第31話 月あかりの下で パート2
「ああああああ……!」
月の光のした、俺は膝から崩れ落ちた。
意味がわからん!
なんで目の前に少女が二人いるんだよ!
「クロウお前、二十七だっていったじゃん……どうみてもアリエッタより年下じゃん……」
アリエッタの横に立つクロウ……グレイスは、七、八歳に見える。
二十七歳には絶対に見えない。
「説明していただけますか? グレイス」
「わたしたちはトリというか、喋るトリなので魔法生物という言うべきだろうな。それに変えられてしまっているからだな」
訊ねる少女に答える少女。
嫌すぎるよこの空間……。
「というと?」
「推測の域を出ないが、人間の姿に戻ったときしか時間が流れていないのだ」
一年に十二日。
夜の間しか人間に戻っていないから、半日と考えて六日分しか歳をとらないということらしい。
「わたしは七歳のときに呪いをかけられたわけだが、人間の姿はほとんど変化していない。ゆえにビリーの側室にはなれないぞ」
「そこはどうでもいいよ……」
サクラメント軍の司令官が領主の愛人だなんてやばすぎる。
ずぶずぶなんてもんじゃないよ。
だからアリエッタが言ったグレイスを側室になんてのは冗談口の類いなんだ。
問題はそこじゃない。
「私も歳をとらないというわけですか」
下顎に右手の人差し指をあて、うーんとアリエッタが考え込む。
歳をとらないってことは、永遠に俺の子供を産むことはできない。
すなわちサクラメント男爵家は断絶してしまうってことだ。
「それを避けるためには、やはり側室を」
「なんでそういう話になるんだよ。呪いを解けばいいだけじゃねえか」
なんか悲愴な顔で語り始めたアリエッタを遮り、俺はにかっと笑ってみせた。
「二、三年のうちに呪いを解いてしまう。そしたらなんも問題ないだろ?」
三年後には俺は二十八。アリエッタの肉体年齢が十歳のままだとして、そこから子供が産めるくらいの身体になるまで六年と仮定する。
そしたら俺は三十四だ。
まだまだ子作りできますよ。
余裕余裕。
「過程を無視して簡単に結果を語っているけどな、ビリー。わたしは二十年も探して人間に戻る方法を見つけていないぞ」
呆れ顔のグレイスだ。
「そりゃあ個人で、しかも正体を隠して探るなんて限界あるだろ。でも今度は組織で探せるわけだ」
調べられる範囲が比較にならない。
しかもアリエッタをアヒルに変えた魔女は判らなくとも、依頼した人間の目星はついてるんだ。
サラソータ侯爵の長男か次男だろうってね。
その身辺を探れば手がかりくらいは見つかるはず。完璧な隠蔽なんて絶対に不可能だもの。
その手がかりを尻尾と見なして思い切り引っ張ってやれば、びっくりした悪魔が飛び上がるかもしれない。
「なんとも雲をつかむような薄弱な根拠だな。大丈夫なのか? ビリー」
「グレイスの二十年分の調査の結果も上乗せできるしな。ゼロからのスタートなんかじゃまったくない」
すべて手探りで始めなきゃいけなかったグレイスとはまったく違うんだ。
あとは、情報を集める手段と、それを精査する手段があれば良い。
「というわけだ。オリバー」
横に控えている秘書官に視線を向ける。
こいつはね、とびきり優秀なやつなんですわ。それこそサラソータ侯爵のところからスカウトが来るレベルでね。
「クインの元いた盗賊団、あれを使って情報を集めますか」
「街のチンピラだろう? そんなものが使えるのか?」
オリバーの言葉にグレイスが首をかしげる。
特筆するような能力なんかないように俺にも思えるけどね。オリバーが無意味な提案をするわけがないから、じっと彼の言葉の続きを待った。
「彼らは社会的な弱者で、底辺にいる者たちです。そういう者たちにとっての最大の武器とは情報なのです」
どこそこの屋敷からでるゴミには、まだまだ使えるものが多いとか。
どこそこの貴族の執事は不正をしているから脅迫できるととか。
どこそこの名家の若旦那が賭場に出入りしているからカモれるとか。
「手下にスリやこそ泥をさせているのは、情報を集めるためって側面もありますから」
「ま、人は財布にいろんなものを隠すからな」
なるほどと俺は頷いた。
「しかし、そんなやつらが拾ってくる情報が役に立つか?」
「違うわグレイス。役に立つたたないを彼らが考える必要はない。それを判断するのは私たち。そういうことでしょう? オリバー」
十歳の少女がにやりと笑う。
「そういうことです。アリエッタ姫」
そして秘書が同種の笑みを浮かべた。
やだこの二人。
すっごい怖い。
翌朝のことである。
ついに技術長としてサイサリスが着任した。
待ちに待った到着ですよ。
「よくきてくれた。本当によくきてくれた」
「そこまで大歓迎されると照れてしまいますな」
握手のあと、禿頭の老人が笑みを浮かべる。
今後はサイサリスが男爵領府を取り仕切ることとなる。格式の上では侍従長と同格だけど、経験でも実績でもはるかに勝るからね。
これに関しては侍従長も納得済みというか、本気で悲鳴を上げていたから。人が足りないからなんとかしてくれ。自分じゃさばききれないって。
気持ちは判る。目が回るような忙しさだったもん。
「で、さっそくなんだけど留守を頼む。俺はまた王都にいってくるから」
「やれやれ。着任早々、馬車馬のように働かせるおつもりですな? 受けて立ちましょう」
頼もしい一言とともに、侍従長と歩み去っていく。
実務的な話をするのだろう。
この二人に城のことは任せておいて問題ないと思う。
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