第28話 宴会が終わったら現実への対処だよ


 リトリバに帰還すると、すでに宴の準備が始まっていた。

 戦勝祝いってことで手配しているのはオリバーである。


「負けて帰ってきたらどうするつもりだったんだか」

「変なことをいいますね、ウィリアム。僕の主君はゴブリンごときに負けるような男でした?」


 冗談とともに突き出した俺の右拳に、オリバーがこつんと自分のそれをぶつけた。

 こういうことができるのも勝ったから。


 もちろん負けるつもりなんてさらさらなかったけど、それはゴブリンどもも同じだろう。


 村娘たちが手に手に花籠を持って、色とりどりの花を兵士たちに手渡している。

 中には頬にキスとかしてる娘もいるくらいだ。


「守れたんだ、というのを実感するな。ビリー」

「ああ」


 ささやいたクロウをちらりと見遣り、俺は深く頷いた。

 ゴブリンの群れに襲われた村を知ってるからね。ふたりとも。


 あれは一口に言って地獄だよ。


 たとえば人食い鬼オーガーだったらさ、人間ってのはエサなんだ。だから食うために襲う。

 業腹ではあるけれど、まだ理解は可能だよね。


 でもゴブリンは人間を食べたりしない。人間の女を孕ませることもできない。なのに殺すし犯す。

 まさに手慰みにね。


 無意味に殺された人々、荒らされた家々、財貨には手をつけず奪われているのは食料だけという異様な光景。


「あんな光景は、一回みればたくさんだ」


 俺の呟きに、今度はクロウが深く頷く。


 傭兵はべつに正義派を気取ったりしない。金をもらって戦う人間だからね。ときには汚いことだってする。

 だけど、俺たちは快楽殺人狂じゃない。


 人殺しを楽しんでるわけじゃないんだ。

 ぶっちゃけゴブリンを殺すのだって楽しくなんかないよ。


 必要だからするだけ。

 ここが決定的な差だ。絶対にわかり合えない部分だって言っても良い。


 人間がゴブリンをなぶり殺しにして喜んだり、メスのゴブリンを犯したりとか、そんな話は聞いたことがない。まあ、世の中にはいろんな趣味嗜好の人間がいるから、ゼロだとは言い切れないけどね。


「旦那様。怖い顔になっていますわよ。宴の場にふさわしい表情をつくりなさいな」

「おっと。そうだったな」


 肩にとまったアリエッタに指摘され、俺は眼光を和らげた。

 表情のコントロール、大事大事。







 宴っていうか、馬鹿さわぎは明け方まで続いた。

 戦勝を祝う大宴会だからね。そりゃもう盛り上がるさ。


 これが出陣の宴とかだと、勇壮でありながらどこか悲愴感も漂うような、そういう厳粛なものになる。


 空けて翌日の昼、臨時指揮所にはクロウ以下十六人を残して、俺たちはサクラメントの街にもどることにした。


 残る兵士のうち六名は、もともとのサクラメント兵ね。

 ゴブリンの残党狩りと哨戒活動をしながら、クロウがしっかりと鍛え直してくれる手はずだ。


 その一方、新生サクラメント軍にもちゃんと正規兵としての常識を憶えてもらわないといけない。

 といっても、ここはそんなに難しくないけどね。


 トーマスが紹介してくれた連中だもの、常識すらわきまえてないチンピラみたいなやつはいないさ。

 それどころか、どこそこの貴族軍にいた経験があるとか、そういう前歴の持ち主もいるくらいだ。

 本当に良い人材を紹介してくれたなぁ。


 ゴブリン軍との戦いを見て思ったけど、ちゃんと命令に従うこともできるし、自分の命を惜しんだ戦いもできている。

 有能な戦士たちだ。

 これを優秀な兵士にするのは、難しくもなんともない。


 クロウとも話したけど、六人くらいの班を八つ作って、それをローテーションさせながら領内の村々をまわるっていう警邏けいら体制が良いんじゃないかな。


 サクラメントから一日一班ずつ出発して、リトリバ、アスク、ルルー、コットン、マーレってまわってサクラメントに帰ってきて休息日、みたいなスケジュールかな。

 残った八人は、従士直営部隊と城の守備を兼ねる感じ。


「またお金がかかりますわね。旦那様」

「こればっかりは仕方ない。軍隊ってのは金食い虫だ。ラストモンスターを退治するときより金がかかる」


 サクラメントへと戻る道すがら、鞍から見上げるアリエッタに肩をすくめてみせる。


 まさか歩きで警邏するわけにもいかないから、全員分の軍馬を用意しないといけない。

 逃げる盗賊やモンスターを走って追いかけるのかって話だからね。


 積載量を考えたら馬車って手もありだけど、どっちにしてもかなりの金がかかる。

 で、買ったら維持しないといけないわけで、それだって無料じゃない。


「いっそ村に駐屯させるという手もあるかと思いますが」

「同じことだからなあ」


 屯所を建てるなり借り上げるなりする金が必要だし、兵士はそこに座ってればいいって話じゃなくて、警邏や哨戒をしないといけない。

 留守にしている時間の方が多いだろう。


「それでも村人から見れば、ちょっとした相談事を顔見知りの兵隊さんに持ち込むことができますわ」


 毎日違う人がくる、というよりは相談しやすいのではないかというのがアリエッタの主張だ。

 俺はふむと腕を組む。

 たしかに一理ある。


 知ってる顔の方が話をしやすいというのは、たいていどんな人間でも同じだろう。


 ただ、巡回するってプランでも八日に一回は同じ班がくる。

 兵士の顔をまんべんなく憶えてもらうという点では、こちらの策の方が勝っている気もするな。


「そうでもありませんわ。週に一回しか会わない人と、毎日顔を見合わせる人、親密度の上がり方では後者がはるかに勝ります」


 それだけに問題も発生しやすい、と、アリエッタは付け加えた。


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