第29話 【領主】の誕生

 暴毒を倒した俺は天に向かって拳を突き出す。

 俺はこの強敵を倒したんだ。


 ……だけど、ちょっと疲れたな。

 無理もない。身体にいくつも穴が空いているし、何時間も戦ってんだ。


 夜が明けるまで戦ってたから徹夜もしてる。完徹だ。

 俺は暴毒の背によりかかる。するとその途端強烈な眠気が襲ってきた。


 ああ、眠い……。

 そう思ったら、目の前がぐらりと揺られた。


 これは、俺が死んだときと同じ……。


「グレン様……っ!」


 エルティアの声を聞きながら、俺は目を閉じた。




 目が覚めた。


「目が覚めましたか、グレン様」


 目を開けると最初に見たものは横から覗き込んでくるエルティアだった。

 そこで頭の裏に柔らかい感触が当たっているのを感じた。


 どうやら俺はエルティアに膝枕されているようだった。


「俺はどれくらい気絶していた?」


 まだ空は暗く、星が瞬いている。

 夜が明けていないということはそんなに時間は経っていないと思うが……一応聞いてみる。


「丸三日ほどでしょうか」

「三日?」

「はい。グレン様が気絶なさってから三回目の夜です」


 つまりは、三日間気絶しており、夜が開けているどころか日が昇って沈むサイクルを三回も繰り返していたらしい。

 まじか……。


 まあ、それくらいの死闘を繰り広げていたし傷を負ったとは思うので、信じられないということはなかった。


「傷は……処置してくれたのか?」


 身体を起こして自分の身体についた傷を確認すると、傷の部分に薬草が貼られていた。


「私にできるかぎりのことですが」

「いや、十分だ。もう傷も痛くない」

「それはグレン様の回復力ですよ」

「俺の?」

「驚異的な回復力です。私たちも驚きましたよ」


 薬草を剥がしてみると、暴毒に爪で刺された傷が塞がりつつあった。

 本来なら治るのに数日どころか一ヶ月は必要な傷のはずだが、この身体は身体能力だけじゃなくて回復力も上がっていたようだ。


「それでひとつ聞きたいんだが……どうして膝枕なんだ?」

「私たちのために戦ってくれた方を地面にそのまま寝かせるわけにはいきませんから」


 確かにこの集落には草で作ったベッド以外に寝かせるようなところはない。 

 質素な草のベッドよりは膝枕がいいと判断したようだ。

 いや、そこまでしなくても、普通に草の上に寝かせてくれるだけでよかったんだけどな。


「私とフィアナとシェリスで交代で看病していたんですよ。みんなグレン様の膝枕をしたいと言うので、私たちでそれぞれ順番で膝枕をすることにしたんです。今は一周して私が膝枕をすることになっています」

「それは……ありがたいが、少し恥ずかしいな」


 俺につきっきりで看病してくれたというのは嬉しい限りなのだが、流石に膝枕を取り合いは照れる。

 エルティアはくすくすと笑った。


「そうでもしないと二人とも気が収まりませんでしたから。グレン様が倒れた後、二人共凄く動揺していたんですよ? ……もちろん、私も」


 エルティアの悲しげな表情に申し訳なくなって、俺は心配をかけたことを謝る。


「……すまん、心配をかけたな」

「グレン様!」

「目が覚めたのですね!」


 その時、俺が起きたことに気がついたフィアナとシェリスが、俺の方へと走ってきた。


「フィアナ、シェリス。看病してくれてありがとう」


 俺がお礼を述べると二人は目元に涙を浮かべ、頷いた。

 そんなに心配してくれていたのは、純粋に嬉しい。

 人間だった頃は風邪になったところで看病に来てくれる友人なんていなかったからな。


「それにしても、三日も寝ていたのか……」


 俺は周囲を見渡す。

 暴毒の巣に捕らわれていたエルフたちは全員、身体に穴を空けられている。


 そのため数日がたった今もフィアナやシェリスの手によって看病がなされていたが、エルティアたちの薬が効いたのか、完治はせずとも全員少しは動けるようにはなっていた。

 エルフの男性陣に至ってはテキパキと動いて仕事までこなしているほどだ。


「全員無事だったなら……良かった」


 正直、暴毒の巣から連れ帰ったときには、随分消耗しているエルフもいた。

 俺はすぐに暴毒を倒すための準備を始めたため、彼女たちがどうなっているのか分からなかったのだ。


 元気になったのなら、一安心だ。

 俺が安堵の息を吐いていると、突然真面目な表情になったエルティアから話しかけられた。


「グレン様、私たちからお伝えしたいことがあります」

「?」


 エルティアの言葉に首を傾げていると、エルティアは他のエルフたちに集まるように告げる。

 そしてエルフたちはぞろぞろと俺の目の前に集まると……跪いた。


 祈るように両手を組むと、エルティアが宣言した。


「改めて、誓わせていただきます。私たちはグレン様を王として受け入れ、全身全霊でお仕えいたします」

「……俺が王でいいのか」

「構いません」


 答えたのは男性のエルフだ。


「我々は、グレン様が我らのために、傷つき、戦う様を見ました」

「グレン様を差し置いて、我らの王に相応しい存在はいません」

「それがイグニセウス様の生まれ変わりでしたらなおのこと」


 どうやら、エルティアたちはすでに俺がイグニセウスの骨とマナを使って身体を得たことを話したみたいだな。


「どうか、我らの王になってください。グレン様」


 エルフたちの願いに対して、俺は少しだけ考える。

 ……まあ、すでにエルティアたちの王になってるんだから、この際十人くらい人数が増えたとしても一緒か。


「分かった。俺はお前たちの王となろう」


 俺がそう言うとエルフたちが嬉しそうな声を上げた。


「そうと決まれば早速自分を強化しないとな。暴毒の身体はどこにある?」

「マナが散ってしまわぬように保存しておきました」


 エルティアが示す方向を見てみれば、そこには薄い透明な膜で覆われた暴毒の死体が置いてあった。


「ああ、ありがとう」


 俺は暴毒の死体へと近づいていく。


 ここにいる全員を守ると決めたんだ。

 強くなるためには、もっとマナがいる。


 そして暴毒の身体に触れて、マナの吸収を開始した。



***



 月夜の下、黒く焼け焦げた巨大な蜘蛛の死体が横たわっている。

 暴毒の身体に内包されているマナは大量だった。


 そのマナを『マナ吸収』で吸い上げていく。

 巨大な盃へと極上のワインを注ぐように。


 溢れる噴水のようなその魔力で空の器を潤していく。

 満たせ。満たせ。もっと満たせ。


 全ては守護のために。

 守り抜くと約束した誓いのために。


 夜空に満月が浮かんでいる。

 月光に照らされるなか、ここに一人の領主が誕生した。


 その名は『蠅の王』、グレン・ベルゼビュート。


 その器は、まだ満たされない。




ステータス

 名前:グレン・ベルゼビュート

 種族:ハエ

 称号:【蠅の王】【領主】

 異能:『マナ吸収』『ステータス管理』『土石』『解毒』『劫火』『魔視』

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