第29話 文官たちの出番だ
「問題?」
「人間には個性もあれば相性もあるということですわ」
「そりゃそうだが、それが問題なのか?」
「苦手なタイプが存在しない、警戒心ゼロの旦那様には難しい話かもしれませんわね」
くすりとアリエッタが笑う。
一回二回喋る程度なら、得意とか苦手とか関係ないそうだ。でも回数を重ねるごとにそういうのは浮き彫りになっていく。
苦手なタイプを好きになることはなく、溝はどんどん深まるものなんだってさ。
「駐屯してるサクラメント軍の連中が苦手だから陳情しない、というのは困るな」
「それとは反対に、仲良くなったから優先的に話を聞いてあげる、というのもまずいのですわ」
「ああー、そっちの心配もあるのか」
「けれど同時に、顔見知りだからできるきめ細やかなサービスというのあります」
良い面と悪い面は表裏一体。
巡回式と駐在式、どちらにも利点と欠点がある。
「アリエッタはどっちが良いと思う?」
「どちらを選んでも問題ないとは思いますが、あえてというなら駐在式ですわね」
「そのこころは?」
「駐屯所を用意してしまえば、軍馬は一頭か二頭で事足りますわ」
なにかことが起きたとき、ひとつの班が全員で追跡というのは非効率だし、村に誰も残らないというのもうまくない。
「なるほどな。ならアリエッタの献策に従おう」
俺はおおきく頷いた。
軍馬はお高いからね! 節約できるならそれに越したことはない!
王都で契約した二人の文官のうち、さきに到着したのはイノリだった。
彼女は転戦を重ねる傭兵じゃないからね。
引っ越し荷物だってそれなりの量になるだろう。
話を聞いたら、俺たちと話したその日のうちに荷造りを始めて運搬人を雇い、翌々朝には出発したんだそうだ。
つまり俺と同じくらいの時期に王都を出てるんだね。
で、とっととサクラメントの街に新居を決めて、俺たちが戦場から戻るのを待っていたんだってさ。
はやいぜ。はやすぎるぜ。
「男爵様たちがいない間に、ぐるっとこの辺を見て回ったんだ」
「ほほう? どうだった?」
「ぜんぜんダメだね。男爵様は街造りってやつをまったくわかってない」
「はっきりいう。きにくわん」
物怖じしない言い回しに俺は苦笑した。
最近、忙しすぎてずっと使ってなかった執務室である。
埃とか貯まってなかったのは、侍従たちがちゃんと掃除してくれていたからだ。
「まず街が雑多すぎ。ちゃんと縄張りして都市計画立てた?」
「曾祖父の代だからなあ、ちゃんとやってなかったと思うぞ」
最初は集落みたいなところからスタートしたんだろうし、なんとなーく勝手にでかくなっていったんじゃないかなぁ。
「区画を整理して、ちゃんと地番をつけよう。まずはそこからスタートだよ」
城がある場所を中心として考え、東西南北に番号を振っていくんだそうだ。
たとえば、城から北に一番、東に四番。とかね。
それでなにがどう変わるのか、ちょっとよく判らないな。
俺が首をかしげていると、デスクの上からアリエッタがつんつんとくちばしで腕をつついてきた。
なにか言いたいことがあるのか?
視線で問いかければ軽い頷きが返ってくる。
「イノリ。妻が詳しい話を詰めたいそうだ」
「ぜひお願いするよ!」
こいつ、言外に俺じゃ話にならないって語ってるなぁ。
どうでもいいけど。
「ただ、妻にはちょっと秘密があってな」
「そのトリが奥様なんでしょ!」
「……どうしてそう思った?」
「ボクと話している最中にどうやって奥さんと連絡を取るのかって考えたら答えは簡単に出るよ。この場にいるんだろうって」
「……なるほど」
「それにまあ、ヒーズル王国では動物が人間になるなんて話、珍しくもなんともないしね」
鶴や狐が人間に化けちゃうんだそうだ。
なかなかカオスな国である。
「そういうことなら話は早いわ。よろしくお願いするね、イノリ」
「こちらこそ」
「地番をつけるにしても、まずは地番図を作らないとなにもできないわ」
「後回しにしろってことだね。OK、最初に手をつけるべきは?」
「街道」
「幹線と支線を分けて整備する。正解?」
そしてはじまる、間をすっ飛ばしたような会話だ。
なにいってんだかさっぱり判んないよ。
「とりあえず、街道を整備するということですね」
「うん。さすがにそのくらいは聞いてればわかるよ。オリバー」
なんだよその構文は。
こいつもついて行けてないな。
よかったよかった。俺だけが無能ってわけじゃなさそうだ。
なんか技術的な話がとんとん進んでいってる。
やばい。
嫁とイノリがなにを喋ってるのか、さっぱり判らない。
測量ってなに?
前にサイサリスが言っていた測天量地ってのとなにか関係あるの?
なにかを測るってことだよな。
地面を測るってこと? なんのために?
わけがわからん。
助けを求めてオリバーを見たら目をそらされたし。
使えない秘書である。
「旦那様、このプランでよろしいですか?」
「うむ。よきにはからえ」
なので俺は無能な主君っぷりを遺憾なく発揮することにした。
つまり、アリエッタに丸投げ祭である。
軍務は俺、政務はアリエッタ。
適材適所ってやつだね。うん。
「では作業員として兵士を二十名ほど貸してくださいませ」
にっこりと笑うアリエッタだった。
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