読め

レスト

読め

 そうだ。読め。


 私は心の奥底で、魂で叫んでいた。


 こっちはもう、何年やってると思っているんだ。

 何年同じことやってると思っているんだ。


 素人丸出しの「~~は言った」の繰り返しが、いつから遠くなっただろう。

 少しずつ表現の幅が増えて、できることの幅も徐々に広がって。

 でも文章ってヤツは哀しいかな、自分がどれほど前に進んだのかも一目にはわかりにくい。

 他人の評価に至ってはさらにひどい。それはまったく人の手に余り、制御できるものではない。

 一つ進んだと思ったときには、すぐ後退していたりする。


 なあ。読めよ。何で読んでくれないんだ。


 私は画面に並ぶゼロをじっと睨んで、また哀しげに溜息を吐く。


 世界の無理解がもどかしく、この胸をよろしくはない感情でざわめき立てる。


 くそ。くそ。悔しいなあ。


 奴ら、表面上のことしか見ないから。


 それがほんの少し受け付けない設定や描写であれば、すぐにブラウザバックをする。

 その先にある未知の面白さと出会える可能性を、一つも追い求めようとはしない。

 もっと読めばそこに深い物語があるのに、ただのありきたりな話だとずっと誤解されている。


 奴ら、とっつきやすさと刹那的な盛り上がりばかりを優先するから。


 こだわり抜かれた計算高さと、緻密な世界観にはろくに見向きもしない。

 テンプレートと型にハマったキャラ描写をとかくありがたがって、濃厚な心理描写には触れもしない。


 奴ら、少しは我慢して物語を愉しむことを知らないから。


 ほんのちょっとでも理想の行動を誤れば、キャラ造形の失敗だと騒ぎ立てる。

 ほんのわずかでも楽しく読ませてもらえなければ、つまらないと離れていく。

 鬱展開やシリアスなんてしようものなら、よほど定評がなければ付いて来やしない。


 奴ら、馬鹿ばっかりだから。


 その何気ない表現に込められた裏の意図には、まったく気付かない。

 数十話や数百話先に素晴らしい伏線回収があることなど、知りもしない。

 作者がそこまで考えて書いていることもわからない。

 まるで考えていないのは、見えていないのは、お前の方だと言うのに。


 私は違う。凡百のつまらない物書きなどとは違う。

 ○○系で括られるものと一緒にするな。テンプレートなどとは、まこと一線を画するのだ。

 どんなに受け入れられずとも、傑作をと思い続けて。本気ガチで書いている。

 夢想う自分だけの物語のために。とにかく面白いと思えることのために。

 趣味と性癖を存分に詰め込み、商業には決してやれないことをやろうとしている。

 世界に一つだけの作品を書いている。素晴らしい、いいものを書いていると自負している。


 ただ、読まれていないだけだ。

 あの物語の本当の価値のわかっている者が、読者の1%もいないだけなのだ……。


 私は良質な読者をこそ求める。少しのことでは揺るがない同好の士をこそ求める。

 だからいいんだ。無理解なお前たちなど、お呼びではないと。


 そう、いくら強がってみても。

 わかっている。そうしたことはすべて、言い訳にしかならない。

 世の中にしてみれば。

 結果を出していない者では、すべて負け犬の遠吠えにしかならない。


 ああ。何もかもが上手くいかない。

 仕事のことだって、プライベートのことだって。

 まったくすべてが思い通りにはいかない。


 世界なんてクソったれだ。現実なんて寂しいものだ。


 何がルックバックだ。あれは確かによきものだった。

 創作者にとって、確かに勇気をもらえるものだ。

 だがあんな切なくも温かい「創作物語」は、現実にはない。

 世の中、そんなドラマチックにはできていない。

 憧憬を共に振り返る仲間も、私には最初からいやしないんだ。

 ずっと独りさ。最初から。

 今までも。そしてこれからも。


「はあ……」


 誰も自分を理解しない世界なんて、誰一人味方のいない世界なんて。

 そんなものは敵だと、許さないんだと。心の内で痛いほど叫んでみても。


 静寂の部屋を満たすものは、虚しさばかり。


「はあ……」


 もう一度深く溜息を吐き。悔しさに俯いてみたりもして。

 でもみっともなく泣き喚くほどには、ガキにもなれなくて。


 そして気付けばまた、向かっているんだ。


 いつかは。誰かがわかってくれるはずだと。

 いつかは。誰かに届くはずだと。


 究極には、誰がわかってくれなくても構わないとすら思っているんだ。

 自分がそれを何よりも好きだから。愛しているから。

 本当のところ、続ける意味はそれだけで十分で。

 この満たされない胸には、確かに消えない熱さがいつまでも燻っている。


 それでも挫けそうなときは。醜くともあえて叫ぼう。


 私はミーハーどもとは違う。

 すぐ売れると夢想して、エターナルの海に沈んでいったワナビーとは違う。

 人気が出なければすぐに筆を折ってしまうような、似非プロ気取りとも違う。

 己の良心と責任を持って、一つの章を。物語をきっちりまとめ上げる。


 ……時にエタったり目移りするのは、ちとご愛嬌だが。


 そうしてもう何年も、壮大な物語を続けているのだ。

 この報われない残酷な世界に、一つでも私の爪痕を刻み付けてやるために。


 もう一度言う。

 最悪、誰に理解されなくたって構わないのだ。

 誰にも顧みられることなく、無様に命尽き果てようとも。

 この知られざる戦いを、心折れずにやり切ったのならば。私は胸を張って死んでいこう。

 だって十分、立派なものじゃないか。


 それでも、そうは言ってみても。

 まあ、悔しいものは。悔しいんだけどさ。


 だから。なあ。


 読め。読め。読めよ。


 世界にまだ見ぬ、可能性の読者たちよ。

 お前たちの中にも、きっとこれを好きな者がいるはずだ。

 ただ知らないだけなのだ。誤解しているだけなのだ。


 なあ。お金を出さないと、大事なところは読めないなんてわけじゃない。

 そこにあるんだ。ずっとそこに置いてあるんだよ。

 あとはお前が興味を持って、ついでにいくらかの忍耐を持って。

 開いてくれたのならば。読み進んでくれたのならば。

 いいものを書いているんだ。かけた時間を裏切ったりはしない。そう信じている。

 もし裏切ってしまったら、それはすまないな。趣味が合わなかったってことだ。


 いいか。そいつは下らない話なんかじゃない。ブラウザバックをするな。

 時間をかけて読むに値する。深い意図と壮大な世界観、設定を伴った物語だ。

 練り込まれた伏線と、遠大な構想を伴った素晴らしい物語だ。キャラクターたちは確かに生きているんだ。

 騙されたと思って読み進めてみろ。いつか振り返ったときに、その何気ない描写が新たな感慨と意味を持つ。

 後から読み直したときにすべてが繋がって、無意味で荒唐無稽に思えたあの設定にも深い意味があったのだと。

 あれはそういうことだったのかと、気付かされるはずだ。感動で泣くヤツだっているはずだ。

 初見で表面上見えることばかりが、物語のすべての真実ではないのだ。


 そして作品の価値は、人気ばかりにあるわけじゃない。

 たとえ売れなくても、どんな書籍化作品にだってクオリティは負けやしない。

 私はな。そのくらいの気概を持って、全力で創っているんだよ。

 表面上は下らなく趣味の悪く映るかもしれないが、根底にあるものは熱い人間の物語なんだよ。

 もっとたくさんの読者に愛されたっていい、王道で真剣かつ心の動かせる物語なんだよ。


 まさに私の人生をかけて創ってきた人生の物語が、そこにあるんだよ。


 だから。 


 私は。私は。私は!


 時折、何度も。何度も心折れそうになりながら。


 それでも。次へ。次へと。

 数え切れないほど嘆き、苦しみながら。

 静かで無反応な感想欄に。ろくに付かないPVに。

 時折もらう心無い低評価や誹謗中傷にも耐えて。


 これが現実だと、何度叩き付けられても。


 それでも。私はこの物語が好きだから。

 本当の良さを、少なくとも私だけは知っているから。


 物語を次へ、次へと進めていく。

 決して歩みを止めはしない。

 やめてしまったときが、きっと本当の負けだから。


 この創作という名の戦いは。この人生という名の挑戦の物語は。

 たとえ誰が見ていなくても。死ぬまで続いていくから。

 いや、私が死んだ後も物語はそこに残り続けて、いつか誰かが手に取ってくれるかもしれないのだから。


 アンパンマンの作者、やなせたかしは50歳を過ぎてからやっと売れたと聞いたことがある。

 ゴッホが評価されたのなんて、死んでからだ。

 それまではあんなに素晴らしいものを描いていたのに、売れない画家だったんだ。

 私が違うのだと。誰が言い切れる?

 まだ人生半ばだろう。諦めるな。勇気を持つんだ。

 書き続けなければ。創り続けなければ、届かない場所がきっとあるはずだから。


 そして、一つお願いがある。


 私と志を同じくする創作仲間たちよ。どうか筆を折ってくれるな。

 あの1話すらもろくに書けない、情けない妄想家どもと同じになるな。

 数話で反応がもらえないからと、すぐ筆を折る下らないミーハー共と同じところへは行くな。

 結果が出ないことを嘆くのならば、出るまで書き続けようじゃないか。

 それに最悪、出なくたって構わないじゃないか。


 お前に描きたいものがあるならば。それはお前にしかできないのだから。

 お前が書かなければ、永遠に世に出ない物語があるのだから。

 お前は何のために創っているんだ。

 自分のためではなかったのか。思い出せ。


 いいか。ここに15年戦士の先輩がいるのだぞ。

 もしかしたら後輩かもしれないが、まあ結構やってきたよな。

 何百話書いたって、本質的にほとんど一人も読者のいなかった時期だってあるんだ。

 どれほど書いたって、まったく全然誰にも本当のところを理解されないことがあるのだ。

 それどころか、まるで見向きもされない。


 負け犬と嗤ってくれてもいい。

 こうはなるまいと思ってくれてもいい。

 何でもいいから、励ましと慰めにどうか、共に続けてはくれないか。


 もちろん、悔しいことはたくさんあるだろう。


 ほとんどの場合、感想はろくに一つも付かないだろう。

 評価もレビューも、滅多なことでは来ないだろう。

 

 来たと思っても、ぬか喜びさせてくることもある。

 あれはそうだな。下手なことよりも腹立たしい。


 ろくに読みもしないで、自作の宣伝のために評価やいいねを付ける馬鹿がいる。

 ろくに読みもしないで、ただ悪意の低評価を付ける輩がいる。

 少しでも気に入らない展開を見れば、さも鬼の首を取ったように駄作認定する奴がいる。


 ただそれでも、素晴らしい瞬間はあるかもしれない。


 極たまにかもしれないが、本当の良さを理解してくれる者が現れる。

 極たまにかもしれないが、感動したと泣いてくれる人がいる。


 そういう人がいるだけで、その瞬間に私たちは世界最高の物書きになる。

 報われるんだ。よかったと思えるんだ。幸せだと思えるんだ。


 そんな瞬間が、やっていけばきっとあるから。

 ほとんどの時間において、まったくないかもしれないが。現実は決して優しくはないが。

 それでもやっていく意味は、最後は自分の中に持てばいい。


 そして何よりも。

 一つのものを創り上げた瞬間の、あの得も言われぬ達成感は麻薬にも等しい。

 だから私は、やめられないんだ。

 私にしかできないことが、創れないものがそこにあるんだ。


 お前にも。きっと続ければ、そういう瞬間があるから。


 戦え。戦え。戦え。

 書け。書け。書け。


 読め。読め。読んでくれ。


 自分と知らないどこかの戦友のために、心のどこかで強く願いながら。


 私はお前の物語を知らないが。

 こっちも創るのに忙しくて、きっとほとんどを手に取ることはしないだろうが。

 それでも書けば。誰かには届くかもしれないんだ。

 その可能性は、腐らず書き続けた者にしかあり得ない。


 なあ。何度でも言う。結果がすべてじゃないだろう?


 お前の好きを世界に示すことができたのならば、それでいいじゃないか。

 お前だけは自分の創ったものを否定せず、一番のファンになればいいじゃないか。


 こんなことだって、自分に言い聞かせているだけかもしれないが。

 それは確かに嘘一つない、真実の気持ちでもあるんだ。


 こうして惨めに、この気持ちさえちょっとした物語にして。

 何年も。何年も。足掻き続けているんだよ。


 ああ。やってやるさ。

 私はやめないよ。死ぬまで書き続けるとも。

 お前もやろうぜ。やってやろうぜ。


 静かに決意を秘め、キーボードをペン代わりに物語と向き合い続ける。

 待っていろ。いつか。いつかきっとそこへ行く。

 まだ知らない景色を見るために。大好きの続きを描くために。

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