第一話:機械の”妖精”達
別働隊の早期警戒管制機が異常を知らせたのはほんの少し前だ。
天候は快晴。地球と違い、やや緑がかった空に浮かぶのは、高さ三十メートルに近しい武骨な外見を持つ、大型の航空
私はふいに視線を地上へと持っていく。そこは山岳地帯で、至る所で鉄塔のような、しかしタッチ・ペンの先のようにも見える奇妙な山が幾つも佇んでいる。
辺りには航空フレーム及びウィリアー特有の風切り音と〈ガルムドライブ〉の、これまた航空機のような動力音が響いている。
『ミオ、右だ』『──解ってます! 全体、回避!』
深井隊長の指示と網膜投影システムによる警告アイコンで、私とそれに追随する、酸素マスクと対G服を身に付けた者達が纏う物、〈ソーフ〉は編隊飛行を崩すこと無く回避運動を実行する。現在は各所が折りたたまれ、
「
ヴゥヴゥヴゥ!! と、再度ヴァイブレーターのような警告音が、篠森少尉の張り詰めた声とともに響く。
直後、熱線。
緑色の光条が、下方向から風切音を纏わせながら何条も上り、昇り詰めてくる。「くっ……! ──深井さん!」私はオートフォーカス機能を使い、〈肆律〉越しに深井隊長を見る。
彼──深井隊長の機体も私たちと同じ〈肆律〉だが、彼には同乗者はいない。何故なら彼には〈ハイセンス〉という素養があり、私達とは一線を画す存在だからだ。
『……
瞬間、それまで簡素だった〈肆律〉のユーザーインターフェースが様々なインジケータや数字が表示された、所謂戦闘用に切り替わる。篠森少尉が共有システムの
そして隊長のその声に、緊張感がより一層高まる。これは、まさか──
『異常な電磁パルスを確認。これは、〈エイト〉だ』
冷淡な彼の声に反応しながら私は後方の状況を見る。私たちと同じ、航空機のような見た目──すなわち飛行形態になっている〈ソーフ〉群四機はまだ一機たりとも脱落しておらず、健在のままだ。
しかし直後、さらに熱線。〈ソーフ〉一機の〈プロテクター〉にビームが命中すると、今度は収束し、〈プロテクター〉に穴を空け、そのまま装甲を焼く。幸い掠った程度だが、装甲内では軽くやけどを起こしているだろう。何故ならビームの摂氏は何百度から何千度にも及ぶからだ。
『熱……ッ!!』
隊員の苦悶の声。しかし次の瞬間には『──目標、補足!』と異様に声を張り上げる。
近づいてきたのは、こちらの半分の戦力である三機の〈エイト〉の駆るロボット群、その中でも最もポピュラーな人型タイプとその隊長機だ。
大きさは見積もって十五メートルほどだろうか、直線型の形をし、かつ人のような形をしたこれは、片手にビーム砲、もう片手にはブレードが装備されている。
「少尉、管制に通達!”敵と
こちら世界連合空軍航空五番隊〈肆律〉二番機──と管制に通達する篠森少尉を背に、私は「酔わないでくださいね!」と声を張る。
『……飛行形態を解くぞ。タイミング三、二、一……』
──飛行形態解除、航空機から手足が生え、背中に大型の飛行パックが移動、展開され、視界が良好になる。
飛行形態から人型になった直後、私は目線を右下に。コントロールパネル、選択。〈蜻蛉切〉安全装置解除。すると、右肩にあり、S字に折りたたまれた〈
『戦術レージン用意。──俺が回り込む』
深井隊長はスラスターを停止、真下に急降下するとタイミングよくスラスターを巧みに使って、そのまま逆さまの状態で急速飛行をする。
「ちょっ……深井さん! ──あの人は、また……!!」
通信を終えた篠森少尉の声。彼女は「私たちも行こう! ね! 中尉!!」と声を荒げると、私の方が上司であるのにもかかわらず、急に砕けた口調になる。ちょ、ちょっと──
(ある意味、彼女にコントロール権限、握らせないのは先決かも……)
『各機、隊長の指示通り、落ち着いて敵を片付けます! 援護を!』『了解!』
私は隊員にそう指示を送ると、「特殊兵装のコントロール、よろしくね」「言われなくても!」と彼女──篠森少尉にいつものをお願いする。
ヴゥヴゥヴゥ……!!
補足された。敵が来る。見るとビーム砲を構えて突貫しながら接近戦に持ち込もうとしている。
私たちは散開し、各所に展開した〈ソーフ〉がその人型ロボットの〈エイト〉に高速ライフル弾を叩き込む。彼らの装甲を貫徹するために作られた、文字通り高速で飛翔する弾丸は、しかしながら装甲を貫くことはできず、途中で埋まってその動きを止める。
『──こいつら……ッ!? 強くなってやがる!!』『バケモンが……!! 補佐ッ!』
私と同じ場所に展開している、二機の〈ソーフ〉装着者の通信音声。彼らの言う事もそのはずで、
『……大丈夫です! 少尉!!』
『了解っ!』
補佐と呼ばれた私と篠森少尉は敵と対峙すると、少尉が傍らにはめ込まれた両手で何かを動かす。
すると、ガコォオン……!! と重い金属の塊が外れる音がすると、背中から太いケーブルにつながれた棘のようなものが五基、ヒュンッ! と勢いのある風切り音を発しながら自分を基軸にして飛来する。
大きさは十メートル程だろうか、先端に二つのスリットをもった何かは、幾筋ものラインを空中に走らせながらうねり、のたうち回るように空を舞う。
やがて敵の前や側面に到達すると、その直前に片側のスリットから細い棒状のものを展開し、その周りに黒く、ばち、ばちと破裂音を響かせながらビームを展開する。
『──ッ!!』
次の瞬間には相手は全方位から各所を刺され、さながら串刺しになっていて、刃が引き抜かれると同時に四肢がもげ、それらが爆散する。
そんなロボットのコクピットの中から除くのは、他でもない〈エイト〉の姿。サイバネ化された、私たちと同じ見た目をした者たち。そんな得体のしれない人のような者が作る表情は、所謂ほくそ笑み、と言うもので、私はその笑みに察すると『少尉、後ろ!』と声を張る。
『言われなくても!』
──ケーブルを伸ばし、後ろへ。ギャリリッと、リールが軋みをあげて巻取りと放出を繰り返し、後ろの敵機に向けて、まるで奔流のようになだれ込む。
『間に合って……!』
少尉の焦る声。後ろの敵機との距離は十メートルもなく、加えて加速している。〈プロテクター〉があるから問題ないという意見もあるかも知れないが、これには”一点集中”と”超音波振動”に極端に弱いという欠点があり、彼ら──〈エイト〉達が使うブレードはその後者なので、当然弱点になるのだ。
すると突然、カシャァッ!! という、〈蜻蛉切〉特有の、カメラのシャッター音のような発射音が後方から轟く。確認すると、〈エイト〉の登場するロボットの中央に穴が開いている。
『──
声の主は深井隊長。隊長の背後では敵が一機、その体に無数の穴を空けながら墜落していく。隊長の機体を見ると、背中から伸びた、私たちと同じ棘のような武器が子気味よくカンッ……カンッというように巻き取られ、所定の位置──背中に戻されていく。
そして当の〈エイト〉はというと、即死だった。所謂”どてっ腹に穴が開いた”状態であり、よく見ると、視える〈エイト〉の胸元から裂けているように見える。
『連絡』『……あっ、はい! こちら──』
(やっぱり隊長って、凄い……)
かつての大戦の遺物であり、同時に副産物である〈ハイセンス〉、その一人の
『通信、完了しましたっ』『──っだァッ! 疲れたー!!』
……あ、スンマセン。と言いながら、しゅん……と縮こまる篠森少尉。そんな彼女もまた、
──まぁ、あけっぴろげなのと、感情を表に出しやすいのが玉に瑕ではあるんだけど……。
すると、ピロリロリロ……! という子気味のいい音が右側から聴こえると同時に、『熱源反応確認!』と仲間の一人から通信が入る。レーダーを確認すると、確かに熱源反応が一つ、こちらに向かって接近してくる。
『パルス反応は〈肆律〉。IFF識別信号……なし』『深井さん、緊急回線は』『応答がない』隊員と隊長のやり取りに、私は通知音が鳴った右側を見る。〈蜻蛉切〉を使用するために、従来の機能よりも強化されたオートフォーカス機能でその一点を凝視すると、横に長いのなにかがこちらに向かってきている。距離は六百メートル程で、速度からすると大型戦闘機クラスの巡航速度だ。『目標接近。十秒後に会敵する』
そして、そんな戦闘機などはたかが知れている。私はその予想に戦慄し、頬から一筋の汗が滴り落ちる。
『……ッ!』
しばらくすると、案の定私達の上を、キイイィィン……!! と稼働音を響かせ通り過ぎる灰色の機体。しかし凝視すると同時に圧搾音をまとわせながらゆっくりと人型へと変わっていき、中から装着者が露出する。
『装着者かくに──ッ!? ……〈エイト〉です! エンゲージッ!!』
界晴 ──青防の守り人 IF── 雪瀬 恭志 @yuzuriha0605
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