第32話 はみだしもの


 領主代行はオリバーに任せて問題ない。

 俺の乳兄弟はとびきり優秀なのである。彼に処理しきれないような案件はサイサリス技術長が補佐してくれるだろうしね。


 で、俺たちはまた王都タイタニアに赴くわけだ。

 たちってのは、アリエッタと従者のクイン。そして護衛が一人。


 護衛なんていらんって言ったんだけど、クロウにアホって言われちゃったよ。あの従士、主君をアホ呼ばわりするんですわ。

 ちなみにアリエッタにはおバカって言われました。


 俺、護衛が必要なほど弱くないつもりなんだけどね。そういう問題ではまったくないらしい。


 ちなみに護衛に選ばれたのはルイスっていって、優しげな名前とは裏腹に身の丈六尺五寸もある筋骨隆々とした大男だ。


 得物は背中に担いだ大剣で、丸太みたいにぶっとい腕から繰り出される一撃は、敵を鎧や兜ごと叩き潰す。

 べちゃって勢いでね。


 どうしてルイスが護衛に選ばれたのかといえば、まさにその見た目が一番の理由なんだそうだ。


「旦那様って見た目的に護衛には向きませんから」

「戦えば強いんだが、まったく強そうに見えないからな」


 とは、嫁と従士の意見である。

 まーあ、優男なのは認めるけどなー。

 もうちょっと、言い方あるじゃん。


 ともあれ、護衛ってのは抑止力でもあるからね。


 理想は襲われないこと。

 襲われたときに撃退するってのは、その次の段階の話だ。


「ルイスが守ってくれるなら心強い。よろしくたのむな」

「俺より強いビリーに言われてもな」


 握手を交わして軽口をたたき合う。

 主君と家臣なんだからこんなに気安いのはダメって判ってるんだけどね、





「男爵様! こんな場所に何のご用でしょうか!」


 平伏したまま、盗賊団『風刃ウインドエッジ』の頭目が訊ねてくる。

 あ、サクラメントの街から王都タイタニアまでの行程はとくになにもなかったんで割愛させてくれ。


 いまは、アリエッタを抱いたクインとルイスを引き連れてスラム街にいる。


 でもってクインが所属していた盗賊団のアジトを訪れたわけだ。

 一回きてるしね。迷う心配もないし、ヤサを変えたとしてもクインがいくつか心当たりがあるって言っていたから、どこにいるか判らないなんてこともない。


「単刀直入に言うけど、おまえら俺に雇われてみる気ある?」

「へ?」


 頭目が間抜け面で首をかしげる。

 まあ、前に無礼を働いてしまった貴族が押しかけてきたら、そりゃあ吉事だとは思えないだろうからね。


 それなのにこんな言葉が飛び出したら、びっくりはするさ。


「サクラメント男爵家の偵察兵としてウインドエッジを丸抱えしようと思ってるんだ。で、頭目のお前に存念をきいてるのさ」

「貴族様が俺らをやとう……? 本気ですか……? ただのならず者ですよ……?」


 頭上に疑問符を舞い飛ばしている。

 ちなみにこいつの名前はアッシマっていうらしい。茶色い髪と瞳を持った三十代前半の、まあ普通の盗賊だが腕は悪くなさそう。


 不意打ちならって条件付きだけど、五回に一回くらいは俺にも勝てるんじゃないかな。


「アッシマ。お前さん、えにしって言葉を知ってるかい?」


 頭目を床から椅子に移動させ、俺もよいしょと正面に座る。


「縁……」

「お前さんがたは、べつに義賊ってわけでもなくて、特殊な技能を持っているわけでもなくて、たしかに普通の盗賊団なんだろう」


 本当にどこにでもいる犯罪者集団だ。

 王国政府が捕まえないのは、ぶっちゃけこんな小者にかまってやるほど暇じゃないから。


 放っておけば盗賊団同士の抗争で勝手に死ぬしね。それこそ貴族や金持ちの平民にでも迷惑をかけない限り相手にもしない。


 なんていうのかな、地面を這いずってる虫みたいなもんなんだよね。目についたら不快だから踏み潰すけど、わざわざ巣を探して駆除したりしないだろ? そういうこと。


「けどよ、クインを通して縁が生まれたじゃねえか」

「男爵様……」

「ずりずり這いずってドブの中で死ぬって人生も悪くないかもしれねえけどよ。お天道様の下で生きるってのもありなんじゃねえの?」


 もちろん情報収集なんて影働きだ。

 華々しい槍働きと違って、出世して偉くなるっていってもたかがしれているだろう。


 だけど鼻つまみ者じゃない。

 サクラメント男爵家っていう貴族の家臣団の一員として名を連ねることになる。


「安全な仕事ってわけじゃねえ。おもに他領に潜入しての情報集めだ。下手を打ったら命を失う危険もある」

「……俺たちは親に顔向けできない生き方をしてきました」


 しばしの沈黙の後、アッシマが口を開いた。


「他人を傷つけ、騙し、奪い、盗み、殺し、ろくなもんじゃねえと自分でも思います」


 一言一言、かみしめるように。

 いろんな思いが去来してるんだろうね。


 好きこのんで盗賊になるやつなんて、そんなに多くない。

 アッシマにしても彼の手下どもにしても、あるいはクインだって、そういう生き方しか選択肢がなかっただけ。


 スラム出身の孤児を雇ってくれる商家なんてないから。

 まともな仕事ができないなら、まともじゃないやり方で糊口を凌ぐしかない。

 良いとか悪いとかの話じゃないんだよな。


「それでも男爵様は手を差し伸べてくださる……」

「正直に言えばお前らじゃなくてもいいんだよ。だけどせっかくの縁だからな。声をかけてみたんだ」


 言葉を飾らずに言う。

 サイサリスやイノリみたいな特別な技能があるわけじゃない。クロウやジョンみたいに軍人としての才があるわけでもない。


「ぶっちゃけすぎですよ! 男爵様!」


 大笑いしたアッシマが椅子から降り、ふたたび平伏した。


「ウインドエッジ三十二名の命、いかようにもお使いください!」


 宣言する。

 

 

 

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