアイツ、後ろから攻撃してきたりするし!」


「……なら、たぶん間違いないね。その力は、不意打ちを防げないの」


「……!」


 ニセ勇者は愕然としたような表情をした。

 霞む視線の先でも、ソイツの間抜けな表情はよく伺える。


「な、何だそれ! じゃあこれから、後ろから攻撃されたらどうするんだよ! 後ろに目をつけろってこと!?」


 ニセ勇者が喚き散らしている。 

 俺は今のうちに毒で弱った体を叩き直そうとしていたが、激昂したままニセ勇者は倒れた俺に詰め寄った。


「コイツ……! コイツが悪い!」


 そう言って、ニセ勇者は俺に足を踏みつける。

 間抜けなやつだが、攻撃力はなかなかのもので、こいつの足一発で俺の頭蓋骨にヒビが入った。


「ボクに……ボクに逆らうからだ! 逆らった奴はみぃんな、こうなるんだ! 勇者に逆らおうとするんじゃ、無い! ボクは、ボクは勇者なんだ!」


 ニセ勇者のヒステリックが爆発した。

 動けない俺を蹴り上げ、炎の魔法……ドラクエでいうメラっぽい火の弾を投げ、草薙剣を振り上げて炎の風で吹き飛ばしたりしてきた。

 

 こうやって無抵抗でニセ勇者の攻撃を受けてみると、身体能力については光るものがある。

 確かに毒のせいで俺の体が弱っているのもあるが、少なくともニセ勇者の一発一発の攻撃はどれも普通のタイミーであれば人体の四肢が破裂してもおかしくない威力だ。


「ほらッ! どうしたどうしたどうした! さっきまで粋がっていたのに、今じゃお前なんかサンドバッグじゃん! ざまーみろ! ざまーみろざまーみろ!」


 ニセ勇者は有利になった途端に愉快な声で俺を蹂躙している。俺が抵抗しないことをいいことに、蹴っては踏みつけ、蹴っては踏みつける。

 忙しくても髭剃りと化粧水、ワックスのセットを欠かさなかった俺の顔は土と血で汚れてしまう。


 ……。

 マテ。


 俺。

 

「ははっ……というか、しぶといな、お前……まだい生きてるみたいだし……。村のアイツらは、ボクが勇者になった途端に、少しコズいただけで吹き飛んだのに! アハハハッ!」


 ニセ勇者は俺の頭を踏みつけ、見下しつつ笑っている。


 待て、まだまだ。


 まだまだ。

 機会はすぐに来る。


 俺はすべての思いを飲み込みながら、ニセ勇者の靴底を甘んじて受け止めていると……。


「ユメジ……様?」


 遠くで、聞き馴染んだ女の子の声がした。


 ちらりと後ろの様子を伺うと、そこにはアイビーさんがいる。その腕には、絶世の美女と評しても謙遜を残してしまいそうなほど美しいケルちゃんがまんまるお目めでこちらを眺めている。


 いや、今はケルちゃんに見とれている場合じゃない、むしろノイズだ。


 それよりも、アイビーさんは俺の状態を見るやいなや、血相を変えて叫んだ。


「“爆ぜろ《バン》”」


 と、彼女は魔法を唱えると、ニセ勇者の右肩辺りに爆発が発生した。


「……ッ!?」


 突然現れた爆発は、ニセ勇者の右肩を抉るが、ヤマトなんたらという魔法が、遅れてニセ勇者を保護した。爆発に対して、炎の防御をクッションにすることでダメージを軽減させたようだ。


「“爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》” “爆ぜろ《バン》”」


 だが、アイビーさんの激情が一発の爆発で収まるはずもない。

 彼女は、息継ぎ暇もなく、いや……まさにその言葉の通り、窒息しそうな勢いで魔法を唱え続け、ニセ勇者に爆発の魔法を唱え続けた。


 

「っっ!? な、なんだコレ……!」


 アイビーさんが得意にしている魔法は、視認できる場所を起点に爆発を放てる魔法である。

 確かに、ドラゴンクエストのメラみたいに銃弾の代わりに火の弾を飛ばす魔法に比べれば、危機感による防御は難しいだろうが……。


 次第に、ニセ勇者によるヤマトなんちゃらと言う奴は、彼女の攻撃に対応し始めた。


「……!」


 アイビーさんも、爆発の魔法が何かに妨げられていることに気づき始めたようだ。

 この場で、俺がアイビーさんにニセ勇者を守っている魔法について叫んで伝えたいところだが、それは無理な話なので黙っていたが……。


 ニセ勇者姉が、腕をまっすぐ伸ばし、人差し指をアイビーさんに射しているのに気づいた。


 あ、これはマズくね……?


 と、俺がのんびり眺めているのもつかの間……アイビーさんに向かって、ニセ勇者姉の指から一本の矢が射出されたのに気づいた。

 アイビーさんは魔法を連射していた故か、それに気づいていない。

 と言うか、こればっかりはニセ勇者姉の隠密スキルが上手だったというしかない。彼女の一挙手一投足は凪のような静かな動きで、他者に一切の違和感すら与えず、彼女を攻撃したのだから。

 

 俺ですら、正直なことを言うとニセ勇者姉のすべての行動が終わってから攻撃していたことに気づいた始末である。


 俺は焦って、口を開こうとした瞬間である……。


 ニセ勇者姉の放った矢は、唐突に弾かれた。


「!?」


 ニセ勇者姉の顔色が、初めて見たような表情になる。

 とは言え、俺もそれを感心しているほど余裕はなかった。


 ニセ勇者姉が放った、即効にして不可避にも思えたその攻撃を防いだのは……我が愛する愛ネコのケルちゃんだったからだ。


「シャアァツ!」


 ケルちゃんはアイビーさんの胸から飛び出し、ニセ勇者姉の矢を弾きつつ、ニセ勇者姉の前に立ちふさがるかのように威嚇を放つ。


 ケルちゃんッッッ! サイッコウにカッケェ!

 素晴らしい野生だ!


「ケルちゃん……? いえ、それより……」


 ケルちゃんの素晴らしい野生にアイビーさんは見惚れつつも、アイビーさんは矢を放った相手に目を向ける。


 少しの間、アイビーさんとニセ勇者姉の視線が交わる。

 アイビーさんは未だに憤りが隠せないのか睨むような視線を、ニセ勇者姉は余裕からか冷たい視線をお互いに向き合う。


 そんな静かに互いの思惑を交差しあう時間がしばらく経った後、視線はそのままに、ニセ勇者姉は弟に向けて言葉を漏らした。


「キィ坊。あの子、『知るもの』の力を持っているよ」


「……えっ?」


 ……。

 この女、何者だろうか。


 アイビーさんの様子を少し見ただけで、女神が渡したチート能力のことを看破しやがった。

 と、俺が訝しんでいた時、アイビーさんも反骨精神強めに言い返した。


「貴方こそ……『捉えるもの』の祝福を貰っていますよね……。そして、そこの無礼者は、どういう経緯なのかは分かりませんが、『勇ましき者』の祝福を受けています。これは、何かの見間違いだったりしますか? ユメジ様……」


 アイビーさんは俺に応答を期待しているようだが、残念ながら俺は声を出せる状況じゃあない。

 申し訳ないが、無言を貫かせてもらう。


 とはいえ、ニセ勇者姉はそんなアイビーさんの言葉を聞いて、ある程度の状況を察したようで……。


「たぶん、この人の仲間みたいだけど……どうする? キィ坊」


 と、ニセ勇者姉は尋ねた。

 やはり、ここで一番厄介なのはニセ勇者姉だ。

 相手の情報をそのまま伝え、ステータスだけは一人前のニセ勇者を冷静に裏で動かす狡猾さ。正直、コイツもコイツなりにバカだったら事はわざわざ腹芸することなく動けてたんだが、どうにも一筋縄にいかないようだ。


「……決まってるよ、ネェちゃん」


 とはいえ、ニセ勇者は良い意味で予測不可能な声色で答える。

 さて、なんて間抜けな回答が得られるか……思いきや。


「お前……! ボクの仲間になれ!」


 ……。


 何言ってんだコイツ。

 


 



 

 

 



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ネコを助けて異世界入り 強井零 @real_de_yaruo

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