第50話:甘言する韓玄に諫言する

執務殿の奥が騒がしい。


気になったホウは、蝶姫チョウキの手を取って、奥へスタタタタっと向かう。


蝶姫「…。(なあに?この強引さ…。意外と積極的な子なのね…)」




「う~む、やはりだ。金庫にある金・銀の実際の保有量と、ここに記載している数字が合わない」

「数え間違いや、記入漏れにしては、その差額はかなりデカいぞ!」

「裏帳簿でもあるのだろうか?事実として、金・銀が盗まれた…としか言いようがない」

「ここから持ち出すだなんて…。そんな事が出来る上官は数少ないぞ…」

「…。そういえば、韓玄かんげん様はこの数年で急に羽振りが良くなったぞ。名士や猛者を集めては、宴会の日々だとか。だが、目で分かる功績は無く、仕事をしている様子もないよな?記憶にも記録にも目立った働きは無い気がするのだが…。う~む、あの御仁なら、やりかねないか!?」

「どうする?我々から直接、大司空だいしくうさまか大司徒だいしとさまにご報告をすべきか?」

「だが、違っていたら、韓玄様から大目玉を食らうぞ。疑いつつもその名は伏して、大司空さまにご判断して頂こう」

「そうだな…」


という役人数名の話を豊と蝶姫は聞いた。



豊「で、その韓玄さんのお屋敷は、どの辺りにあるの~?」


役人「なんだ?キミは?」


豊「ボク?ボクはさっき姉上に用があってこっちに来たの~」


役人「(身内をこの執務殿に…、いやいや、そもそも王宮に呼び込めるという事は、かなりの上官…。その弟君おとうとぎみとなれば、失礼な態度は取れんぞ…。しかも、韓玄さまのお屋敷の場所をオレが話したところで、誰もが知っているお住いの場所なのだから、何も問題はないだろう…)こほん。韓玄さまのお屋敷は、梅通り沿いにある。家の門に金をあしらっており、門の向こうに見事な庭園が見えるからすぐに分かるであろう。入口には屈強な男達が門番をしているから、近づくではないぞ」


豊「うん、わかった~。ありがとうね~」


蝶姫「…。(あなた、絶対に近づくパターンね。むしろ、中に入るつもりね。いいわ、この蝶姫、どこまでもお供いたしましょう)」


豊は再び蝶姫の手を取り、執務殿の中央に向かって走った。


蝶姫「…。(この子にこうやってリードしてもらうのも悪くないわね)」



執務殿中央では、大姉がいつもどおり数多あまたの役人達と話し込んでおり、杏寧妃の元には香織が訪ねに来ており何やら難しい顔をしていた。小姉の方をチラッと見たが、手元にある泰山たいざんのような山の書類を華麗にさばいていた。豊は姉達の邪魔をしないよう、誰にも声をかけずに、執務殿をあとにした。



外で待たせていたブロンに二人は乗り、梅道をゆっくりと進む。



豊「梅道も、桜道に負けずに賑わっているよね~。でも、なんかこう~、桜道にはない感覚があるんだよなぁ~。なんというか…。う~ん。スッキリしない雰囲気がある…」


蝶姫も同じような感覚だった。


蝶姫「ヒトの流れや、そこに住むヒトの思いが、その土地に宿ります。さらには、そのヒトの正と負の気持ちを求めて…。…、いいえ、何でもないわ…。(この梅道も華やかだけど、桜道とは違う何かがあるわね。桜道が“陽”だとしたら、この梅道は“陰”だわ)」


そして、蝶姫は梅道からも見える、王宮の裏手にある山々の方を見つめる。



豊「あっ!あそこじゃない?門まで金ピカにしている…。ちょっと品がないよね…」


蝶姫は、首を縦に振った。



二人はブロンから降りて、門番に尋ねる。


豊「門番さん、こんにちは。ここは、韓玄さんのお屋敷ですか?」


門番「ああ、そうだ」


豊「教えてくれてありがとう。じゃあね」

と言い、一礼してから、あたかも自然な流れで中に入ろうとするので、門番は持っていた槍の柄で豊を静止した。


豊「ちょっと何をするの~?危ないじゃないか~」


門番「ここは子供が自由に入れる場所じゃねぇぞ、ガキがっ!」


豊「が韓玄さんに用があるんだ。邪魔をしないでくれないかな?」


すると、庭の花々をでていた韓玄がその騒ぎに気付き、門の方を見る。



韓玄「(どれどれ…。騒いでいるのは、身なりがいい小僧か…。なかなか良い生地の服だな。腰の剣も相当な値打ちがあるはず。はて、帝都から遥々この京ノ都ケイのみやこまでやって来た者といったあたりか?…!!ややっ!!その隣にいるのは、かなりの別嬪べっぴんさんではないか!『絶世の美女』とはまさしくこれだ!!『玉のような肌』で美しい!!…。だが何だか違和感が…。まるで、「ひとりのこの美女を求めて男どもが血を流し合い、命を削ってまでして奪い合うような…、そして手にした者もその名声も地位も身も滅ぼすような、『傾国の美女』」のようだ…。いや、それよりも、もっとヤバい感じがするぞ…。えぇ~い、オレもおとこだ!ここはお近づきになる為にも、こちらから声をかけようではないか)…。これこれ、何を騒いでおるのだ。こほん。この屋敷の主人である韓玄じゃ。何か御用であるかな?」


豊「こんにちは。韓玄さん。門から見事な庭と花々が見えたので、是非拝見したいなーと。お邪魔してもいいですか?」


韓玄は、今一度豊の服装と、蝶姫の容姿を見る。


韓玄「こほん。普段はお見せしておりませんが、今日は天気も良いですし、あなた方がこうしていらっしゃったのも何かのご縁。特別に中までご案内しましょう。さあさあ、どうぞこちらへ」


豊は足止めをしてきた門番に、得意技の“あっかんべ~”をかまして、中に入る。



豊「うわ~、すごいお庭。宮廷よりも立派じゃないかな~。ね、おねーちゃん?」


蝶姫は、首を縦に振った。


韓玄「いやいや~、実にお目が高い。ここにある物はどれも珍しい花や造形品ばかり。石は大理石だいりせきをふんだんに使っております。これは、私が常日頃から“爪に火を灯す”ような生活をして、頑張った結晶なのです。この庭の素晴らしさに気づいてくださるとは、ボクちゃんも、お嬢さまも見る目がございますな~。失礼ながらお尋ねしますが、おふたり様は、ひょっとして高貴なご身分なのでは?これを機に、是非良いお付き合いが出来れば…。四季折々の花々がありますし…。お嬢さまにお似合いになる花があれば、差し上げますし…。毎日いらしても構いませんし。むしろ、ご滞在先まで花々をお届けいたしますぞ。いやいや、この韓玄の客間にお泊りいただければ…」


韓玄は、蝶姫の気を引こうと、甘言かんげんろうする。


韓玄のそのデレデレして、ねちっこい態度が気に食わなかった豊は、

豊「そうなんだ~。1年、2年がんばったくらいじゃあ、貯められない財力だよね~」

と話を進めていく。


韓玄「そ、そうですとも。もう10年ほど、地道にお役所勤めをしておりまして、やっと高官になれたのです(なんだ?この小僧。只者ではない感じがする…。直感だが…。慎重に答えよう…)」


豊「えっ、10年も???しかも、高官なの!?韓玄さん、すごいね!」


韓玄「は、はは。そうですとも。高官でなければ、このような庭園や邸宅には住めません」


豊「だよね~。高官という事は、朝議にも顔を出しているんでしょう?」


韓玄「ちょ、朝議と言いますと、王宮の政務殿での話し合いの場ですか?」


豊「そうだよ~」


韓玄「…。(どうしよう。朝議に出る立場になって一度は出たが、退屈で、しかも内容が分からなかったから、それ以来もう顔を出していない)…。こほん。実は、私ほどの高官になると、特例でその朝議に出なくてもよくなるのですよ」


豊「へぇ~、すごいんだね、韓玄さんは。ところで、どんなお仕事をしているの~?ボク、韓玄さんみたいに頑張ってお仕事をしたいから、ぜひ教えて欲しいなぁ~」


韓玄「勉強熱心ですな~。では、教えてさしあげましょう。こほん、私の仕事は…」


豊「こほん。韓玄さんのお仕事は、国のお金で主に米と麦を買い集め、国の倉庫に納める。軍事用の備蓄と、災害などの緊急時の備蓄、あとは恵まれない民への救済用の食料に分ける!だよね?」


韓玄「!?」


豊「ところが、この数年、どれも購入された量や収穫された量よりも備蓄量が少ないんだよね~。なんで~?」


韓玄「!?(小僧、なぜそれを知っている?いや、たまたまか?)いや~、なんでしょうなぁ~、それは。ネズミとかでもいるのでしょう。…という冗談はさておいて、運び入れた者がその量を間違えたとか?あるいは、緊急時に出庫したものを記録していなかったのでは?京北関の任務にあたる兵士用の食料も担いますし…。(…と、それっぽい事を難しく話しておけば、小僧は黙るであろう…)」


豊「さすが韓玄さん。そうなんだぁ~。でもさ、救済の食料自体が以前の物よりも急に粗末になったのは、なんで~?」


韓玄「!?(それは、オレがケチって良い食料はこの屋敷に隠し、粗悪な食料を安く買って民に食わせたからだ…)」


豊「あ~。あそこの米蔵、すごくデカいね。韓玄さんのご家族って、そんなに大勢いるの~?」


韓玄「いや~、その~。お、お恥ずかしい事に、米蔵で米も確かにあるのですが、他に、まだ処分していない古い家具などをあそこにしまい込んでおりまして…。(っち、色々と面倒な小僧だな)」


豊「あと、韓玄さんって、国庫にも出入り出来るんでしょ?すごいよね。ま・さ・か…だけど、国の金銀も、あそこの米蔵にたくさん入っている!な~んて事はないよね?金銀財宝ざっくざくみたいな?」


韓玄「ざっくざくですか?」


豊「うん。ざっくざく」


韓玄「…。(なんだ、この小僧。次から次へと言い当てやがって。やばいぞ、こいつ。幸いにもここはオレの屋敷。手練れどもは居る。口封じは十分にできる。やっちまうか?だが、オレの直感では、『やばい奴らだ。手を出すな。こいつら普通じゃない』と感じる。なぜだ?どうするか…)」


豊は首をかしげて「大丈夫??」という顔を韓玄にして見せた。


蝶姫「…。(なんて雄弁ゆうべんな…、勇ましいわ…。でも、かわいいわ、その仕草しぐさ)」


韓玄「いや~、参りました。ボクちゃん、想像豊かで実に見事なお話っぷり。ついつい私もそうなんじゃないのかな~?と思ってしまうほどに、弁が立ちますな~。いや~、お見事。ですが、残念ならが、この韓玄、このお国の為に、身を削って今の地位と財を手に入れたのです。どうか、そのようにご理解ください」


豊「身を削っている割には、その腰にぶら下げている綺麗な翡翠ひすいは、帝都の貴族ですらなかなか持っていない逸品じゃあないのかな?」


韓玄「さ、さすが、ボクちゃん。こ、これは、我が韓家に伝わる…」


豊「家宝だとでも…?」


韓玄「さ、さようで。代々受け継がれる家宝でして…」


豊「代々受け継がれている?って、それ、2~3年前に作られたばかりのものの様に見えるけれども…。代々受け継がれるの~?」


韓玄「!?(た、たしかに。国庫にも手を出し始めてから買ったから、2~3年前になる。なぜそこまで分かる!?)」


豊「じゃあ、そういうわけで、帳簿を見せてよ。このウチの帳簿を。ボク、少しだけ帳簿を読めるんだ~。韓玄さんがどうやったここまで財を成したのか、気になるし。あと、裏帳簿ってやつもあれば、出してよね~」


すると韓玄が書斎の方をチラッと見たので、

豊「あっちにあるんだね~」

と、庭の石橋の向こうにあるその書斎を目指して、スタタタタっと走り出した。


韓玄「…。(やばい。あの裏帳簿が見つかったら、この韓玄の栄光の日々がついえる。簡単に増えていく財に目がくらんで、金を盗み続けた記録をついつい書いてしまった。いや、書く事で快感というか快楽を得ていた…。あれだけは、見つかってはいかん)」


韓玄は焦った。


すると、豊は石橋を渡る時に、石のつなぎ目の出っ張りに足を取られて、すて~んと転び、顔をペチンと地面に叩きつけた。


蝶姫はすぐに豊のそばに駆け寄り、抱き起そうかと思ったが、以前読んだ“ヒト族に関する資料”に、『親たる者、幼き我が子が転んでも手を貸さずに自力で起き上がるのを見守るべし。“親”とは、“木の上に立って子の成長を見守る”存在であるべきだ』と書いてあったのを思い出し、「親ではないけれど、ちょっとだけお姉さんの立場だから、ここは見守ってあげよう」と思って動かなかった。


一方、あれこれ言われてドキドキしていた韓玄は、起き上がった時の次の行動が予測できず、心配と不安でたまらず、オドオドしていた。


しばらくしてから、豊はスッと立ち上がり、周りをキョロキョロ見てから、「うぇ~ん」と大泣きをした。そこはやはり5歳の子。勢いよく転んでしまい、顔を地面にぶつけたのだ。泣くのは当たり前だった。


その泣き声を聞いてたまらずに蝶姫は、豊の元にふわっと駆け寄り、抱き寄せた。


蝶姫「大丈夫?」


その小さなヒトの子は、蝶姫が来てくれた事もあり、安心してさらに大泣きをした。


韓玄「あーはっはっはー。なんだ。やはりただの小僧じゃないか。心配して損した(ただならぬ気配は、気のせいか?)」



韓玄は、手練れの私兵を呼んだ。


韓玄「色々と気づかれてしまった…」


金旋きんせん「韓玄殿、この身なりのいい子供と美女は、また他国に売り飛ばしちゃいますか?それともこちらの『絶世の美姫』は、やはり韓玄殿の夜の相手に?」


韓玄「おいおい、お天道様てんとうさまが見ている前でそのような話をするでない。しかも人前で…。まあ、いいか。もう誰にも告げ口は出来なくなるんだからな。小僧のその服をいで、服を売り、舌を斬り捨ててからその身を隣国の奴隷商に売ろう。このオンナも服を脱がされる事になるがな…。デュフフフ、今宵の楽しみとしよう。その身をじっくりと味わい、堪能し、飽きたら売ればいい。まあ、いつもの事だ。がははは」


劉度りゅうど「これほどまでの『傾城傾国けいせいけいこく』のオンナであれば、董卓とうたく将軍にいつも以上の高値で買い取ってもらえますね。売り物にするには勿体ない逸品ですが…」


趙範ちょうはん「こら、客の名前を出すな。しかもそのおかたの名は特にな!」


韓玄「あ~、もうよい。陳応ちんおう鮑隆ほうりゅう!その二人を捕まえろ。抵抗するのであれば、小僧に関しては死なない程度に遊んでやれ。小僧のその腰刀は高値で売れるから、キズはつけるなよ」


陳応は飛叉ひしゃを、鮑隆ははじめ弓を構えたが途中で剣をさやから抜いて、豊と蝶姫にその刃を向ける。


相手に背を向けている蝶姫の背後にその矛先が迫って来る。豊は母が亡くなった時の状況と今の状況を重ねてしまい、さらに泣いてしまう。


すると、

蝶姫「大丈夫」

と言う。


その魔法の一言で、ハッと我に返った小さな男の子は、いつの間にか剣を抜いて、目の間まで迫る悪党に剣先を向ける。


豊「私兵までいるとは…。王族と一部の高官のみに許されているのに…。そういうルールを守らないオトナは良くないよっ!」


韓玄「はっはっはっ。小僧、オレがその一部の高官なんだよ!」


陳応「おいおい、ボクちゃんよー。その泣いたその目で、ちゃんと前が見えるのかー?俺の飛叉のリーチの長さがちゃんと分かるんかね?」


鮑隆「オレのこの剣は既に何人もの血を吸っている悪い剣だ。お前の血も吸ってやる。残念だったな、ガキ」


豊「…。大切な人は、全力で守る…」

と、小声でブツブツと言う。


陳応「はぁー?聞こえねーな!」

そう言って、飛叉を豊に向かって突き刺す。


すると、突然大地がグラっと揺れ、太陽が一瞬隠れて暗くなった。その次の瞬間、陳応と鮑隆の二人は吹っ飛んだ。屋敷のへいまで飛んで、塀を突き破って失神した。



香織「じゃじゃ~ん、おねーちゃんの登場!えらいね~、弟くん。よく頑張った。うんうん。…。っで、誰だ?私の大切な弟くんを泣かせたのは?遠慮なく斬るぞ」


韓玄「なんだ、なんだ?(またヤバい奴か!?)…。金旋、劉度、趙範、お前ら三人でかかれ!(…、そこの石橋でつまづいて泣いただけだ…とは言えない雰囲気になってしまったが、仕方あるまい。オレには奥の手があるわけだし…)」


金旋と劉度、趙範の三人は、剣、槍、矛をそれぞれ持ち、香織に襲い掛かる。


香織「私は少々機嫌が悪い。加減を誤ったら、すまん」

と言い、その三人も薙刀なぎなた一振りで吹き飛ばした。



物騒な音が立て続けに聞こえてきたので、屋敷の奥から一人の恰幅かっぷくが良い男が出て来た。そして、弓で矢を3本、香織に向けて放った。香織は動かず、その鋭く速い3本の矢は、香織の頭の上と顔の左右を通り抜けた。つまり、香織が動いていたら、どれか1本は刺さっていた事になる。男は香織がそれに気づくかどうかを確かめるように矢を射り、香織もその意図を瞬時に把握したので動かなかった。


香織の髪の毛が一本、先ほどの矢によって切れて、地にひらりと落ちていく。


それを見た豊は、

豊「香織ねーちゃんの綺麗な髪に何て事をするんだー!」

と、珍しく冷静さを失って、その男に向かって走り、剣に全体重を乗せて一振りする。


その男は、

「ほう。悪くはないの。じゃが、所詮は子供。かるい、かるい」

と言って、豊をいとも簡単に弾き飛ばす。


飛ばされた少年の身体は、先ほどの男どもと同じように屋敷の塀にぶつかりそうになったので、蝶姫はまたひらりと駆け寄り、ふわりと豊を受け止めた。


蝶姫「つかまえた。ふふ」


男「!!なんじゃ?あの娘。さっきまであの石橋に居たのじゃが、いつの間にあそこまで。動きが見えなかった。しかも、先ほどまで皆は『絶世の美女だ』、『傾国の美女だ』などと言うとったが、なんとも禍々まがまがしい闇に包まれた恐ろしい存在にしか見えんぞ。手を出したら最期となるじゃろうな。…。じゃが、幸いにも、こちらに対して敵意を向けておらんから、今はこっちの小娘を相手にするかの~」


男「のう、小娘。よくぞ先ほどの矢を見切ったな。ワシは漢升かんしょう黄忠こうちゅうじゃ!お主は?」


香織「香織」


黄忠「次はその心の臓をめがけて3本射る。見事にその3本をかわせるかな?」


香織「3本?5本や7本でも良いぞ。貴殿が続けて射る事が出来るのであれば…だが」


そう小娘に言われカチンと来て、

黄忠「なら10本だ。間違いなく10本続けて射る。そう簡単に終わらせてくれるなよ、小娘よ」


黄忠は弓を構える。香織はその矢を自分の弓矢で撃ち落とそうと、自分も弓を構えた。


黄忠「ほう、矢で撃ち落とすとでも言うのか?面白い。では、参るぞ!」


弓の名手である黄忠は、10本続けて香織の心臓をめがけて正確に射た。その矢は非常に精確であった為、香織はいとも簡単に矢の芯を突き、射落としたのであった。


それを見た黄忠は武者震いし、薙刀を手にした。


黄忠「香織殿、実に見事な腕前。久しぶりの強者相手に心が躍るわい。次は、お主も持っている薙刀で勝負しようぞ」


香織は、一度、弟の方に視線を移してから、黄忠に向かってうなずいた。


熱くなった黄忠の薙刀は、一打一打振る度にその力を増していった。


黄忠「うれしいの~。こうも好敵手に合うとは。主人に感謝せねばな。本気で参るぞ!」


黄忠と香織が激しく打ち合う音が、韓玄の屋敷から梅道に、そして街中に響き渡る。音にビックリした通行人は、門の外や、崩れた塀の向こうからその二人の打ち合いを見る。警備の役人が数名来たが、手を出せずにいた。



激しく打ち合う薙刀の音が、さらに大きくなっていく。


「カキーン」、「カキーン!」、「ガキーン!!」



豊「…。耳が…痛くて、気持ち悪くなってきた…」

と耳を押さえながら言う。


それを聞いた蝶姫は、打ち合う二人の間にふわりと入り込み、

蝶姫「そこまで…」

と言う。


香織は冷静に自身の腕を止めた。黄忠は急に目の前に現れたその闇なる存在に恐怖し、三歩下がってから薙刀を下げた。



そこでやっと警備の役人が屋敷の中に入って来た。


警備の役人「韓玄さま、いったいこれは?」


韓玄「おおぉ。いいところに。そこのオンナふたりと、そこの小僧ひとりを捕まえよ」


豊「役人まで買収しているとは…。よっ、悪代官!」


韓玄「そう、褒めるでない」


豊「…。褒めていないけど…。むしろあきれたよ…」



そこに、香織の直属の兵士が騒ぎに駆け付けて来た。


兵士「将軍、この騒ぎはいったい?」


香織「韓玄と、そこに倒れている男どもを引っ立てよ。そして屋敷内を捜査せよ。国庫の金銀や、国で備蓄していた米などを横領した疑いがある!あと、そこの役人どもが賄賂わいろを韓玄から貰っている可能性が高い。調べよ!」


兵士「はっ」


韓玄「ま、まて。オレは韓玄!8品官だぞ!」


香織「そうか…」


韓玄「そうか…って、きさま…」


豊「香織ねーちゃんは、1品官だよ!」


韓玄「げげっ!マジか!しかも、1品官で将軍と言えば、大司馬だいしばで大将軍、ただおひとり…。し、しかし、こんな華奢きゃしゃで美しい娘が、あの噂の大将軍とは…。ありえん、ありえん」


韓玄は、腰に帯びていた剣を抜こうとしたが、騒ぎを聞いて駆け付けた弟の韓浩かんこうが走ってやってきて、それを止めた。


韓浩「兄の失態、韓家の恥。捜査に協力しますゆえ、どうか兄・韓玄の命はお助けください」

と、香織に懇願した。


香織は軽くうなずいた。


豊「韓玄さん!弟の韓浩さんはとても優秀で勤勉。そして、朝議でよく発言をし、良い案を出してくれているんだよ。そんな弟さんみたいに振る舞えとは言わない。でも、やってはいけない事をしては、いけないよね?韓玄さんは8品官。つまり人の上に立つ立場。みんなの模範もはんとならないといけないよね?しかも、任されていたお仕事はこの国の財政に関わる上、ここに住むみんなの日々の生活にも大きな影響が出るよね?やってしまった事は大きな罪になるけれど、改心して次につなげる機会はあるんじゃないかな?」

と、韓玄に諫言かんげんした。


韓玄は、弟の韓浩の出来の良さに嫉妬し、なんとか“力”があるところを見せようとしたようで、結果、国庫から金銀を盗み、国で保管する米も横領していたと、その場で白状し、そのままろうへと送られていった。人をさらって人身売買をした事も認めた。韓玄の私兵として違法に雇われていた金旋、劉度、趙範、陳応、鮑隆も続いて御用となった。最後に残った黄忠に香織が話かける。


香織「黄忠殿、貴殿ほどの腕の持ち主ならば、民の為、国の為にその武を振るえるのでは?是非我が国に仕官してくれまいか?」


黄忠「悪さをしたとは言え、韓玄殿に雇われている以上、その契約期間が過ぎるまでは我が主を韓玄殿といたす。のちに、もし機があれば、そういった事も悪くはないのう。貴殿と日々鍛錬出来そうで楽しそうじゃわい。わははははっ」

と言い、断った。


続けて、その猛者も牢へと入り、調べを受ける事となった。



黄忠「香織殿…か。ふ~む。あの者、ワシとやり合っている間、ずーっと弟君の方を見て心配していたのぅ。まだまだ本気ではなかったわけか…。ワシも自由な身となった際には、もっと鍛錬を積まねばいけないのぅ。まあ、香織殿は想像つくとして、あの美しいバケモノはいったい何者じゃ?存在感があるようで、まるで無い。かと言って、無さそうで、圧倒的な“闇”がそこにある。黒よりも黒く、闇よりも闇であった…。う~む…。長生きをしてみるものじゃな…。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」



韓玄が不当に得た財は国に戻された。備蓄米や救済用の食料も、元通りの量と質に戻った。京国では奴隷制度そのものを禁止しているが、他国ではまだ奴婢ぬひが社会階級の中で存在しており、法律の下でその奴婢を取り扱う国は多い。韓玄は女と子供をさらっては、そんな国々に対して売っていたのであった。人身売買の記録を記した台帳が見つかった為、韓玄の儲けた私財と、女王である大姉の私財を使い、買い戻し、家族の元に返した。しかし、董卓将軍の元に渡っていった数名の女性については、調べた結果もう既に全員が亡くなっていた。遺族に対しては、女王自らが出来る範囲で最善を尽くして対応をした。


ひと段落がついてから、韓玄とその食客達は国を追放され、京国からそう遠くはない土地で新たに勢力を築いていくのだが、またそれは別の機会にここに記すとしよう。


弟の韓浩は、1年間の無報酬での奉仕と、その後に兄の元に向かう事を予め女王・大姉に願い出ており、大姉はそれを承諾した。韓浩は今まで以上に精一杯忠義を尽くし働いた。


あの猛者・黄忠も、韓玄の食客の身だった為、韓玄と共にこの地を去ったのだが、香織はしばらく忘れないでいた。

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仙女降臨伝〜千年の恋のはじまり〜(乱世の蝶 編) 伝承者(仙女降臨伝を伝承する者) @DenShowSya_Sennyo

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