第34話 燃やされるための人形か


「もとより期待していたわけではありませんが、予想よりもさらに下を行きましたわね」


 やれやれとアリエッタが白い羽をひろげた。

 肩をすくめたってところかな。


「アリエッタにまで無駄足を踏ませてしまったな。すまん」

「旦那様のせいではありませんわ。それに、この時点で無能に気づければ無駄なお金と時間を使わなくて済みますわ」


 それはそうだ。

 だからこそ折衝を打ち切ったわけだしね。


 後ろにいる貴族の権力を自分の力だと勘違いするようなアホがサクラメントに店を出すなんてぞっとするよ。


「つーかビリー。アレでナンバーツーって、冒険者ギルドやばくねえか?」


 ルイスが素朴な疑問を発し、クインがこくこくと頷いた。

 スラムのこそ泥だったクインですら貴族を畏れることを知っていたのである。


 でも冒険者ギルドの幹部は、普通に俺のことを馬鹿にしてきた。

 常識知らずすぎてやばい。


「とはいえ、俺らが心配してやることじゃないさ」


 そのうちなんかやらかすだろう。


 俺みたいに、気にしなーい気にしなーいって貴族ばっかりじゃない。

 たとえばそうだな、くっそ気むずかしいトンプソン子爵の使いできた人にあんな態度とっちゃったら、普通に無礼打ちされて終わりだね。


 で、子爵から侯爵に、あんたんとこの平民が無礼な態度を取ってきたんで殺したわって話がいくだけ。

 フィリップ侯爵も、そうかすまんかったなで済ましちゃう。


 平民の扱いなんてそんなもんなんですわ。

 その程度のこともわかんないでいきがってるんだから、おかしいを通り越して哀しくなってくる。


 頭があんなんだと、冒険者って連中の質も知れちゃうよね。


「ただ、少しだけ気になりますわね」

「というと?」


 クインの腕のなかにいるアリエッタに視線を向ける。


「あの男は無能でした。ちょっと計り知れないほどに。ですが旦那様、冒険者ギルドとはそんな無能が幹部になれるような組織なのでしょうか」

「む……たしかにな」


 俺は右手を顎の下にあてた。

 普通に考えてありえない。


 副ギルド長って地位は、サクラメント男爵府でいうなら技術長とか侍従長に相当するわけで、そんなポジションに無能者を付けるわけがないのだ。


「あるいは、作為的に旦那様を怒らせようとしたのかもしれませんわ」

「なんのために?」

「判りません。ですからこれは単なる憶測です」

「判った。心に留め置こう」


 アリエッタのいうように、たしかにどこか引っかかる。

 ブーツの中にゴミが入ってしまったような、そんな不快感だ。






「お館さま」


 夜半、音もなく扉が開き、するりと影が入ってきた。

 借りている旅館の一室である。


 冒険者ギルドとの折衝も不調に終わったし、明日の朝にはサクラメントに戻るつもりだった。

 滞在が一泊というのも慌ただしいが、領地を長く留守にできるほど気楽な身分じゃないんだよねぇ。


「アッシマ。べつに忍んでこなくても良いんだぞ?」


 俺はベッドの上に半身を起こしたまま苦笑した。


「近づいているのを気づかれては、忍ぶも忍ばないもないものかと」


 柿色の覆面をとり、アッシマもまた笑う。


 部屋に近づく気配がわかって、とくに敵意も感じなかったから放置していたのだ。

 こういう芸当ができる人間の心当たりなんて、数えるほどしかないからね。


「つい先ほどですが、冒険者ギルドのフィッシャーが殺されました」

「ほう?」


 あの副ギルド長である。

 アッシマの説明によれば、酒場で酔漢に絡まれそのまま殴り合いに、そして殺し合いに発展したらしい。

 ちょっとタイムリーすぎるね。


「死ぬ直前まで、お館さまのことを口汚く罵っていたようです」

「なんで俺の悪口?」


 意味がわからない。

 失礼なことをしていたのは向こうだろうに。


「お館さまのせいでクビになったとかなんとか」

「ほーん?」


 フィリップ侯爵の耳に昼間の醜態が入ったとか?

 いや、それはさすがに情報が早すぎるな。


 そもそも、俺への態度を咎められたならクビですむわけがない。

 自裁を命じられるか、侯爵の手のものが殺して詫び状の一通も持ってくるだろう。


「……ちぐはぐだな」


 クビになり、酒場でケンカして殺される。

 おそらくそこに侯爵家は介在していない。

 冒険者ギルド内部でなにか暗闘があり、その結果だろう。


「侯爵家にはこれから知らせるのだと思いますわ」


 枕元に丸まっていたアリエッタが首をあげる。

 寝てても良かったのに。


「私たちが盗賊団を雇い入れたことは調べればすぐに判ります。そして無礼を働いたあの男。繋がりませんか? 旦那様」

「つまりやつは人形か。最初から燃やされるために作られた、な」


 ケンカの末に殺されたなんて、犯人は絶対に捕まらない。

 豪商などならともかく、冒険者ごときが死のうが生きようが、王国はまったく興味がないから捜査すらしないだろう。


 ということは、犯人像なんていくらでもでっち上げられるということだ。

 無礼を働いたフィッシャーを俺が密偵を動かして始末した、というシナリオにしてしまうことだって簡単だろう。


 闇討ちがサクラメントのお家芸、なんて噂を立てられたらたまったもんじゃない。


「失敗したな。あの場で無礼打ちにすれば良かった」


 寛容さを示した結果、冒険者ギルドとやらにつけいる隙を与えてしまった。

 なにを考えているか不気味ではあるが、こちらにできることはない。

 手番はまだ向こう側だから。

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貧乏男爵とアヒル姫 ~領地改革で成り上がれ!~ 南野 雪花 @yukika_minamino

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