第28話 死闘の決着

 俺達は森の中で向かい合う。

 周囲の木は今までの俺達の戦いによりなぎ倒されている。


 ──ポツ、ポツと。

 空から雨が降ってきた。


 雨粒が俺の光沢がある外骨格の上を伝って、腕から指へと滑り落ちていく。


 そしてその指の先が一滴が地面に落ちたときが、開始の合図となった。


 お互いに一歩、重く、鋭く踏み込む。


 俺と暴毒は始めはゆっくりと、徐々に速度を上げて、次第に加速していく。

 そしてお互いがぶつかった。


「う、おぉッ!!」


 振り下ろされる左前足を拳の甲で弾き飛ばし、カウンターを撃つ。


 繰り出されるのは技術なんて全くない、粗雑で乱暴な、筋肉にはち切れんばかりに力を入れて放つ原始的なパンチ。


 鉄よりも硬い俺の拳が暴毒の顔面を捕らえた。

 スローモーションの世界の中、衝撃で暴毒の顔が何度も揺れる。


「──ッ!!」


 痛みに悲鳴を上げながら、暴毒は俺へと爪を振るう。

 視界が揺れていた暴毒は正確に俺を捉えることは出来ず、逆に脚の部位が直撃する。


「がっ……!?」


 ぐらりと揺れた身体を、足を地面に突き立てて踏ん張り、殴る。


「──ッ!!」


 殴って、蹴って、両手で叩き落として、地面に叩きつける。

 もちろん、暴毒も黙っていなかった。


 俺の連続攻撃の隙間を見つけ、カウンターを食らわせてくる。

 そして主導権を握ると、同じことを俺へとやり返した。


 殴られ、刺され、地面に叩きつけられ、投げ飛ばされる。


「う、がっ……!」


 暴毒に吹き飛ばされた俺は回転しながら地面を転がる。

 頭がチカチカする。


 ぐらつく身体にムチをうって起き上がると、あちらも俺と同じように満身創痍なのか、足からガクッと力が抜けて地面に膝をついていた。


 体中に激痛が走っている。すでに体力も限界に近づいている。


 だけど、倒れることは出来ない。

 コイツを倒すまでは。


「う、おおおおおおおおッッッ!!!!!」


 立ち上がり、俺は暴毒へと体当たりをかます。

 土煙を上げながら、俺は何百メートルも暴毒を押し続けた。


 すると不意に、開けた場所に出た。

 いつの間にか俺達の集落があった場所へと戻ってきていたのだ。


「グレン様……っ」


 エルティアたちの声に構う余裕はなかった。

 地面を転がった暴毒が立ち上がった瞬間、また俺は暴毒へと近づく。


「──ッ!!!」


 暴毒ががむしゃらに脚を振るう。


 眼前に鋭い爪が迫る。

 しかしその動きは最初の頃からすれば幾段も精細さを欠いていて、その前足を掴み取るのは簡単だった。


 爪の先を掴み取ると同時に雨粒が跳ねる。

 そして俺は暴毒の掴んだ左前足の付け根を反対の手で掴む。


「!!」


 暴毒が驚愕に目を見開くが、もう遅い。


「ぬ、ぅぅぅううああああああああッッッ!!!!!!」


 ブチィッッッッッ!!!!

 俺は筋肉に限界まで力を込め──暴毒の前足を真ん中から引き千切った。


「──ッッッ!!!!」


 暴毒が悲鳴を上げる。

 千切れた脚の断面から血が飛び散った。


 俺はそこで攻撃の手を止めなかった。

 今、ここで決める。


 千切った足をバッドのように両手で持つ。

 そして下から振り上げ……暴毒の頭を殴り飛ばす。


 怯んだ暴毒に何度も、何度も脚のバッドで殴り飛ばす。

 前足を二本失った暴毒にとっては、俺の攻撃を防ぐのは至難の業だった。


 何度も。何度も何度も。

 脚のバッドで暴毒の頭を殴り続ける。


 すると何度も攻撃を受けた暴毒の顔面がに……ヒビが入り始めた。


「ッ──!!」


 暴毒が力を振り絞り、大きく振りかぶった脚を弾き飛ばした。

 驚くほどあっさりと脚が跳んでいく光景に、暴毒は驚いた様子を見せた。


 それもそのはず。俺はすでに千切った脚を捨てるつもりで空中に置いているだけだった。


 暴毒の行動を誘導するためにわざと大きく振りかぶっていたのだ。


 そして暴毒がそれに気がついたときには、すでに暴毒の至近距離で拳を引いていた。

 暴毒は避けようとするがそのとき。


 ──ガクンッ。


「!?」


 脚がまるで穴に落ちたようにバランスが崩れた。

 足元を見てみれば、脚が泥の沼に沈んでいた。


 それは、全く予想だにしていなかった罠。

 もはや頭の中から消えていた、相手の手札。


 まさかこの土壇場で俺が使ってくるとは思っていなかっただろう。

 全く予想外の攻撃をされた暴毒にとっては、すぐさま脚を引き抜くことは出来なかった。


 戦いにおいて、一瞬の隙は大きな穴を生むことになる。


 かつて暴毒自身が弱者と侮り、遊び半分で残虐に痛めつけ、殺した者の異能が、暴毒にとって決定的で致命的な隙を作ることになった。


「さっき思いついた技だ」


 極限まで腕が引かれ、力が振り絞られた瞬間、肘からジェットが噴射された。

 ジェットはパンチに推進力を与え、凄まじい速度で暴毒へと飛来する。


 今までで一番速く、重い一撃が暴毒にクリーンヒットする。

 それは暴毒の頭の外骨格を割り、一瞬意識を飛ばすほど強い一撃だった。


 暴毒が意識を取り戻し、俺の姿を捉えようとしたときには、すでに俺は目の前にいなかった。

 暴毒の背に乗っていたからだ。


「じゃあな」


 レーザーで空いた穴へと俺は拳を振り下ろす。

 外骨格とは違い柔らかい肉には、俺の拳は容易に刺さった。


 暴毒が悲鳴を上げる。


「地獄の炎に焼かれて死ね」


 すべてのマナを使い炎を流した。


 ドウウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッッッッッッッ!!!!!!!!!!!


 暴毒は目や口という体内から紅蓮の炎を吐き出した。


「燃えろおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」


 劫火が暴毒の体内で荒れ狂い、中身を焼き尽くしていく。

 炎が身を焼き始めた最初の数秒間は暴れていた暴毒も、次第に動きが緩慢になり、最後は完全に力を失ってその場に倒れた。


 炎が収まる。

 紅蓮の炎が荒れ狂った後には黒く焼けた巨大な蜘蛛の身体が残っているだけだった。


「勝った……」


 その黒い死体の上で、俺は小さく呟く。

 勝った、俺は勝ったんだ。


 その実感が心を少しずつ心のなかに溢れていく。

 真っ先に来たのは安堵だった。


 生き残った喜びを噛みしめるように、夜空に拳を高く突き上げた。

 いつの間にか雨は上がっていた。

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