煌々夜直

煌々夜直

 世界とは、元々大きな1つしかなかった。人々はその中で国や社会など、大小さまざまなまとまりを形成しながら暮らしていたが、争いは絶えず、世界人口は減少の一途をたどっていた。争いを止めることは不可能だと悟った人間たちが選んだ最良の選択肢は、「世界を分けること」だった――。






 第一章


「カミサマ!」


 陽の光に照らされきらめく白髪をなびかせて、走るヨタタは大きく吠える。


はどこにでも出せるわけではないんですよ。適切な位置、環境、タイミング――」


 カミサマはいつも通りの落ち着いた口調でヨタタに通信を送る。


御託ごたくはいいから早く! 盗まれちゃうよ! うわっ!」


 ヨタタは彼女を追いかける集団の攻撃を間一髪で避ける。


 この世界の言葉の解析は先刻完了したが、その直後に解析後の言語情報を狙うに見つかってしまった。


「ポータルの準備ができました。ヨタタの進行方向に開きます。3 2 1――」

「!」


 ヨタタはポータルの眩しさに目を瞑りながら光の中へ飛び込み、盗賊団の手が彼女に届く前にポータルは閉ざされた。

 



「ヨタタ。通信は届いていますか」


「いてて、聞こえてるよ。カミサマ」


 飛び込んだ反動で転んでしまったヨタタは服をはたきながら答える。


「外は雨かな。雨音と湿気が半端ないね」


 あたりを見渡してみると、どうやらコンクリートのような素材で作られた建物の屋内のようだ。


「今回の世界は、先ほどの世界からそう遠くない次元に位置している世界です。言語にも似通った部分があるでしょうが、解析装置の設置はいつも通りお願いします」


「わかってるよ。とりあえずこの建物から出なきゃね」


 建物から出ると、分厚い雨雲によって薄暗くなった空から雨がざあざあと降り続けている。 

 まとわりつくような湿気とどんよりとした空気のなか、周りには存外明るい建物が多く、見えこそしないものの人の気配もしている。


「うひゃー、やっぱりすごい雨だね。傘持ってないけど明るいほうに行けば解析装置も置けそうだね」


 ヨタタは煎餅せんべいほどの大きさの解析装置を手のひらでくるくると回しながらにこやかに話す。


「比較的大きな町に飛べたようですね。言語解析装置は人々が集まる場所に設置することでその効果を最大限に発揮できます。追手に警戒しつつ進みましょう」


 足早に雨を抜けようとした瞬間、建物の陰から若い女性が叫んだ。


「キケン! ◇〇〇△!」


「っ!」


 ヨタタは驚きながら急停止する。


「ヨタタ、彼女はこの世界の住人です。言語は理解できますか。」


「さっきの世界と似てるかも。違和感は大ありだけどね」


 カミサマの質問に小声で答えつつ、解析装置を静かに起動する。


「装置を起動しましたね。解析が進むまでは上手く誤魔化ごまかしてください」


「コンニチハ! ワタシ 迷った。案内、欲しい」


 ヨタタのカタコトの挨拶に女性は一瞬怪訝けげんそうな顔をしたが、愛想の良い笑顔で答える。


「こんにちは。あなた、□×◇? こっち、案内」


「アリガトウ!」


「すごいですね。まさか通じるとは」


 カミサマは感心と呆れが混ざり合ったようなため息を吐く。


「大事なのは伝えたい気持ちと度胸だよ」


 ふふんと鼻を鳴らしながらヨタタは満足げに女性に付いていく。




 女性と歩いてるうちに何度か会話をすると、言語解析も進み、いくばくか自然と話せるようになってきた。


「ヨタタちゃん、聞いたことない訛りで喋るのね。一体どこの村で生まれたの?」

 レイナと名乗る少女は不思議そうな顔で問いかける。


「北側の世界の端っこにある小さな村だヨ」

 歯切れが悪そうにヨタタは答える。


「そうなんだ。それにしたってわざわざ酸雨さんうの月に来なくたっていいじゃない! もう少し声をかけるのが遅くなったら、あなたやけどするところだったよ!」


 どうやらこの世界では雨が降り続き、定期的に雨の性質が変わるようで、現在は強い酸の雨が降り続ける酸雨の月という時期らしい。


「イヤぁ、助かったヨ。すっかり忘れててサ。レイナちゃんのおかげで命拾いしたナ」

 頭を搔きながら照れくさそうにヨタタは笑う。


「ふふふ」

 

「どうしたノ?」


「いや、ヨタタちゃんったら、年も私とそう変わらなさそうなのに、おじさんみたいな喋り方をするから。面白くって」


「アハハ……」


 歩き続けるレイナの背中を見つめながら笑うヨタタの目には怒りの炎が燃えている。


「ヨタタ、気にしてはいけません。別の世界の言語を巧みに操って話しているんですから、むしろ方言くらいに思われているのはとてもすごいことですよ。なにより、命の恩人に対してそんな目を向けてはばちが当たります」


 カミサマは若干声を震わせながらヨタタを宥める。


「カミサマ。帰ったらこのやり場のない怒りごとお前にぶつけてやるからな。」


 酸雨の時期には外には出られないため、建物の地下にある雨を避けるための通路を使って建物間を移動しているようで、十数分ほど歩いた場所にレイナの家はあった。


「人の多い所に行きたいって話だったわよね。酸雨の月中だったら、街の集会所に人はいるし、五日後には酸雨の月が終わって、日向雨ひなたあめの月になるから、広場にいけば人がたくさんいると思うけど……何をするの?」


「イヤぁ、人の多い所で芸でも見せて日銭を稼ごうかとネ」


 好奇心にあふれるレイナの真っ直ぐな目に見つめられたヨタタははにかみながら答える。


「へえ! ヨタタちゃん、芸人さんなのね! 若いのにすごいなあ。そういうことだったら広場のほうがよさそうだけど、それまでどこに泊まるの?」


「何も準備してないからネ。そこらへんで寝るヨ」


「だめだよ! 女の子なんだから危ない! うちに泊まりなよ! きまりね。お布団の準備しなきゃ」


「エぇ、良いノ?お言葉に甘えちゃおうカナ」


 ヨタタが返事を言い切る前にレイナは部屋の奥へと走り出していた。


「ふむ、いいですね、この世界の住人に触れ合う時間と量が多ければ多いほど解析も早くなりますから」


「そんな丁寧な喋り方したって、乙女の神聖な会話を盗み聞きしてるんだから、とんだ変態紳士だね」


 悪態をつきながら、ヨタタもどこか楽しそうに部屋に入っていった。






 第二章


 雨の国での初めての朝、といっても窓から差し込む光はとても多くはなく、他の世界での日の入り間近のような感覚になる。


「おはよう、ヨタタちゃん! 朝ごはん食べよう」


「オハヨ、レイナちゃん。わざわざアリガトウ」


「ご飯食べたら集会所に行こう。芸を見せれるような広さはないけど、酸雨の月には集会所にお店が並ぶからね。ヨタタちゃんの分の食材も買わないと」


「悪いネ。町の人にも挨拶しなキャ」


 集会所はレイナの家から十分ほど歩いた位置にあり、思った以上の人数が出入りしていた。


「おはようございます。ヨタタ。これだけ多くの人がいれば解析も数日で終わりそうですね。解析装置の設置をお願いします」


「おはようカミサマ。今から設置するよ」


 昨夜起動した解析装置を集会所の中心に設置する。大きなものではないが、適切に設置することで人間の肉眼では捉えられないようになる。


「まずは八百屋のおじさんのところでお野菜買わないと。ヨタタちゃん! こっちだよ!」

 レイナは張り切りながら腕を大きく振ってヨタタを呼ぶ。


「ハイ、行きマス」


 ヨタタも早足で付いていく。


「お、レイナじゃねえか! おはようさん。それと……見ない顔だな」


 強面こわもてで大男の八百屋のおじさんが腕を組み眉間にしわを寄せながらヨタタの顔を覗き込む。


「おはようございマス。ヨタタって言います!」


 ヨタタは胸を張って大きな声であいさつをする。


「ヨタタちゃん、世界の端っこの村から来た芸人さんなの。酸雨が終わるまでうちにいるから、町のみんなに紹介しようと思って」


「ほお、若いのに頑張っててえらいな。それも酸雨の月に来るとはなあ。よし、レイナの友達ってことなら今日は野菜をおまけしてやらなきゃな」


 さっきまで怖い顔だったおじさんが、仏のような優しい笑顔でヨタタの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「アハハ……ありがとうございマス! いっぱい野菜食べマス!」


 崩れた髪の毛をパパっと直しながらヨタタは笑う


「ヨタタちゃん。おかしな話し方だなあ! がははは!」

 八百屋のおじさんは上を向きながら頭が割れるほどおおきな声をあげて笑い続ける。


「ヨタタ、町の人にそんな目を向けてはばちが当たりますよ」


 カミサマからの通信を無視しつつも、ヨタタは怒りを抑え切った。




「ヨタタちゃん、おはよう! 朝ごはんできるよ」

「おはよう。レイナちゃん、ありがとう」


 眠い目をこすりながらヨタタは体を起こす。


 ヨタタがこのに飛んできてから五日が経ち、集会所にも解析装置を設置したことで、この世界におけるヨタタの言語能力も格段に上昇した。


 「おはようございます。ヨタタ。この世界の住人は日の光がなくとも朝をしっかりと認識できるようですね。今日で言語解析も完了しそうですし、残念ながら広場での大道芸の披露は難しそうです」


「おはようカミサマ。レイナちゃんともそろそろお別れかぁ。寂しいな」


 今日もいつも通り朝ごはんを食べてから、レイナと一緒に集会所に向かう。


「? 今日は集会所が騒がしいね。何かあったのかな。」


「あそこで集まってるのかな。あ、八百屋のおじさんもいるね。ヨタタちゃん、行ってみよう」


 人だかりの中心に知り合いを見つけたレイナとヨタタが駆け寄る。


「おじさん。なにがあったの?」


「おお、レイナとヨタタちゃんじゃねぇか。今朝、酸雨に打たれて病院に何人か運ばれたらしくてな」


「酸雨に? 足でもすべらしちゃったのかな」


 レイナは不思議そうな顔で首をかしげる。


「それがな、全員ここいらで見ないような不思議な恰好をしていて、全員意識が戻ったってのに一切口を利かなくてな、なんだか気味が悪いっていうからその話で持ち切りだよ」


 大袈裟おおげさに身震いさせながら楽しそうにおじさんは話す。


「へえ。なんだか怖いね」


「……」


「ヨタタ、お気づきでしょうが盗賊団です。解析が完了次第速やかにこの世界から脱出させます」


「わかってるよ」

 ヨタタは静かに答えて、二人はその場を後にした。






 第三章


「おそらくこの世界に入るために開いたポータルが探知されましたね。あと数時間で解析も完了しますが、完了と同時にヨタタの位置も割れてしまうでしょう」

 

「酸雨のおかげで足止めが出来てるのはラッキーだったね」


 真夜中に降り続ける酸雨を見つめながら呟く。

 

「今回の世界にはずいぶん肩入れしていますね、レイナさんですか?」


「そりゃね。あんなに良くしてくれた子は初めてだし、ご飯はおいしかったしね」

 ヨタタは小さくうなだれた。


 解析は本来、言語の違いによりコミュニケーションが取れないため、世界の住人とは関わらず完了させる。今回はヨタタの高いと、前回の世界の言語の類似性が会話を可能にしたが、このような事態はヨタタにとっても初めてだった。


「彼女の住むこの世界を守るためにも、この言語を盗賊団に渡すわけにはいきませんね」


「そうだね、朝になったら早く出なきゃ」




 数時間後、酸雨の月が終わると同時に雨の世界の言語情報の解析が完了した。


「ヨタタ、解析完了です。盗賊団が来ます」


 遠くで大きな音がする。おそらく盗賊団が一斉にこちらに向かってきているのだろう。


「うん、日向雨ひなたあめか、いいね。今日も元気に走れそう」


 雨は降り続けながらも、昨日までとは打って変わって陽の光が世界を照らしている。大きな伸びをしてから、ヨタタは走り出した。


「後方に盗賊団、攻撃来ます。」


 盗賊団は十人弱で形成された部隊で追ってきている。


「わかってるよ! なるべく急ぎでね!」


「幸い、ポータルをひらける場所が多そうです。もうじき開けますので速度を上げてください」


 盗賊団が使う捕縛用の攻撃がヨタタを狙う。


「ポータルの準備ができました。ヨタタの進行方向に開きます。3 2――」


 盗賊団の攻撃は、全速力で走るヨタタには当てられない。今回もそのはずだった。彼女の声さえ届かなければ。


「ヨタタちゃん!」


「レイナちゃん――」


 ポータルに入る直前、ヨタタは減速してしまった。盗賊団の捕縛攻撃に当たる。


「ヨタタ!」

 初めて聞くカミサマの動揺した声を最後に、ヨタタの意識は遠のいていく。






 最終章


 目が覚めると見覚えのある景色が広がっていた。雨の国の集会所だ。


「ヨタタちゃん!」


 半泣きのレイナがヨタタの手を握っている。


「レイナちゃん……?」


 手を伸ばそうとすると手首が何かに引っかかる。ベッドに何かで縛られているようだ。


「目が覚めるまで4時間か。案外早かったな」


 声のするほうに目を向けると、盗賊団の恰好をした少年が立っていた。


「盗賊団……?」


 状況はつかみきれないままヨタタは思ったままに口を開く。


「盗賊団……ね。お前のボスは俺たちのことをそう呼んでいるみたいだな」


 妙に鼻につく態度の少年が含みのある言い方でヨタタを見下ろす。


 集会所の中には昨夜までの活気はなく、住人達も見当たらず静まり返っている。広い空間の中心にはベッドに縛り付けられたヨタタが寝かされており、盗賊団はその周りを囲むように立っている。


「ヨタタちゃん、死んじゃったかと思った……」


 レイナはヨタタの手を強く握った。


「レイナ、ごめん。私――」


「お前の目的と素性はすでに話してある。本来我々は世界の住人と関わってはいけないが、すでに俺の部下たちが病院で世話になって目撃者も多いからな」


 少年は周りをぐるりと見渡し、ヨタタを囲む盗賊団たちが背筋を伸ばす。どうやら最年少にも見えるこの少年は、意外にもリーダー格らしい。


「素性って、ヨタタちゃんは騙されてたんでしょ。そんな言い方しないでよ」


 レイナが少年を睨みつける。


「騙されてた? 一体何の話? それになんで盗賊団がこの国の言葉を話してるの? 言語情報を盗めたとしても4時間で言葉を覚えるなんて不可能でしょ」


 ヨタタは頭をフル稼働させながら状況を理解しようとする。


「簡単な話だろ。俺たちは盗賊団でもないし、お前の盗んだ言語情報を奪うために来たわけでもない。」


「じゃあ私が盗賊団だと思い続けていたあんたたちは一体何者?」


 体を痛めながらヨタタは起き上がる。


「俺たちはの実働部隊だ。お前たちのような犯罪者から様々な世界の言語を守ることを目的としている」


「世界言語庁……」


 ヨタタはきょとんとした顔で少年を見つめる。


 理解の追い付かないヨタタを尻目に、少年は世界の真実について話し始める。


「お前の名前は夜直よたた。元々は俺たちと一緒に犯罪組織から世界の言語を守るために育てられるはずだった孤児だ。だがお前のいた我々が所有する孤児院が組織に襲われ、世界の言語を歴史として残すという偽の大義名分のもと、実行役として育てられた」


 少年は話しながら手に持っていたファイルをヨタタに雑に投げる。


 ファイルの中にはヨタタの生まれについての記載や幼少期の写真、育ったであろう孤児院での集合写真等、少年の疑わしい発言を裏付けるものばかりだった。思考もおぼつかぬままファイルを漁っていると、写真に見覚えのある顔を見つけた。


「カミサマだ」


 見た目は今とは若干違うが、少年時代のカミサマであろう。


上佐馬かみさま。お前同様、孤児院では優秀な成績を収めていた奴だな。まさか一緒に働いているとはな」


 少年は顎に手を当てながら感心したように写真を覗き込む。


「でも、なんで……。分けられた世界の歴史を保存するために言語を解析していたんじゃ」


「言葉っていうのはそれだけで戦争を起こせるほどの武器だからな。言葉を覚えるかどうかだけで犯罪の複雑さは大きく変わる。お前はそれだけのものをポンポンと盗みまくっていたわけだ」


 少年は悪態をつきながら呆然とするヨタタへ追い打ちをかける。


「やめてってば! ヨタタちゃんだって悪いことはしたけど、騙されてたんだから被害者でしょ!」


 レイナは少年に今にも飛び掛かりそうな目をしながらヨタタをかばうが、少年は子供っぽく顔を背ける。


〈確かにお前は被害者でもあるといえるかもしれない。そこで、我々からお前の今後の処遇について、一つ提案がある。といっても、お前に選択肢はないに等しいがな〉


「ちょっと! 次は私に分からない言葉でヨタタちゃんをいじめようってわけ? 頭に来た! 私が一発お見舞いしてやる!」


 レイナは怒りが頂点に達し腕を振り回している。


「レイナちゃん、私のためにありがとう。大丈夫だよ、こいつはむかつくけど悪口を言ってるわけじゃないから」


 ヨタタは怒り狂うレイナを宥めながら少年に答える。


〈それで、提案っていうのは?〉


 この言語はヨタタが物心つく前から話していた言語だ。カミサマとの通信にも使っていた。


『お前も俺の部隊に入って犯罪組織を止めるために動くんだ。断れば極刑コースかもな。お前の大好きな上佐馬かみさまも助けられずに死ぬまで牢屋で暮らすことになる』


 少年はにやにやと不気味な笑顔でヨタタに笑いかける。





 ヨタタは顔を上げ、少年に笑いかけた。





 集会所の窓から差し込む陽の光が、夜直の白髪を煌めかせる。

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煌々夜直 @mizukamimodoki

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