第3話
灰色の空から弱々しい光が地上に向かって降りてきている。
窓から見える駅に電車が到着するたびに、巨人の吐息のように、駅の入り口から多くの人が出てきては、電車内と外の気温差に身を振るわせ、天を恨めしそうに睨みつける。
私はその光景を見ながら、この料理店のパティシエ特製のケーキを食べているのだ。
今日の私は普段の野良犬のような格好ではなく、おめかしをした格好で気取ってフォークを使っているので、今だったらどこかの社長令嬢を名乗れるかもしれない。
そして、私の横には、私より着飾った母親が美味しそうに私より大きなケーキを食べている。
私の名前は今井マイ、前から読んでも後ろから読んでも同じというふざけた名前を持つ5歳だ。
なぜ私と母親が、オシャレをして特製のケーキを食べているかと言うと、少し前に解決した『真鱈とヒモ』事件のお礼でレストラン側から招待されたのだ。
レストランのオーナーが私を見ながら母親に話しかける。
「いや、まさか注文した真鱈を捨てたのが、うちの女性コックのヒ・・、ごほんっ、いや、恋人だったなんて、よく娘さんは気付きましたね。」
母親は普段より少し高音でオシャレな声で応える。
「うちのマイは昔から探し物や謎を解くのが得意なんですよ。」
ほほっと笑う母親は普段よりもご機嫌だ。多分、美味しいケーキを無料で食べる事ができたのと、招待を理由に高い服と化粧品が買えたからであろう。
まぁ、私としてもなかなか難しい事件を解決できたし、棒付きキャンディーを報酬として貰えたからとても良い気分だ。
レストランのオーナーは、関心しながら、更に話しを続ける。
「いやいや、小柄な犯人が、レストランに損害を与えるために恋人である女性料理人に変装して忍び込んでいたなんて思いもつかなかったですよ。」
まぁ、普通ならそうかもしれない。しかし、棒付きキャンディーを匂いで分類できる私にとっては、男性用のオーデコロンの香りが、レストランという匂いに敏感な職場にいる女性料理人から匂ってきたらおかしいと思うのは当たり前のことだ。
あのヒモ男は女装するのに思いが寄りすぎて、味だけでなく香りも重要視される調理という真剣勝負の世界では、料理人がオーデコロンをつけるなど滅多にいないという事に気付かなかったのだろう。
私は勝利の美酒としてオレンジジュースを飲む。
オーナーは着飾った母を笑顔で見つめながら、
「お嬢様も可愛らしいですが、お母様もとてもお綺麗ですね。」
おやおや、どうやらこのオーナーはなかなかに女性を褒めるのが上手いらしいな。
だからといって、既婚者を見ていい目ではない。
周囲の従業員達も
『またかよ。』
なんて目で見ているし、母親は少し困っているみたいで言葉を濁しながらもお礼を言っている。
私は少し咳払いをして、外を眺める。
すると駅からは走って出てきている人がいたので注目すると、少し着飾った父親だった。
どうやら、間にあったみたいだな。
私はわざとらしく、
「あっ!パパだ!頑張って走ってきているよ。」
私の声に料理店のオーナーは驚いたみたいで身体がビクっとしていた。
ふっ。どうやら私の言葉で理性を取り戻したみたいで、
「私はこれで、失礼します。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。」
などと言って、席を立って奥に引っ込んで行った。
すると母親が、小さな声で
「ありがとう。」
とお礼を言ってくれ、私に棒付きキャンディーを握らせてくれた。
私は棒付きキャンディーを直ぐに舐めたい気持ちだったが、口に残るケーキの甘さが名残り惜しくて、少し考えた結果、しばらく我慢することにした。
(改編)今井家の令嬢事情 鍛冶屋 優雨 @sasuke008
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