第33話 冒険者ギルド


 せっかくなんで、冒険者のギルドにも寄ることにしたよ。


「冒険者なんかどうするんですの? 旦那様」

「こういう何でも屋が領内にいると便利かなって」

「たいして役に立つとも思えませんが……」


 アヒル姫としてはあんまり賛成ではないらしい。

 というのも傭兵以上にピンキリなんだよね。上は、どこかの国の騎士団に入っても栄達しそうなくらい高潔なのに、下はスラムのチンピラと変わらないという。

 振り幅でかすぎでしょう。


 どうしてそうなるかっていうと、誰でも登録できるからだ。


 出自を問わないってのは傭兵ギルドも同じなんだけど、人格的な部分はかなり見られる。

 前に話したと思ったけど、武装集団だから国からの目がすごく厳しいんだ。


 だから身内の不祥事にもすっごい目を光らせている。


 護衛対象の令嬢を犯して殺した、なんて事件を起こした傭兵は、ギルドが自ら王国政府に願い出て、闘技場で公開処刑された。

 牛裂きっていう残酷な方法でね。


 けど冒険者ギルドはそこまで厳格じゃない。

 せいぜいが除名処分くらいしかしないんだそうだ。


 小悪党が小さな悪事をする土壌は充分ってことだね。

 だからアリエッタが冒険者ギルドに期待しないのは当然である。


「俺だって役に立つとは思ってないさ。けど、サクラメントに支店があっても悪くはない」

「あ、もしかして測量の作業員とかやらせようとか思ってますね? 旦那様」

「バレたか」


 アヒルに半眼を向けられ、俺は素直に降参した。

 サクラメント軍の兵士を作業員として使ってる今の状況、きついんですわ。


 二十人ですよ?

 全軍で五十七人しかいないうち、二十人ですよ?


 クロウにも、今は仕方ないけど恒常的にとなると厳しいって言われてるんだ。


「そりゃあ歴戦のつわものたちをお借りしてるのは悪いとは思ってますけれど……」


 ごにょごにょとアリエッタの声が小さくなっていく。

 測量と街道敷設は彼女の管轄だからね。


「責めてるわけじゃない。全体的に人手不足だから人間を融通し合わないといけないってのも事実だしな」


 俺は肩をすくめてみせた。

 結局のところ、マンパワーってのが最大の資源なのである。

 これがないとなんにもできない。


 タイタニアみたいな大都会に田舎が勝てない理由のすべてがそこに集約される。


 たとえば都会は田舎に比べて職業選択の幅が広い。

 それは人が多いから、いろんな職業が生まれるってこと。

 産業といえば農業しかなかったサクラメントとは大きく異なる。


「まずは鶏を飼わねば卵は産まないというわけですわね」


 くすりと笑うアリエッタだった。


 現状で移民を募ったところでたかが知れている。

 希望者ゼロもありえるだろう。


 鮭を使った産業が根付き、家畜化したイノシシを使った産業が根付き、それらが育って他領から羨まれるようになって、はじめて人が集まってくるのだ。

 まだまだ先の話である。


 そしてそれを待っていたら、いつまでも人が足りなくて産業がでかくならない。

 だから、冒険者ギルドを人材斡旋所として使えないかなと思ったのだ。

 期待通りの人材が集まるかどうかはまた別の問題だけどね。






「お話は判りました。ですが簡単ではないと言わざるをえません」


 応対してくれた片眼鏡モノクルの男の言葉は、素っ気ないを通り越して冷たくすらあった。

 通された部屋が普通の応接間で対応するのが副ギルド長とくれば、歓迎されていないのは丸わかりである。


 傭兵ギルドでも商工会でも案内されたのは貴賓室だったからね。

 前者は旧知のトーマスが対応したけど、後者は会頭自らが接客した。


 もちろん俺は貴族としての権力をかさにきるつもりなんてさらさらないけど、相手の立場としてはそういうわけにはいかない。

 それが貴族との応対ってもんだと思ってたよ。


「理由を訊いて良いかね? 副ギルド長」

「説明が必要ですか? サクラメントのような田舎に支店を出す利得メリットがないからですが」


 人を食ったような回答だった。

 ルイスと、アリエッタを抱いたクインが後ろで息を呑む。


 すごいねこいつ、サクラメント男爵が目の前にいるのにサクラメントを馬鹿にしてのけたよ。


「ふむ。俺はそんなに狭量な人間ではないつもりだが、貴族を軽侮するのはいただけないな。手打ちにされるとか考えなかったのかね?」

「男爵ごときが冒険者ギルドに手を出すと? 我々の後ろにはフィリップ侯爵がいることをご存じない?」


 おもいっきり嘲笑された。


「無礼者!」


 ルイスが大剣に手をかけて一喝する。

 これはむしろ義務だね。主人がバカにされたときぼけーっと家臣が見ていたらかなえ軽重けいちょうを問われてしまうよ。


 俺は右手を挙げてルイスを制する。

 この副ギルド長は、侯爵家の権力を自分の力だと勘違いしているようだ。

 それを正すのは簡単だけど、それはサクラメント男爵の仕事じゃない。


 俺は普通に席を立つ。

 どうやら交渉は無益みたいだからね。


「時間を取らせて悪かったな、副ギルド長。これでお暇するよ」

「さようですか」


 ルイスに怒鳴られてわずかに怯えた様子だったけど、それでもふてぶてしい笑みは消さない副ギルド長だ。

 なんだろう? 舐められたら終わりだとでも思ってるのかね。


 いいんだけどさ。

 ひとつ重大な勘違いをしてるよ。


 たしかに男爵は侯爵よりずっと格下だ。だけど、それを理由に平民が男爵を軽く見て良いって話にはならない。

 バックがどうこうとか関係ないんだよ。

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