第30話 おまえら軍隊より金かかるじゃねえか


 サクラメント男爵領の北側にあるのがリトリバ村で、その近くにはトンプネって名前の川が流れてる。


 大河ってほどじゃないけど、徒歩で渡れるほど狭くも浅くもない。

 この川にサクラメント水車があるわけだ。


 で、サクラメントにある川はトンプネだけじゃなくて、ニンゴリ川ってのもある。

 これは南側、コットン村の近くを流れていて川の規模もほとんど一緒。


 だけどニンゴリ川にはサクラメント水車は仕掛けてない。

 鮭が上らないからだ。


 確たる理由は判らないけど、汚いからじゃないかなーと思ってる。

 なんか濁ってるし、少し油みたいな臭いもするし、この水を飲むのはちょっとなぁっていう川なんだ。


 でも、そんな汚い川なのに、その水を使っているコットン村の畑は野菜が良く育つんだよね。

 領内で一番の収穫量を誇るくらい。


「男爵様、ニンゴリ川の上流にはお宝があるかもしれないよ」


 サクラメントの街からコットン村への測量をおこなっていたイノリが、ある日そんな報告をしてきた。


 あ、測量の方は順調らしいよ。

 一日に四里くらいの進み方で、もう七割方も計り終わってるらしい。

 だいぶうねうねと曲がってるから、幹線街道を引き直せばかなり近くなるだろうってアリエッタがいってた。


「お宝?」

「地質を調べてたらね。こんなのが出てきたんだ」


 そう言ってイノリが差し出したのは土である。

 ちょっと青っぽい色をした、なんというか粘土?

 こんなもんを渡された俺はどうしたらいいんだ?


「これがお宝なのか?」

「あるものが存在している証拠なんだよ。男爵様」


「あるもの? もったい付けずに教えてくれよ」

「その土は温泉余土おんせんよど。岩が温泉の成分で変質した土さ」


 温泉だって?

 そんなものがサクラメント男爵領にあるってのか?


「そしてそれはニンゴリ川の汚さの原因だよ。温泉が川に流れ込んでるんだ。だからその水を引いた畑の作物が良く育つんだ」

「そうだったのか……」


 びっくりである。

 温泉の水は作物を育てる効果があるんだな。


 そしてそれ以上に 湯治場があれば、戦傷を負った者がじっくりと傷を癒やすことができる。

 魔法医の滞在なんて望むべくもないサクラメントにとっては光明となるだろう。


「見つけられそうか? イノリ」

「今まで発見できていないんだから、簡単な場所にはないと思う。だけど温泉余土が出てきたってことは、そう遠くない場所にはあるって証拠だね。探す?」


「当然!」

「了解したよ。で、ここまでが良い報告ね」


 え?

 なにそれ、悪い報告もあるってこと?


 俺は視線で先を促す。


「温泉余土は水を吸うとでろでろになって、すぐに崩れちゃうんだよ。つまり大雨とか降ったら地滑りを起こすってこと」

「まずいんじゃないか? それ」

「なので側溝を作って、そこに水を逃がす。多少の傾斜をつけてね。これである程度は大丈夫なはず」


 道の構造を書いた紙を手渡される。

 なるほどね。

 よく考えたものだ。


 ていうか、たかが道を作るのにこんなにいろなことを考えるものなんだな。

 感心してしまう。


 俺は傭兵をやってたこともあるし、軍略を学んだ経験もある。軍を動かすってことに関して多少の知識はあるつもりだった。

 でも、軍隊が移動するために使う道のことなんて、考えたこともなかったよ。


 そうかー。

 俺たちの暮らしって、誰かの努力や研鑽の上に成りたってるんだなぁ。


「ん」


 感心していると、イノリがにゅっと右手を差し出した。

 手のひらを上に向けてね。


「なんだ?」

「温泉を探すための人員と、街道を排水構造にするための追加予算をちょうだい」


 満面の笑みで求められちゃったよ!

 くっそくっそ!

 お前ら軍隊より金を食ってるじゃん!






「邪魔するぞ、ビリー。って、なんで賭場でボロ負けして晩飯代までむしられたような哀しい目をしてるんだ?」

「具体的かつリアリティたっぷりの感想、ありがとうございます」


 訊ねてきたクロウに論われ、俺はげっそりと返した。


 イノリの要求額はなかなかのもので、いや、かなりのもので、お前は俺が金貨の湧き出す魔法の壺でも持ってるととでも思ってんのかと怒鳴りたくなるくらいのものだったのである。


 土木ってのは金がかかるものなんだって判ってはいたけどさぁ。

 いままでだって、壊れた橋とか直すお金をサラソータ侯爵から借りていたわけだしね。


「クロウ。道を作るって金がかかるよな……」

「わたしに愚痴をこぼすな。細君にでも慰めてもらえ」


 今宵は満月なのだからと付け加える。

 満月の光でアリエッタは人間に戻る。十歳の女の子にね!


 慰めるってのが、本当に辞書的な意味での慰めるだ。頭を撫でたりとか。

 それ以上の行為を要求するとしたら、俺はちょっと鬼畜すぎる。


「あれ? てことはクロウも今夜人間に戻るのか?」

「そうだ。きちんと報告せねばと城までやってきたというわけだ」


「じつはお前も十歳だったというオチはやめてね?」

「わたしはビリーの先輩だと思ったがな? 十歳だとしたらいくつから傭兵稼業をやっているんだ?」


 もっともだ。

 イメージだと俺より三つ四つ年上って感じなんだよな。

 てことは二十代の後半か。


「数えで二十八。満で二十七になる」


 予想通りだった。


「なんかアリエッタが、側室にしてしまえとか言いそうだよな」

「奥方ならたしかに言いそうだ」


 愉快そうにクロウが笑う。

 完全に他人事だと思ってるね? お前さん。

 

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