第3話 食事
先ほど犬のチェックをしたときに微かに感じ取った匂いが香り立つ。
コロンと転がって起き上がるとボロ屋に向かって歩み出した。
何気なく歩いているが本当に足音がしない。
この体は凄いな。
なんとも身軽で足取りも軽い。
匂いの跡を辿って廃屋の隙間に体を突っ込んだ。
隙間の幅はあまり大きくないがするりと体が滑り込む。
建物の中に入ると先ほどから俺を引き付けてやまない獲物の匂いがさらにいっそう濃くなった。
日が降り注ぐ外に比べれば屋内は薄暗いが目は瞬時に順応する。
きっと、瞳孔が満月のように真ん丸になっているに違いない。
カサコソという足音を耳が捕らえた。
そろりそろりと慎重にその方向に進んでいく。
瓦礫を乗り越えると獲物の姿が目に入った。
丸々として美味しそうなネズミが壺からこぼれた穀物を食べている。
食べ物に夢中になっているのか俺のことには気づいていなかった。
足音を殺して背後から忍び寄る。
ボロい床が俺の重みでみしりと音を立てた。
その瞬間、ネズミが逃げ出そうとするので、猛然とダッシュする。
タタン。
地面を蹴ってネズミに踊りかかった。
自然と伸びた爪がしっかりとネズミの体に食い込んで捕獲する。
キ、キキッ。
ネズミは小さな鳴き声を上げた。
自分の体であって体でないような不思議な感覚のまま、俺は大きく口を開けてネズミの体に犬歯を突き立てる。
尖った歯はネズミの神経を切断した。
びくんと体をけいれんさせた後、ネズミは動かなくなる。
俺は喉に熱い血潮が流れ込み、興奮した俺は肉を噛みちぎった。
肉を飲み込むと再びネズミに歯を立てて新たな肉を歯でそぎ取る。
俺の意識は体の奥底に後退して、猫としての本能に突き動かされて食事をした。
朦朧としたような薄ぼんやりとした意識で俺は考える。
ネズミかあ。
大きさとしてはドブネズミでは無さそうだけど、なんという種類なんだろう?
ネズミはペストとか媒介するんだけど食べて大丈夫なんだろうか?
まあ、ペットフードとか無いだろうし仕方ないよなあ。
特にスティックに入った半生タイプの猫が狂喜乱舞するやつとか。
あれは1年前に亡くなったナオも喜んで食べていた。
ある日俺の住んでいるアパートの階段の下にちょこなんと座っていて、俺を見て小さな声でナオと鳴いたのが最初の出会いだったっけ。
そのまま俺の家に居ついて一緒に暮らした。
思えば前世において俺がもっとも人間らしかった時期と一致している。
腎臓を悪くして弱っていったナオ。
なけなしの蓄えをはたいて獣医に診てもらったが長くは生きられなかった。
果たしてナオは俺と一緒に暮らして幸せだったのだろうか?
最期を看取ったときは安らかな顔をしていたと思うが、それは俺の願望が見せた幻覚だったのかもしれない。
それから酒浸りの生活になって身を持ち崩し、死んだ挙句に今度は俺が猫になるとはなあ。
どうせなら、ナオが生きているうちに猫になれれば良かったのに。
そうしたら話ができたのにな。
食欲が満たされたのか、体のコントロールが戻ってくる。
どうも本能的な活動については俺の意思に関わらず自律的に体が動くようだ。
曲げた状態の膝を叩くとポーンと足が跳ね上がる膝蓋腱反射みたいな。
目の前から霧が晴れたようにくっきりと焦点が合うとネズミの遺体が目に入ってくる。
俺は胃をムカつかせながらその場を後にした。
この廃屋を拠点に俺は猫としての生をスタートさせる。
なるべく人間の生活圏には近寄らないようにした。
その一方で野良猫同士でコミュニケーションを図ってみたが全くといっていいほど話が通じない。
「にゃあ」
「んにゃあ!」
まあ、なんとなく程度には分かるのだが、人間だった頃と同レベルでしかない。
ということはナオが居た頃でも意思疎通は無理だったということのようである。
会話ができない上に猫にも縄張りがあるようで迂闊な場所で狩りをすると他の猫から攻撃を受けた。
そんなわけで活動範囲には気を付けていたのだが、俺はある時ドジを踏んでしまう。
鳩をとっ捕まえて食べたのだが、その足に円筒形の筒がはめられていた。
どうやら連絡用の伝書鳩を腹の中に納めてしまったらしい。
そのせいなのか物々しい装いの戦士に追いかけ回された俺は、追い詰められて腹を深々と斬られてしまった。
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