第4話 アンドロイド殺し
この薄汚れた街に弱々しくも太陽の光が届くと、この街もまだまだ捨てたものじゃないなと錯覚させてくれる。
私は家の窓から外を眺めるとランニングや犬の散歩のために朝早くから活動している人々には敬意を表するしかないなと思ってしまう。
野良犬のような恰好を好む怠惰な探偵の私は、早朝の時間は暖かいベッドの中で微睡んでいるのが日課なのだが、今日はどういったわけだか朝早くから目が覚めてしまったのだ。
そうか、今日は私が「アンドロイド殺し」と名付けた事件を解決し、被害者に感謝されたので、高級スイーツ店に招待されたから準備のために、母親に早く起こすように言われたからだな。
私の名前は今井マイ、年齢は5歳だ。前から読んでも後ろから読んでも「いまいまい」という同じ読み方の名前をもつ女だ。
さて、私は高級スイーツにありつくために、隣で寝ている母親の頭を撫でて起きるのを促す。
私の数少ない経験で、女性の髪の毛を触るのは悪手だと知っているが、寝起きの髪はセットされてはいないはずなので問題ないだろう。
すると母親は目を覚まし、
「ありがとう。マイちゃんは早起きだね。」
いや、本当の私は早起きではない。私という人間は本来、野良犬のような存在だが、唯一、人間として存在を保てているのは、約束を守るといる事に尽きるからだと私は思っているのだ。
だから、私は約束や契約といった事に固執するのだろう。
さて、今日はそれなりに綺麗な服に着替えてケーキを食べなくてはならない。
私は、母親に選んでもらった服を着て髪を整えてもらう。
鏡には普段の野良犬のような濁った目をした探偵はおらず、それなりに綺麗な服を着た少女が鎮座していた。
やれやれ。馬子にも衣装とはよく言ったものだな。
小洒落た衣装の私と母親は招待された高級スイーツ店に向かう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今井さん。本日は来ていただきありがとうございます。」
そう言って、頭を下げたのは、さっぱりとした印象の男性とその横にいる女性であり、私が半年前に、解決した「アンドロイド殺し」事件の被害者である
彼らと出会い、「アンドロイド殺し」事件に関わるきっかけとなったのは、私が歩いていると、道のど真ん中で、アニメ『アンドロイドな彼女』の主人公、『
その頃は、もっとモッサリとしたいわゆるヲタク風な外見をしていたのだが、今はこざっぱりとした外見で如何にも仕事ができそうなサラリーマンといった外見になっている。
その田中氏が再び口を開く、
「いや、まさか我が家の飼い猫のミィがよりにもよって、僕が一番大事にしていたフィギュアを取り出して掃除をしていた時に壊したなんて最初は信じられなかったですけど、マイちゃんがミィの爪や牙の形とフィギュアにできた傷を照合してくれたり、ミィの爪や牙に付いていた塗料がフィギュアの物と照合してくれたのを見て納得しました。」
そう言って田中氏は朗らかな笑顔を見せる。フィギュアを壊されて号泣し、犯人を同じ目にあわせてやると叫んでいた同一人物だとは思えない。
田中氏は恥ずかしそうに、
「小さなマイちゃんが、探偵に興味を持ってちゃんとしているのに、僕は趣味に走ってまともに生活していなかったのが恥ずかしくなってね。あれから頑張って就職しようとしていたんだ。その時に、幼馴染の結子が僕を支えてくれてね。気付いたら好きになっていたんだ。」
そう言って、田中氏は隣にいる小山内嬢に笑顔を向ける。
小山内嬢は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頬を染めながら俯く。
「何よ。いきなり恥ずかしいじゃない。」
田中氏はフフっと笑って、
「さぁ、この店はスイーツバイキングなんで好きなケーキを選べるらしいですよ。」
それを聞くと母親は、嬉しそうに、
「マイちゃんは何が良いかな?母さんが取ってきてあげる。」
まぁ、5歳の私が取ろうとしたら落とすかもしれないからな。
私は適当なケーキを母親に伝える。
「結子もここにいて、僕が取ってくるよ。」
そう言って、サッと立つ田中氏はフィギュアを壊されて泣いていた男には見えないな。
こうして、私は小山内嬢とテーブルに2人残されたのだが、丁度良い。
私は小山内嬢に向かって口を開く。
「計画は全て上手くいったようですね。」
小山内嬢はびっくりしたのか、口をパクパクしている。
私がしばらく見ていると小山内嬢はやっと口をパクパクするのをやめ、
「どういうことかしら?」
と聞き返してきた。
「いや、田中氏のお気に入り、いや、今は推しと言うんですかね?そのフィギュアを壊して一念発起させる計画だったのでしょう?」
私の言った事が正解だったのだろう。小山内嬢は真っ青な顔になった。
「猫に壊れされたフィギュアを調べた時にね微かに鰹節の匂いを感じましてね。更に調べたら、確かに鰹節のエキスを濃縮したものが塗られていて、なおかつ、あなたの指紋も検出できたのですよ。田中氏が大事に保管していた。フィギュアに鰹節エキスなんて塗るはずはないし、普通に考えていたら貴女の指紋もつくはずはないですからね。貴女が鰹節エキスを塗って猫のミィをけしかけたと考える方がスッキリとしますよね。」
小山内嬢は真っ青な顔をしながらも気丈にも、私を見る。
「その事を彼に、敦に言うつもり?」
私は首を横に振る。
「いや、今の彼は就職もして、貴女という恋人もできて幸せそうだ。その幸せな時間を壊すのは申し訳ないが、田中氏には真実を知る権利がある。」
私の言葉に覚悟を決めたのか、小山内嬢は内心を吐露し始める。
「私は彼に自堕落な生活をやめてもらいたかった。そうして、私に振り向いて欲しかったの。だから、あのフィギュアには死んでもらうしかなかったのよ。」
小山内嬢は毅然とした態度で私を見る。
野良犬のような私にはそのまっすぐな視線に耐えられず、ポケットから棒付きキャンディー(オレンジ味)を取り出し、口に咥える。
そして、一息つき両手を挙げて、降参を宣言する。
「わかりました。この事忘れます。お二人の幸せを願いますよ。」
こうして、私の中で「アンドロイド殺し」事件は幕を降ろしたのである。
ちなみに、この後、棒付きキャンディーを食べていた私が母親に怒られていたのを、小山内嬢が庇ってくれたので、私は彼女のことが気に入ったのは内緒の話だ。
(改編)今井家の令嬢事情 鍛冶屋 優雨 @sasuke008
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