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 私は小さな弁当屋を営んでいる。ある日、「夜の八時ごろにお弁当を届けてほしい」という依頼が入った。配達先は隣町A町の民家らしいが、話を聞けば、どうやらその家は山の中にあるようだった。夜の山道を女一人で走るのは少し気味が悪い。そこで、店を手伝ってくれている妹に一緒に配達を頼むことにした。


 私たちは夜の冷たい空気の中、車に弁当を詰め込み、A町の民家へと向かった。


 ◇


 無事に隣町まで辿り着き、残るは山道を抜けて民家にお弁当を届けるだけだ。しかし、目の前に広がる山道は異様なほど暗く、重い影が奥へ奥へと続いている。闇が濃く立ち込め、光の届かない空間に、私は思わずアクセルを踏むのをためらった。


 が、「行こう」と妹が言ってくれたので、意を決して車を進める。品物が遅れれば失礼だと思い、なるべく平静を装ってハンドルを握った。


 だが、山道を走り始めてしばらくすると、体の内側で何かがざわつき始めた。冷たい汗が背筋を伝う。なぜか胸の奥を感じたことのない強烈な寂しさが埋め尽くし、やがて、それが憎悪と思わしき黒い感情へと変わり始める。言葉にしがたい、捨てられたかのような絶望と、目の前の何もかもが憎いと感じる感情が入り混じり、気づけば私はハンドルを握る手を震わせ、涙を流していた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」と妹が心配そうに声をかける。


「うん……なんとかね」


 気を取り直し、泣きじゃくる自分をなんとか落ち着けようとするが、その奇妙な感情は酷くこびりついて離れてくれない。けれど、ある範囲を抜けた途端、驚くほどすっと心が軽くなり、あの苦しさが嘘のように消えた。車内の空気は至って普通だった。


 ◇


 やっとの思いで民家にたどり着き、無事に配達は完了した。仕事が終わり、あとは来た道を引き返すだけだが、先ほどの私の様子を見ていた妹が帰り道は代わりに運転してくれるという。


 帰り道、再びあの山道に差し掛かる。すると、まるで待っていたかのように、またしても心がぎゅっと締め付けられる。寂しさと憎悪が押し寄せ、私の胸の奥にじっとりと湿ったものが絡みつく。憎悪は前よりもねっとりと粘りつき、私はただじっとその感情に飲み込まれてしまう。理由もなく誰かが憎くなる。自分自身さえも憎く思える。


 そのドス黒い衝動は殺意そのものだった。


 妹も私から何か異様なモノを感じたのだろう。口を硬く閉ざしたまま、車を一心に走らせる。そして、またしてもその範囲を抜けた瞬間、心は突然に軽くなり、憑き物が落ちたような安堵感が広がった。後ろを振り返ると、山道はただ暗闇の中に消え、音もなく、まるで最初から何もなかったかのように静まり返っている。


 ようやく店に帰り着くと、奇妙な体験のせいか全身がどっと疲れていた。家に帰りつくなり、私はすぐに眠りについた。


 ◇


 翌朝、新聞を何気なく眺めていると、ある記事が目にとまった。


『A町の山中で女性の変死体を発見。死後半日と見られる。遺体は損傷が激しく、身元特定難航か』とある。見れば、そこは私たちが弁当を届けた山だった。


 震える手で新聞を握りしめながら、私は昨日の夜を思い出していた。あの山道で何が起きていたのだろうか。あの恐ろしい感情の正体は何だったのか……。


 ◇◆◇◆


 それから10年が過ぎ、私は今、旦那と旅行中だ。田舎の山中をハイキングし、澄んだ空気と清々しい緑に囲まれていた。先程までは気持ちの良い自然を満喫していたのに、いつからか息が苦しくなる。


 再び、あの時の感覚が心を支配し始めた。遠く林の奥から、ねっとりとした寂しさと憎悪がじわじわと這い寄ってくる。体中をあの感覚が包み込むんでいく。あの林の向こうに何かが潜んでいる気がしてならない……。

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コワい話 さやまる @SAYA_SAYA_SAYA

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