第30話 『魔視』

 暴毒のマナの吸収は、夜明けまでかかった。

 それだけ暴毒はマナを持っていたのだ。


 だがそれだけかけてマナを吸収した甲斐はあり、俺の今のマナの量は以前と比べて十倍以上に上がっていく。

 暴毒の身体が硬かったのは圧倒的なマナの量ゆえだ。


 裏を返せば、俺は十倍以上もマナの量がある存在に勝ったことになる。

 基本的にマナの保有量が多ければ多いほど強さは上がっていく。


 マナが十倍以上離れていた暴毒を斃せたのは、ひとえに俺の身体がつよかったのと、『劫火』の能力が強力だったからだ。

 今の俺は、暴毒を倒す前とは強さは全く別次元になっている。


 一日に五本程度しか撃てなかった『劫火』のレーザーも今ならバンバン撃てるだろう。


「さてと……じゃあ早速、新しく手に入れた異能を確認していきますか」


 俺はまずステータスを開く。




ステータス

 名前:グレン・ベルゼビュート

 種族:ハエ

 称号:蠅の王

 異能:『マナ吸収』『ステータス管理』『土石』『解毒』『劫火』『魔視』




「魔視か、結構そのままの名前だな」


 新しく手に入れた『魔視』の能力を使用してみる。

 すると俺の見ている景色は切り替わった。


 辺りに淡く光っているものが見える。

 今まで見えていなかった光を見て、俺は理解した。


「これがマナか」


 マナは世界全体に溢れていた。

 エルティアの方を見てみると薄っすらと淡い光を纏っている。


 これだけ光っていれば夜の森なら相当目立つだろう。

 道理であの森の中で正確に追ってこれたわけだ。


 試しに、自分で『劫火』の能力を使ってみる。

 すると手のひらから炎が出るのと同時、炎が光っていることが確認出来た。


「よし、これで一つ心配事が減ったな」


 もし『魔視』が明るい場所でマナを使った場合、強い光で隠れて見えなくなったらどうしようかと思っていたのだ。

 だが、これならその心配はない。


 マナと明るさは別で捉えることが出来る。


「明るい昼間には使えない能力とかじゃなくて本当に良かったよ」


 そうなるとわざわざ不利な夜に暴毒と戦った俺が馬鹿みたいだしな。


「マナの消費量も結構少ないな。これなら常時発動しても、マナの回復能力で十分賄える」


 「マナを目で捉えることが出来る」というそれ以外は何もできないシンプルな異能だからか、マナの効率は非常に良い。

 どれくらい良いかと言うと、『魔視』のマナ消費量を俺自身のマナ回復量が上回るレベルだ。


 まあ、俺のマナの回復量は暴毒のマナを吸収したことで身体能力といっしょに強化されているこそなのだが。

 暴毒のマナを吸収する前の俺ならマナの消費量のほうが上回っていて、いちいちオンとオフを切り替えなければならなかっただろう。


 これは大量のマナを持っていることによる、マナの回復量あっての常時発動なのだ。

 恐らく暴毒も俺と同じように常時発動していたのだろう。


「この異能……強いな」


 改めて俺はこの異能『魔視』の強さを実感する。

 能力自体は単純だが、「マナを見れる」というのは非常に強力で汎用性の高い能力だ。


 まずマナを見れるということは相手が何を仕掛けてきているのかが分かるということ。

 マナを使った罠はまず気づくし、裏でマナを巡らせていてもバレる。

 そしてその有用性は暴毒との戦いで散々苦しめられた経験が裏付けてくれている。


「他にもちょっと検証してみるか」


 そう呟いた俺は、早速近くにいたフィアナに声を掛ける。


「フィアナ」

「グレン様、どうかされましたか?」


 フィアナはニコリと笑って返事をしてくれる。

 避けられていた最初の頃とは大違いだ。


「エルフの秘術を見せてもらえないか? 小規模で構わない」

「秘術をですか? 構いませんが……」

「暴毒から『魔視』という異能を吸収したんだが、異能以外も見えるのか確認したいんだ」

「なるほど、では手のうえに小さく風を呼んでみますね」


 フィアナが手のひらをこちらへと向けてくると、小さく風が吹いた。

 同時に、フィアナの手のひらに小さくマナが集まっているのも見えた。


「なるほど、ありがとうフィアナ。よく分かった」

「お役に立てて光栄です」


 フィアナが仕事へと戻って行くと、もう少し検証することにした。


「シェリス」

「なんでしょう、グレン様」


 鍛錬に励んでいたシェリスに声を掛ける。

 汗を拭いながらシェリスが首を傾げた。


「シェリスの『隠密』を使ってくれないか。暴毒から得た『魔視』の能力を検証したいんだ」

「そういうことならお安い御用です」


 シェリスは胸を張ってどん、と拳で自分の胸を叩いた。

 『隠密』の異能を使ってもらう。


 するとシェリスの姿が背後の景色と同化する。

 シェリスの姿が認識できなくなっていった。


 魔視でもシェリスのすがたを確認しようとする。

 すると魔視を使ってもシェリスの姿は見えなかった。


「なるほど、どうやら姿を隠す系統の異能は魔視では見えなくなるみたいだ」


 魔視はとても便利な能力だが、弱点がないわけでもないらしい。


 マナを隠してない相手には凄く便利だが、隠れる系の異能を持っている相手には要注意、と言ったところだな。

 シェリスにお礼を述べて『隠密』を解除してもらう。


「ん、あれ?」


 俺は首を傾げた。

 ふと疑問が湧いてきたのだ。


「グレン様、どうかされましたか?」


 シェリスが首を傾げて尋ねてくる。


「シェリス、質問があるんだが、マナを出してしまえば、大体位置が分かるだろう?」

「はい」

「じゃあ、『隠蔽』はマナを使った時点で「いる」ことがバレるんじゃないのか?」


 もしそうだとしたら、『隠密』とかいう名前なのに隠密する意味がない。

 俺の質問に対してシェリスは首を振った。


「いえ、その心配には及びません。『隠密』はマナ自体に隠蔽がかかりますので」

「マナ自体は気取られるのか?」

「いいえ、マナ自体が隠密の性質を帯びるので、使ったこと自体も露見することはありません」

「なるほど……」


 俺の懸念はどうやら杞憂だったようだ。

 となると、シェリスの『隠密』が『魔視』で見えないのは、マナ自体にも『隠密』の能力が乗っているからだったのか。


 なんにせよ、『隠密』のような異能を持っている相手には俺の『魔視』は効かない、ということを覚えておこう。

 なんでも見える異能を持ったからと言って、油断は禁物、ということだ。


 さあ、これからはやることがたくさんある。


 まずはしっかりとした生活基盤を整えないとな。



***



 東の大蜘蛛が倒された。

 一匹の『領主』の死はイグニステラ大森林へと瞬く間に広がっていった。


 それに呼応するように動き出す、『領主』がいた。

 その領主はずっと自らの領地の拡大を狙っていた。


 虎視眈々と、領地を奪い取れるタイミングを見計らってきた。

 すべては我が力を増すために。


 自らの縄張りと、力を増すために。


 長年、秘術で領地を守り通してきたエルフの長老は死に、戦えば相性の問題で自分が負ける可能性も高い大蜘蛛も死んだ。


 ──次の『領主』の実力を見定める必要がある。

 その『領主』はイグニステラ大森林の最も東にある領地へと向かって前進を始めた。





──────────

もし少しでも「面白い!」と感じていただけたら、作者の励みになりますので、★レビューやブクマ、感想などをいただけると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハエに転生した件 〜ハエ(本物)に転生したので『マナ吸収』で自分をひたすら強化していたらいつの間にか【蝿の王】として崇められて国を治めることになってたんだけど〜 水垣するめ @minagaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ