第3話 愚者への一歩 〜筆記試験〜
次の筆記試験まで15分。
受験生にとって試験間の休憩時間は大変に貴重である。
先程の魔術試験からの心の切り替えや、次の筆記試験に向けてギリギリまで粘って教科書に齧り付いたり……それなりに手応えがあったのか、かなり満足きな顔をしている者も少しいるだろうか。
そんな受験生達を尻目に、魔術試験をパスされた為か消化不良気味なトートは、教室内の居心地の悪さ
を覚えていた…
(めっちゃ見られてる…)
魔術試験終了後、各自が最初に集合した際に座った自席に戻る様促され、筆記試験までの休憩を言い渡されてから彼らはトートの方をチラチラと見ては視線を逸らすのを繰り返している。
それも仕方ない事だろう。教室内で使った魔術を直接見ていない、或いは感知出来なかった他の受験生にとって、トートは魔術試験をせずに満点を貰った贔屓されし生徒に映ることだろう。
口頭でフォラスにより説明があったにせよ、実際に見ていない以上は納得が出来ないのは少なからず仕方がないのだから。
(フォランプ♠️のせいで変な悪目立ちの仕方しちまった…。とはいえ私語を禁止にしてくれたおかげで実害は無いのが救いか…ただ、)
中でも露骨にこちらを睨むような生徒がいた。
先程の魔術試験でシャインレイピアを使っていた、王国三大貴族が一角、シュラウド家の爽やかイケメン、ボーライン・シュラウドである。
彼は休憩時間に入ってから一度もこちらから視線を外さない。
(試験のヒントを俺が持っているとでも思っているのか、もしくは不正でも疑っている感じか?何にせよ時間の無駄だろうに…)
フォラスが言い放った"無用な私語をしたら失格"の効果のおかげで、こちらに絡んでくる事こそ無いが、流石に男に見つめられ続けるのはトートの趣味では無かった。
(少し外すか…。)
ボーライン以外の生徒の集中を削ぐのも宜しくないと考え、トートは席を立ち部屋を出る。
今の教室に来る際にも通った、だだっ広い廊下で手持ち無沙汰に立ち尽くすトート。
(ふむ…どうせなら、近くの教室の受験生でも見てみるか? 別部屋に入る事は禁止されてはいないが、念の為ドア前から覗く程度にするか…)
そう決めて少し先にあるTのアルファベットが割り振られた教室に歩き出そうと踏み出した直後、後ろから近づいてくる人の足音が聞こえてきたので振り返る…
(やっぱり着いてくるよな…面倒だな)
多分来るだろうとは思っていた、ボーライン・シュラウドの姿を見つけげんなりするトート。
(もしかしたらトイレかも知れないし、とりあえず無視しとくか…)
ひとまず気にしない様にして目的地である隣の教室を目指すトート。一歩、二歩、三歩、ボーラインが追い抜いてトイレに行ってくれるのに期待してゆっくり歩くが、彼も同じ歩調で付いて来るだけで、追い越す様子は無い。
最終確認の為に立ち止まると、合わせて彼も止まったのが分かった。
(仕方ないか、無用な私語では無いし見逃してくれよほんと…)
「はぁ、……何だ?」
ため息と共に大分苛立ちが出た為、試験の時よりも幾分か低い声になってしまったのを自覚しながらボーラインに問いかける。
「僕はボーライン・シュラウド、シュラウド家を継ぐものだ。三代貴族の名にかけて君のような裏口入学者を認める訳には行かない!」
だいぶ妄想が盛り上がっているらしい。既に裏口入学は彼の中で確定してしまっている様だ。
(これは10分そこらで、説得してどうにかなりそうも無いな…うん.諦めるか。)
トートは即切り替えた。彼は無駄な労力と時間が何より嫌いなのだ。
「そうか、じゃあまた後で。」
「はぁ!?話を聞いていたのか?裏口入学なんて認めないって言ってるんだ!どうせ既に金で入学が決まっているんだろう!余裕そうな態度で居られるのもその証拠だ!」
「そういうお前は随分と余裕が無いが、試験とは本来、万全の準備で余裕を持って臨むものでは無いか?」
「っっ」
暗に、いやかなりどストレートに「お前は準備不足だな」と告げられ、大きく引き攣るボーライン。
(試験の日じゃなけりゃ決闘とか申し込んで来そうな顔だわ、これ。)
「用件は聞いたし先に戻るわ、これ以上は私語認定されかねん。」
怒りで呆然としてそうなボーラインを廊下に残して、そうそうに退散するべく教室に戻るトート。
「トート・エリファスっっ」ギリギリと歯が軋む音が背後から聞こえたが、既に眼中にはなかった。
(隣の教室行きそびれたぁぁぁ!くっそぉぉぉ…)
休憩時間の残りは5分を切っている。今から他教室に行っても大して有意義な時間にはならない上、試験開始ギリギリに帰ってくるのもまた悪目立ちしそうだった為覗きは泣く泣く諦め、トートは悔しげに机に突っ伏す。
そのまま暫く突っ伏していると、足音が聞こえ後ろのドアからボーラインが戻ってくる。
目を合わせるのも面倒だと、顔を上げずにいると「チッ」と舌打ちを一つ投げられる。反応せずにスルーするとようやく自席がある方へ歩いて行った。
(はよ来い!フォランプ♠️)
その思いが通じたのか、間をおかずに何やら大きな箱を持った、フォラスがドアの前に現れる。
「さて、英気を養ってくれたかね?次は筆記試験を開始する。机の上には何・も・出さないでくれたまえ。」
受験生達の大半の頭に「?」が浮かぶ。
トートを含めて、その意味を理解出来た生徒達は言われた通りに机の上にはペン一つ置いていない。
理解出来なかった生徒は疑問をフォラスに投げかける。
「あの、筆記に使うペンは置いといても良いんでしょうか?」
先程の一件ボーラインを見ていたため、ビクビクとしながら質問をする生徒を見かねたフォラスは「置いても構わないが、カンニングと見なし失格とする。」
「え?」「どういう事?」「筆記じゃないのか?」
またまた教室がざわつきだす。
それを冷ややかな目で見始めるトート。
(自分で考える癖が無いのか?魔道具なんてもんがある時点で持ち込み品の使用が禁止されて当然だろうに…)
このエリュシオン迷宮学院には名前の通り、迷宮がある。
学院は迷宮から魔物の進行を防ぎ、魔物の体にある素材や核となる魔核コアを武器や防具、生活用の道具に利用している。
その中に魔道具というものがある。
大半が魔物の皮や魔核コアを元に作られ、素材にした魔物の特性などが色濃く残っている事が多いく、加工する事で様々な効果を齎す。
1人ずつ試験を監督出来る魔術試験と同じ形式ならまだしも、一斉に試験をするタイプではその全てを見抜くのは流石に厳しいという事だろう。
ー普通の筆記試験であれば―
「筆記試験と言ったが、君たちがする事は簡単だ。」
そう言ってフォラスが箱から大量のペンを取り出す。
「これを3分間握り続けろ。それだけでいい」
余りにも筆記試験との名から離れた試験内容に、教室内からはざわめきすら起きない。
誰もが次の説明を待っているのだろう事は理解しながらもフォラスから続く言葉は未だ紡がれない。
「今からこれを配る。説明はその後するが、このペンが配られるまでに机の上に私物を置いているものは失格だ。急ぎたまえ。」
そう言ってフォラスが動き出すと同時、先の説明の際に動かなかった受験生達は、一斉に机の上を片付けに入る。
辛うじて誰1人失格となる事なく、それぞれの机にフォラスから渡されたペンだけが置かれている状況が完成した。
「では、説明をしよう。今配ったそのペンは魔道具、記憶する記録者<ゴーストライター>《ルビを入力…》
最初に握った人間が設定した設問に対する答えを次に握った人間の頭の中からコピーして抜き取る効果を持つ。抜き取りが終わると質問、回答がそれぞれこのペンに記憶され白紙の紙の上におけば自動で書き写しが始まり、それが終われば筆記試験は終了だ。抜き取りが終わり次第、君達は次の白兵試験に移りその間に筆記試験も終わるという合理的な流れだろう?」
(この教室分だけでも結構な額だろうに…全受験生分…考えたくないな)
軽く国家予算になりそうな恐ろしいペンへの考えは打ち切るトート。そこへフォラスから開始合図が入る。
「では、ペンを握りたまえ。試験開始だ。」
受験生全員がペンを握り閉めるが、「バキバキッ」
何かが砕け散る音がして、音の発生源を見る。
「先生、ペンが壊れました…」
フランが右手を上げそう宣言した。ちなみに左手には何故か、粉々になった記憶する記録者<ゴーストライター>があった。
「どう握ったらそうなる…?」
フォラスの困惑も最もだろう。ペンとはいえ魔道具、素材は歴とした魔物の魔核コアだ。素の握力で握り潰せる代物では無い。魔物と握力だけの勝負をして掌を砕きましたと報告して信じてくれる人間は王都にはいないだろう。
「握ってくれと言われたので普通に握ったのですが…私他の人より握力が強いみたいで…」
「…握力の問題では無いのだが…」
フォラスは既にフランに対して、諦めが先に来ている感じを醸しながら、予備の魔道具を取り出す。
「次は握らなくていいから、掌の上に置いて、もう片方の手を重ねて置いて3分待つように…」
少し疲れた様子でフォラスがそう伝えて、予備の魔道具を渡し、今度は壊れる事なく記録に移る。
魔道具を握りながら、その様子の始終を見ていたトートは先程の魔術試験で頭に浮かんでいた2択の予想が傾くのを感じ、背筋にゾッと怖気が走る。
(フラン・グレース…素の肉体強度が恐ろしく高いのか?さっきの試験で見せた地面を踏み砕く脚力と的を石で貫通させた腕力は魔術抜きだとでも?)
一瞬とはいえ、トートは今日初めて他者に恐怖したかもしれない。
強い相手を見ると好戦的な笑みを浮かべ、出来る事なら一戦交えたいと考えているトートにとって、彼女は未知の生物だった…
(とりあえず、この予想が当たっているなら次の白兵の試験の内容によっては地獄を見る可能性があるな…対人戦では有りませんように…)
恐らく魔術抜きの白兵戦闘で彼女相手に勝利するのは厳しいだろうと悟ってしまったトート。
「そこまで!魔導具を置きたまえ。」
そこへフォラスからの終了の合図が飛ばされた為、切り替える。気付いたら3分経っていたらしい。
「魔道具はこの後筆記に使うので、そのまま置いといて構わない。続けて白兵の試験を行う為、全員先程の魔術試験の時と同じ様に前に集まるように。」
そう言われて集まる受験生達にフォラスから次の試験の説明が始まる。
「次の白兵試験は、先程の休憩時間中にこちらで割り振ったペアで行って貰う。実力がなるべく近くなるように組み分けさせて貰ったので存分に全力でやるように。」
そう言って次々とペアの名前を読み上げていくフォラス。
「次、トート・エリファス」「はい」
トートの番になった。更に相手の名前を呼ぶフォラス。
「フラン・グレース」「はい…」
神はいなかった。
(近い実力…?存分に……?これ下手したら死ぬのでは???)
魔術試験、筆記試験とほぼ何もせず消化不良だったトートに本日最大にして最悪の試練がやってきた…
解説
記憶する記録者
一本で王都の一般的な住人の1ヶ月分の給料をつぎ込む程度の額がする魔道具。
殆どがエリュシオン迷宮学院の特注かつ独占市場。
たまに物書き達が、頭の中のイメージを文章化する為に更に数倍の金額をかけた改良版を買う位で、普通に生活していたらまずお目にかからない。
迷宮学院
とりあえず迷宮あります。
背景の説明はもう少ししたらその機会が来ますのでとりあえず学院の地下に迷宮あるんだなってだけで大
学院迷宮と神アルカナ 恋人契約したエルフの彼女が、フィジカル最強のヤンデレゴリラになってしまいました…(仮題) ダンタりおん @basil66
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。学院迷宮と神アルカナ 恋人契約したエルフの彼女が、フィジカル最強のヤンデレゴリラになってしまいました…(仮題)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます