歩きスマホ
家族旅行で訪れた知らない街。観光名所も見たし、あとはショッピングだと張り切る両親。しぶしぶ、一緒に歩いているのだが、街が賑やかなだけで酷く退屈だ。中学生で思春期真っ只中の私は街の露店や土産屋には何一つ興味がもてなかった。家族があれこれ品物を眺めるのに飽きてしまい、スマホをいじりながら歩くしかなかった。
スクロールしながらSNSを眺めていると、妹の話す声が聞こえたり、母の「次はどこ行こうかしら」という声が耳に入ったりする。正直、全部どうでもいい話だなとぼんやり思いながら、画面に集中する。
そのうち、家族の会話も気にならないくらいに、私はSNSに集中しきっていた。視界にはスマホの画面のみが映り、そのまま歩き続ける。
突然、目の前で父が急に立ち止まった。反射的に背中にぶつかってしまう。鼻が痛い。
「ちょっと、急に立ち止まらないでよ!」
そう言いながら顔を上げた瞬間、私の心臓は凍りついた。目の前に立っているのは、見知らぬ中年の男だった。父と同じ色の服を着ているせいで、てっきり家族だと思ってついてきてしまったのだと、ようやく気づいた。
その男は、ニヤリと口角を上げ、不気味な笑みを浮かべていた。一瞬にして私の周囲の景色が淀んでいく。
「さっきから、ずっと付いてきて……。俺のこと好きなのか? お?」
男は低い声でそう呟くと、私の首筋から四肢へ品定めするように視線を這わせてきた。ぞっとする寒気が私の背筋を駆け上がる。
「キヒッ、うれしいぞぉ」
男は気色の悪い笑みを浮かべたまま、横に顔を向けた。つられて私も視線を横にそらすと、すぐ近くに『多目的トイレ』の表示が見えた。とっさに逃げようとしたけれど、いつのまにか、男の手が私の腕をがっちりとつかんでいた。振り払おうとしても、手はびくともしない。
男は歪んだ笑みをさらに深めながら、私をトイレのほうに引きずっていく。人が行き交うはずの観光地なのに、誰もいない。助けを求める声も出せないまま、私は引きずられていく。
トイレの扉が閉まる音が、カチリと響いた。それでも、外は何事もなかったかのように静寂が続いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます