第2話  愚者への一歩  〜魔術試験〜

試験とは別方向で心労を受けたトートだったが、何とか切り替えフォラスに続く受験生の後を追う。


先程の教室の奥にある闘技場の様なスペースに全員が集まりフォラスによる説明が始まる。


「さて、諸君が疑問に思っているであろう、この模擬戦闘スペースは基本的にどの教室にも付いているが、本来は教壇の後ろに授業用の黒板があり、その黒板に組み込まれた魔術式を発動すると裏にあるこの場所が開く仕組みだ。今回は最初から全ての部屋の術式を発動してある為黒板が無かったが、授業の際は必要な時以外にここは解放されていないので注意する様に。」


「では、試験を始める。最初は諸君の魔術を見せてもらう。奥にある的が見えるだろうか?諸君にはあの的目掛けて得意な魔術を使って貰いたい。」

フォラスは30M《メトラ》先にあるほぼ人のサイズの黒い的を指差し、試験の内容を説明する。


「あの的を壊せば良いんですね?」

先程、トートの魔術試験の免除に真っ先に講義していた数人の中にいた1人で、目つきが悪く、悪趣味な程ギラギラとした装飾が付いた指輪やペンダントを身に纏った、いかにも自分は貴族です。と言いたげな薄緑色の髪の青年がフォラスの先回りをするかの様に発言を挟み込む。


「説明を終えたと私が言ったかい?試験説明の邪魔をするとは、やはり随分と帰りたいらしいなジャニス・ローディン。…ふむ…では試験監督としつの裁量で私の説明への横槍は妨害とみなし、次から即失格で退室と言っておけば、少しは黙っていてくれるだろうか?」


「っっ何でもありませんっ。続けてください…」


流石に分が悪いと悟り、フォラスへ噛み付くのをやめたジャニスは八つ当たりの相手として、トートを睨む。

(こっちに矛先向けんの辞めてくれないかな、ほんとに)

辟易とした心情のトートだが、大して強そうに見えないジャニスにあまり興味を持つ事はない、周りを蝿が飛んでいる程度の不愉快さはあったものの、フォラスが続きの説明を始めようとしているのに気づきジャニスの事は既に頭から消し飛ばした。


「さて説明の続きだが、的に向けて使って貰う魔術は指定しない。勿論、的を壊せば合格。などという簡単なものではない。たかだか、30M《メトラ》先の動きもしない的を壊せた程度で、合格者を出したら他の担当者に笑われてしまう。」


「そもそも魔術とは攻撃以外の用途にも使われるのに、試験では破壊力しか確かめないなど愚かな事だと思わないかい?

勿論攻撃魔術が1番得意だからと、的を壊すのもまた構わない。身体強化だろうが、防御結界だろうが、回復、生活魔術でも構わない。あの的に魔術を作用させて何らかの結果を生み出せば良い。

我々が見るのは、その過程だ。以上で説明は終わりだ。質問を受付よう。」


(なる程、過程ってのは魔術制御が如何にうまく出来てるかって事か。それならさっきの合格判定も納得行くな。バラさないで欲しかったけど…)


(ただ、こうも合格基準が曖昧だと彼らが縋る先は当然…)


「では!先程魔術試験をパスした彼は何をもって合格としたのでしょうか!」


トートの懸念通り、その質問を皮切りに受験生たちが一斉にこちらに目を向けてきた。

合格基準もわからず試験に臨むより合格者の真似をするのが最も簡単だと考えるのは仕方の無い事だろう。

その思いとは別にトートの胸中には、失望が湧き上がる。

(この程度か…その質問自体が既に魔術の自身の無さの表れだと気付かないとは…今の質問者は多分受からないな)


それもそうだろう、心器を現状全く使えず、1科目丸々0点がおよそ確定してるトートからすれば、試験が始まってからガタガタと文句を並べ、腕に自身が無いからと、合格者の真似事で茶を濁そうなど、準備不足と根性不足の自慢大会でしか無い。

そこへ、


「ふむ。諸君からすれば、最もな質問だろう。」


「よろしい、答えましょう。彼は先程の教室に着いてから約2分で私の隠蔽魔術を見破り、かつ先程のトランプタワーを私が組み立てるのに苦戦している事に気付き、試験の意図を理解した上で、他の受験生である君達に気付かれない様、生活魔術である"そよ風の抱擁"を最小の出力で1番後ろの席から発動し、風の遠隔操作で30枚のトランプを同時に移動させて、私の代わりにトランプタワーを完成させた。」


「言葉で羅列するならこんなところだろうかな?さて、出来る者は?それが出来るというなら試験はパスでも構わないが?」


明らかに試験よりも難易度が数段上の所業。

そしてそれを出来ないのを、分かっていながら煽るかのように挑戦者を募るフォラス。


(((この講師絶対性格悪い)))

一斉に推しどまる受験生達。彼等の心は一致した。


この講師は丁寧な口調とは裏腹に理詰めで淡々と追い詰めてくるタイプだと。

そして、引き合いに出されたトートもまた、少しカチンと来ていた。

(アイツに敬称はいらんな、今度からフォランプ♠️でいいか。)

フォラスに渾名がついた瞬間だった。勿論トートの心の中限定だが…


「さて、そろそろ開始しようか。

呼ばれた者は一歩前に出て、使用する魔術を私に宣言するように。」


フォラスはそう言って試験を始めようとするが、思い出した様に振り返り、


「そういえば、トランプタワーの君、名前は?」

試験を免除する為に、トートに名を尋ねる。


(トランプタワーで認知すんじゃねぇよ。そもそもあんたのせいだろーが、フォランプ♠️)

「トート・エリファスです。」

荒れる内心を余所に、にこやかにそう答えた。

心の中限定の渾名は既に正常に機能しているようだった―――




順調に魔術の試験は進んでいく、やはり明確な合格基準が分からないままの彼らは分かりやすい結果を残す事にしたらしく、攻撃魔術を使う者が大半を占めている。

中でも初級の炎魔術の"ファイアボール、同じく初級の"アイスエッジ"が人気だ。


トートが教室に入った時に少しだけ、目を掛けた数人も大体はこの中にいたが、練度はやはり他生徒よりも頭ひとつ抜けているだろう。


特に、先程呼ばれた横を刈り上げた金髪の爽やか系の男子受験者が使っていたアレは、

中級光魔術"シャインレイピア"--20に及ぶ光の球が対象を取り囲み、そこから伸びる細く鋭い光が対象を貫く攻撃力の高い魔術だ。


(確か、ボーライン・シュラウド……シュラウド家か、通りで英才教育だ…)

彼の名が上がった時、俄かに受験生たちがざわついていたが、それもそのはず。エリュシオン王国の現三大貴族に名を連ねるシュラウド家の血縁の者だ。


名のある名家の人間であれば誰であれ、お近づきになりたいが、不敬を買って目の敵にされると、家に何が起きるか分からない為、不用意に声を掛けるのが憚れるはばかれる程のビッグネームである。

そして、ボーラインはその家名に恥じない実力の持ち主だった。


そして―――――

遂に、トートが楽しみにしていたピンク髪のエルフの順番がやってきた。

「フラン・グレース」

「はい」

165C 《セルラ》を超え、スラッとした体躯に、同年代よりも豊かな胸を持つエルフらしからなぬ圧倒的なスタイルを持ち、室内用の照明にキラキラと、反射する腰まで伸びるピンクブロンドの髪。

他の受験生もチラチラと横にいる彼女を見たりと忙しない。


(フラン・グレースか…一体どんな魔術を!)

初めて見る生のエルフの魔術、期待するなと言う方が無理な話だ。他の受験生も同じ様子で魅入っている。


「使用魔術は?」

身体強化エンハです。」


(ん?)

凛とした声が響き渡るが、それよりも彼女が放った言葉を理解するのに脳がフル回転して、耳に残らなかった。


「…………身体強化エンハで良いのかい?…君がその位置より前に行くのは禁止だが?」

「構いません。」

(多分試験内容にそぐわないから変更してくれ、と遠回しに言ってるのだろうが、ありゃ気付いてないな…)

トートも初めてのエルフの魔術が一般的な身体強化エンハとあって少なからず、落胆していた。


(いや、エルフだからと、勝手に期待した俺がいけないんだ。多分人前で使ってはいけない魔術も幾つもあるんだろう。浅慮だったな…)


「……では始めてくれたまえ…」

「はい、身体強化エンハ

とうとうフォラスが折れた。

返事の後、魔術名を唱えながら右足を少し上げ、そのまま勢いよく踏み下ろす。

バゴッ

踏み砕かれた地面に衝撃で、彼女の足元周りに幾つかの手のひら大の破片が飛び散る。


「これでいっか」

そう呟くとフランはその内の1つを手に取り、

「えいっ」

友達同士で軽くデコピンをするかの様な、脱力した掛け声と共に石ころを的に投げる。

ビュッ、スパッ

(((スパッ?)))

投げられた石は高速で的の頭部部位に着弾し、そのまますり抜けるかのように的を貫通する。


効果音が何か、おかしかったと受験生達は的に目をやると、ぶつかった頭部部位は石のサイズ分だけくり抜かれ、その周辺一切にはヒビどころか、石が触れた形跡すらない。


だが、トートとフォラスはそちらが気にならない程の戦慄を覚えていた。

((魔術の起動兆候が見えなかった!))


魔術にはマナが必要不可欠であり、魔術を行使する際、マナを消費する術式を起動する。起動時に光が浮かび上がり、出力を最小に絞る事で、その光をかなり抑える事は出来る。実際にトートが教壇に向けて放った"そよ風の抱擁"はその技術で周りに気付かれずに使用したが、あれは机を死角にしていて、マナによる感知のみを欺いた程度である。


実際に目の前で、手元を隠すものが無く同じ事が出来るかと問われれば、確実に不可能だと断言できる。


それを全身だ。彼女は全身にあれだけの強化を施していた、出力を絞ったとは考えられない。ただ、魔術を使ったとしたら発動兆候が無いのも納得できない。

となると考えられるのはパターンは2つである。正直、どちらもあり得ないが、2択に絞られる。


全身強化を思い切りして尚、一切気付かれず魔術を行使する化け物染みた魔術制御。

そしてもう一つは、

そもそも魔術を使っていないか。


どちらもあり得ないが、それでも彼女がマナに愛されたエルフであると考えれば、まだギリギリ前者だろうと、何とか納得するトート。

同じ結論に至ったであろう、フォラスも動き出す。


「素晴らしい魔術だった。是非とも遠隔の魔術も披露して貰いたいだが、頼めるかい?」


「…………私だけもう一度ですか?公平性に欠けるのでは?」

一瞬自虐的な笑みをしたフランだったが、直ぐに何事も無かったように返す。


身体強化エンハを使うとは思っていなくてね、本来なら満点を上げたい所なんだが、少々採点に物議が起きそうなんだ。もう一つ別の魔術を使ってくれれば文句無しに満点を付けれるんだが…」

何とか食い下がろうとするフォラス。


「使わない場合は何点いただけるんでしょうか?」

「…………。8割は約束しよう。」

「ではそれで。」

にべもなく断られる。

試験監督であるフォラスであっても、言っている事はフランが正しい為、強く出られず仕方なく次の受験者に目線を移らせる。



「―――か、―――ったよ―――――」

フランが何かつぶやいていたが、トートには聞き取る事は出来なかった。


トートは先程の彼女の魔術使用の一連の流れを頭の中で反芻し、どこかに発動兆候を見落としがあったかを考え続けるが、やはりいくら思い出しても結論は2択以外に無さそうだ。


そうこうしている内に魔術試験が終わったのか、フォラスが声をあげる。


「諸君、お疲れ様。これにて魔術試験は終了となる。これより15分の休憩の後、筆記の試験となる。手洗い等を済ませてから席に着いて待っているように。また、筆記の勉強をしておくのは構わないが、不必要な会話を行った者は、他者への妨害行為とみなし即退室とするので気をつけるように。

では、休んでくれたまえ。」


(休めと言われても…俺まだ試験らしい試験、何もやってないんだけどなぁ…)

魔術試験中、ほぼやる事も無く、見所のある受験生も約80人の内数人、はっきり言って暇でしょうがなかったトートにとって、更に15分の待ち時間が追加された事は苦痛でしか無かった―――







解説

生活魔術………その名の通り、生活を豊かに、便利にする為に生み出された魔術。


水を冷やす、沸かすものや、室温を上げ下げするもの、トートが使った"そよ風の抱擁"もこの一種で、室内で風を起こし換気や、手の届かない所の埃などを風で巻き取る魔術。制御さえ上手く出来れば、500g程度の物を複数浮かばせる事も可能。それ以上に重い物を複数操るには、風の初級魔術"ウィンドリテンション"を覚える必要がある。



本編に描き忘れたフォランプ♠️ことフォラスさんの見た目。

筋骨隆々の青淵メガネとは書いてありますが、髪色はゴールデンのオールバックです。筋トレが習慣なので筋肉は付いてますが、学院の外にはあまり出ない為、肌色は割と白めです。


金髪、巨漢、オールバックとあまりにもイメージがそっち系の作品に出てくるタイプの役なってしまったので、日焼けはボツにしてメガネをかけさせました。

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