文章作法を守らないと出られない部屋
サトウ・レン
まず字下げから。
目覚めると、あなたは見知らぬ部屋にいた。あなたの名前は書田読夫。40歳。あなたはそこまで書いたところで、意識を失い、気付くと見知らぬ部屋にいた。あなたはこの物語の主人公だ。あなたの名前は書田読夫。小説投稿サイト『カクヨム』で小説を投稿しようと思っている。自分の本名と作品の主人公を同じ名前にしてしまうタイプの作者だ。あなたは自己愛が強く、頑固者だ。
「ここは?」
と、あなたは独り言を呟いた。するとあなたの目の前に突然、見知らぬ男が現れた。
「誰だ、お前は。」
「私か。私は小説の神などと呼ばれている。お前をこの部屋に連れてきた。この部屋は私が創造した、『文章作法を守らないと出られない部屋』だ。」
「『文章作法を守らないと出られない部屋』???」
「『?』は一個でいい。。。小説を書きはじめる者には二種類の人間がいる。文章作法を守れる者と文章作法を守れない者だ。」
「別にいいじゃないか、、、面白ければなんでも。小説はセンスだよ。」
「 とか言っちゃう自己愛の強いお前は、今後、文章作法を守っていないことに苦言を呈されたとしても、『うるせーー、指図すんな』とか思って突っぱねるタイプだ。それはとてももったいないと思うんだ。」
「うるせーー、指図すんな。!」
「ほら、そういうところだ。」
「うっ………。」
「だから仕方ないから、小説を書きはじめるお前に呪いを掛けてやったんだ。文章作法を間違えたら、ここ『文章作法を守らないと出られない部屋』に転移する呪いを。」
あなたは周囲を見回した。何もない空間だ。ちいさな空間に、あなたと『小説の神』だけがいる。
「しかし、まさか一行目から間違えるとは。」
「何が悪かったんだよ。」
「字下げをしなかった。」
つまりこういうことだ、と神が言う。
「そしてかぎ括弧は下げない。」
「どっちでもいいじゃん。」
「あと、かぎ括弧の最後に句読点は打たない」
「………とりあえず、分かった」
「三点リーダーは偶数個だ」
「・・・・・・分かったよ」
「『中黒』を全角にするな。半角にしろ、気持ち悪い」
「失礼な……」
「ほら、できてきたじゃないか」
じゃあ帰れるのか。
うーん、いや、まだ駄目だ。
えっ、なんで。
というか、なんで急に地の文で会話をはじめた。
いや、格好いいかなぁ、と思って。
「駄目だ。お前はおそらくすぐに守らなくなる。実験小説とかが好きそうなタイプだ」
あなたは
、そんなことない、と思った。
「行の頭に句読点を持ってくる奴に説得力なんてあるか!」
「それは、そうか。気を付けるよ」
「……本当か。怪しいな。ところでお前の生年月日は」
「昭和59年11月十日生まれだけど」
「半角と全角を混ぜるな。あと数字の表記も統一しろ」
「分かった。昭和LIX年XI月X日」
「おい、なんで急にローマ数字を使う。字面が気持ち悪い」
「分かったよ。昭和59年11月10日。統一って、ことわざとかも統一しないといけないの」
「いや、それはそのままで……」
「なんで、7転び8起きとかしないでいいの」
「それはなんか変な感じするだろ」
「だから、なんで」
「あぁ、えっと、神からのお告げだと思え」
「なんか、ずるいなぁ。まぁでもこれで帰れるんだな」
よっしゃ、と書田読夫は内心でガッツポーズをした。
「おい、二人称に三人称を混ぜるな。やっぱりお前は駄目だ。人称を雑に扱うな。確かに三人称で心情を描写できる書き方もあるかもしれんが、『書田読夫は恋をした。俺は~』なんてやったら、無用の混乱を招くだろ!」
「なんかここまで来たら、だいぶ文章作法の話から逸れてきてない?」
貴方は神に文句を言う。
「文句ばっかり言うな」
「それはこっちのセリフだ。はやく出してくれ」
貴方は神に文句を言う。
「って、『あなた』と『貴方』! 最初はただのミスの可能性もあると思って見逃したけど、確信犯だな。表記は統一しろ!」
「はいはい」
あなたは仕方なく頷いた。
「はい、は一回」
「それは文章作法とは違……分かりましたよ、はい!ところで神様」
「はい、アウト」
「えぇ、もう次はなんですか」
「『!』とか『?』の後は、一文字分、空白が必要だ! 分かったか! 分かったな! はいだ! 分かったなら、一度だけ、はい! と言え!」
「はい! ……もう面倒くさいなぁ」
「私もこんなに面倒くさい作者は初めてだ」
「じゃあ、もういいですか? 出してください。ところでここはどこなんですか?」
「ここか。まぁいいや。もう言ってしまうが、ここはお前の頭の中だ」
「頭の中?」
「あぁ、私はお前の思考の中で作られた存在だ。お前はルールを作る自分とルールを作らない自分、ルールを守る自分とルールを破る自分。いつもお前は対立する二者を心の中で闘わせながら、小説を書いてきたんだ。これまでも、これからも」
「いつも? だって俺は今回初めて小説を書いた人間で……」
「そんなわけないだろ。お前はもっと昔から書いてるよ。思考の中だけでも、初心に帰りたかったんじゃないか」
あなたの中の神が、あなたに笑いかける。
「そうか、そうだったのか」
「よし、じゃあ私はこれまで色々、指図してきた。さて、お前はこれからどうする?」
「そんなの、決まってるだろ」
そろそろ、あなた呼び、の二人称にも疲れてきた。俺は渾身の力を込めて、俺の中の小説の神を殴った。吹っ飛び、壁を突き破って、宇宙の彼方へと消えていく。
「うるせーーーーーー、指図すんな!!!!!」
文章作法を守らないと出られない部屋 サトウ・レン @ryose
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