学院迷宮と神アルカナ 恋人契約したエルフの彼女が、フィジカル最強のヤンデレゴリラになってしまいました…(仮題)
ダンタりおん
愚かなる者は迷宮に誘われる
第1話 愚者への一歩 〜試験1〜
雲ひとつない空に暑すぎない程度に降り注ぐ日差し、そよぐ風、今いる宿が都の中心部にさえなければ、鳥達の囀りが聞こえるだろう凡そ完璧な朝。
「ふぁぁ…良く寝た」
寝そべっていたベットからむくりと起き上がる青年、トート・エリファス。
頭の左側と右側で髪の色は黒白で分たれていて、血の濃さが髪に出る体質らしいが、若干黒が優勢遺伝子気味なのか、7:3の割合で白に押し勝っている。
背丈は170C《セルラ》を少し越す程度でガタイが良いと言われる程の肉付きでは無いが、普段から鍛えているおかげもあり、細身ではあるが、引き締まった肉体を持っている。
「思ったより寝過ぎたか?」
ベット横にある時計の時刻をチラリと流し見て、彼は今日の予定が狂ってしまった事に気付くと即座に準備を開始した。
トートが入学を希望している"エリュシオン迷宮学院"の入学試験が今日であり、入学試験の集合時刻は9時30分、現在時刻は8時55分を示している。
王都中央にある学院までこの宿屋から歩いて15分は掛かるだろう、タイムリミットは20分も無いが――
「後、30分は早く起きるつもりだったんだけどな…」(最悪身体強化の魔術で走れば問題ないか、)
トートに焦りは微塵もない…
試験の日に寝坊をした事についても全くと言っていいほど気にする素振りすら無い。
パパッと試験を受ける為の格好に着替えたトートは部屋を出る前に、現在は発動条件を満たせない為に占い以外役に立たない自身の固有能力たる心器しんきを発動する。
「神の思し召し《オンリーラック》シャッフル」
そう呟くと同時、トートの右腕が光を放つ。その中から22枚のタロットカードの束が顕れ自動的に札が切られ、ピタリとシャッフルが止まったかと思うと1番上のカードが表向きになり、トートの前に差し出された。
描かれているのは、右腕を掲げた男性とIのナンバー
「こりゃあ、幸先いいな」
「おっと、忘れる所だった…」
占いの結果に満足しつつ、心器を解除し宿屋の2階にある自室から出ようとしたトートは、机の上に置いてあったペンダントを手にズボンのポケットに放り込み、鍵を掛けてから下の階へと向かう。
「おはようさん、随分と遅いじゃないかい」
「おはようアンナさん。ちょいと寝坊した…」
階段を降りたトートに声をかけて来たのは、宿屋の女主人であるアンナだ。
トートよりも1回り程大きな182C《 セルラ》で背も高い上に恰幅も良く、快活な女傑だ。
髭と背丈以外は、伝え聞くドワーフの特徴そのままと言っていいだろう。(言った者はその悉くことごとくが殺されるが)
「だから
「どうにも、習慣付かなくてね。身体強化して行けば5分で着くしまだ余裕はある」
グッと親指を立てたトートを見て、アンナは苦笑する。
「ほら、時間ないからとりあえずトーストだけでも食べてきな」
コトリとトートの前に準備してあったジャムが塗ってあるトーストを差し出すアンナ
「ありがとうアンナさん、いただくよ」
トースト自体は冷めてしまっているが、空きっ腹に染み渡っていく感覚が何とも心地よかった。
「あんたの事だから30分位早く起きてくるだろうって、焼いといたんだが、すっかり冷めちまったねぇ」
7年来の付き合いのアンナにすっかり起きる予定だった時間を言い当てらた事に、若干のバツの悪さを感じながらもトーストを完食し、皿を洗うために席を立つ。
「皿は置いといていいから、さっさと行きな。」
「ありがとう、行ってきます」
「頑張っといで!」
「ああ!」
ほとんど親子の距離感であるが、2人にとっては、いつも通りの為気にならなかった。
扉を開け放ち、トートはエリュシオン迷宮学院まで駆けて行った。
―――――――――――――――――
トートが、人の波を避けながら、足にだけ身体強化の魔術である
学院の巨大さに比例して、正門もまたデカく、横幅は30M《メトラ》はあるだろう。資材搬入の際に行商などの馬車隊を横並びでそのまま通れる様に大きくしたらしいが、規格外の大きさである。
そのまま学院の方に目を向ける、今見た門など比にならない大きさの校舎と、敷地面積を誇り、王都中央部はほぼ学院と言える程で、王都の何処からでもエリュシオン迷宮学院が見えるという程の権威と力の象徴たる建物である。
建物自体も左右対称シンメトリーで遊びは無いが、正門から見て正面に構える入り口の更に上、校舎の壁に装飾された、"十字架を握った両手を胸の前で組み涙を流しながら、神に祈る聖女の胸像"と、学院の屋根の上に設置されている、王都中に響き渡る程の荘厳な音を出す聖鐘楼が学院の威厳と神聖さを雄弁に語っている。
王都に住む者なら誰しもが見慣れた光景、今日に限り違うのは正門に憲兵がズラリと並び、トートと同じ入学試験を受けに来た生徒の山を捌いている所だろう。
「何分待ちだよこれ…」
トートの呟きに帰ってくる答えはないが、最後尾に位置した彼が正門を抜けたのはそれから40分がすぎてからだった―――――――
毎年大量の受験生を捌くために、受験者はAからWまでの24個のグループに分けられる。
試験管は学院の常勤の講師陣が各ブロックに1人ずつと補佐に2名ずつ学院を上位成績で卒業した生徒(OBやOG)や在校生のトップ達が担当し、採点結果と内容を学院長に報告する事で採否が取られる。
試験科目は4つ
魔術、知識、白兵、そして心器である。
心器とは、自身の心の具現化であり、固有の能力である。トートの神の思し召しオンリーラックはこれに該当するが現在使えるのは占いの機能のみである。
上記4つの評価をもって入学に値する生徒かどうかを見極める。
「心器さえ使える状態なら主席だって狙えたのに…」(総合8割以上がボーダーなら諦めよう)
トートは2年前から能力の発動条件を満たせず、現在使用が不可能の為、元々センスがあった魔術を能力の代わりとするべく研鑽を重ねた。
白兵戦闘も能力と並行して使っていた為、魔術との併用補っているが、鍛えているのもあって剣の扱いで同年代にトート以上の者は一握りだろう。
知識についても抜かり無く学んで来たいる為、不安要素は心器だけだが、これが問題だ。
仮に心器いがいでの試験で満点をとり、300点を稼いだとして、心器の試験で1点も入らなければ、400点中の300点、割合で考えたら8割に満たない点数である。
合格基準が全試験8割前提の320点であればその時点で不合格が決まってしまう。
何よりこの過程は全ての心器以外の試験で満点の前提の上である。
4科合計7割の280点がギリギリだろうと見積もっているトートにとって、如何に3科で減点されないかが重要だった。
試験の倍率は例年80〜130を行き来している狭き門である学院の敷居は1科目捨てて楽に受かるほど甘くはない事はトートも理解している。
だからこそ他3科は死に物狂いで、研鑽に努め魔術に至っては、3回生から学ぶ上級魔術の幾つかまで独学で習得した。
それでも尚、試験の壁は高い――――
門で渡された学院内の試験場が書かれた地図を頼りに、自身が割り振られたUのアルファベッドが書いたある部屋にたどり着いたトート
中に入ると、講義の教室の様な扇状に並んだ席と段下に講義者が立つと思われる教壇はあるが、その後ろに黒板は無い、それどころか、後ろは吹き抜けであり、地面と広いスペースが見えるだけである。
(後ろが実際の試験場ってことか、とりあえず席を探すか)
「さて、俺の席はっと、あそこか」
ずらっと受験を受ける生徒たちが並んでいる席の中にひとつだけ、1番後ろの列の中央やや右寄りの席が空席であった為、自身の席がそこだと理解する。
ささっと座り、試験監督が来る前に荷物の準備を終わらせる。
受験生達の緊張が伝わってくる、一大イベントではあるが、自身の進退に関わる重要な日でもある為か喧騒どころか、誰1人声を発さない。魔術、白兵の試験は今から何か出来る事もないので、どの受験生も必死に試験前の最後の追い込みとして勉強をするか、自身の心器との対話や精神統一にのめり込んでいる。
トートはこの2年の鍛錬のおかげで今更心器以外の科目で焦る事は無く、普段通りの精神状態で試験開始を待つ。
後ろからザッと見渡す限り、トートと同じく自然体でいるのが数人、その中に腰に届くだろうピンクブロンドの少女を見かけ、その長い耳に注目する……。
(エルフか…初めて見たが、…強いな。)
エルフ―――魔術を使う為のエネルギーたるマナに愛され、許容マナ量、魔術の威力において人のそれを遥かに上回ると言われているが、人里には滅多に出てこない閉鎖的な少数種族である。
ただし、トートが彼女に見た強さは魔術的な部分ではなく、武術的な強さである。
(佇まいだけでなく、姿勢や呼吸、所作全てに武芸者の気配があるな。加えてエルフか…魔術の腕が噂にある通りなら間違い無く主席候補!)
トートは好戦的な笑みを浮かべる。
自身が入学さえ出来れば、ほぼ確実に強敵になり得る存在を見つけ昂るたかぶるトートだったが、教壇にふと違和感を感じ、目を向けた途端にそれ見つける。
(居たのか?最初から!?80人近くもいて誰1人気づかずに?凄まじい隠蔽魔術!教員の技量も最高峰とは!)
トートは背中に冷や汗を感じながらも、先のエルフに続いての実力者の登場に高揚を隠せない。
扇型に座る受験者達の席の正面にある教壇、その上にトランプタワーを作って遊んでいる教員用の黒いローブを来た、ふちが青色のメガネをかけた筋骨隆々の大男がいる。
手先が器用では無いのか、見ていると何度も?失敗し、自身の足元にカードを落としては拾ってはまた積み直しての繰り返しだが、受験生達は誰1人そちらを見ていない。
「滅茶苦茶に痛い奴」認定を既にされていて試験に集中する為に総スカンされているという可能性も無くは無いだろうが、いくら何でもアレを教室内にいる受験生全員がスルー出来る程に肝が座っているとは、トートには思えなかった。
であれば、やはり気づかれていないのだろう。
自身ですら正面に居るはずのあれを見つけるのに教室を一周見渡さないといけなかったのだ、自分の試験に前のめりで周りに気を配る余裕の無い他の生徒に気付けというのは少々酷かもしれない…
(俺の
恐らく教員だろう大男の魔術?の分析をしていたルードだったが、ふと疑問を感じた。
(隠蔽系の魔術や心器を見破るには、周囲のマナへの親和性が重要の筈…であれば、何故あのエルフが気づいた素振りが無い?)
マナに愛されたエルフに隠蔽系、それも心器を用いない魔術のみの隠蔽はかなり効果が薄いというのは良く知られた話だ。
彼等彼女等にとって魔術を使った隠蔽による偽装など、家具も何もない真っ白な部屋の中に黒い虫が隠れる様なもの。目を凝らさずとも視界に入れば即座にバレる。
しかし、その割に先程のピンクブロンドのエルフは大男に気づいた様子がない事に強烈な違和感があったが、トートはひとまずその事を後回しにし、未だトランプタワーを完成させられない大男に目を向ける。
(もしや、
先程とは別の意味で冷や汗が出てきた。
隠蔽自体は試験の一貫なのだろう。トートの見立てでは完成したトランプタワーと共に魔術を解除し、自分は受験生の前で堂々とこれを作っていたとでも言い放ち、学院のレベルを見せると共にこれくらい出来るように努力しろという鼓舞をしたいのだろうが、手先の不器用さで全てが台無しである。
(仕方ない、他の生徒が気づかない程度に手伝うか…)
マナに過敏な生徒達に気づかれないように、左手の手のひらを机に隠すように足元に向け、出力を最小に絞って魔術を発動する。
「(そよ風の抱擁)」周りに聞こえない様に呟くと、手のひらから音の無い風が発生し、足元を隙間風程度の強さで吹き抜け、階段を降って大男がいる教壇に向かっていく。
「っっ!」(気付かれただと?何の冗談だ、)
一瞬大男に凝視された。
この距離で、マナの揺らぎも発動の兆候も無かった筈なのに気付かれた。最悪、失格になるかもしれないと身構えたが、放たれたそよ風が大男の手元のカードに到達するや否や、彼は目を伏せ持っていたトランプを風に預ける。
魔術操作を遠隔で行い音を立てない様に、慎重に風を使ってカードを運ぶ、普段のマナ制御の鍛錬に比べれば簡単に過ぎるトランプタワーは、30秒と経たない内に、4段分積み上がった。
側から見たらトランプがひとりでに積み上がっているように見えるだろうが、歴れっきとした魔術である。
トランプタワーが完成したのを、少しだけ嬉しそうに見ていた大男が受験生達に声をかけるべく達上がろうとして、ガタッ!、右足を教壇に引っ掛けた。
遮音と気配遮断のおかげで音は出なかったが、勿論完成したばかりのトランプタワーは無惨に崩れる…
「……………。。」
「……………」
大男が気まずそうにこちらを見ている…
無言もまま見つめ合う
(はぁ、)
仕方なくもう一度同じ魔術を発動しトランプタワーを組み上げて行く。
大男はぶつからない様に、既に教壇横のポジションに着いている。
風でトランプを運ぶのに、慣れたのか先程よりも5秒ほど早くトランプタワーが完全させたトートはどうぞと言いたげに、大男に掌を上に、手先を大男に向け少し伸ばす。
大男の方はそれを見遣ってから魔術を解除した。
「え?」「何だ?」「いきなり出てきたぞ!」などなど、受験生達は突如現れた大男に戸惑う。
先程トートが目を向けた数人達は即座に理解したのか、気づけなかった事に少し悔しそうだ。
そして
エルフとして屈辱だったのかもしれないと、トートは気を遣ったのかすぐに彼女から目線を切った。
「突然で驚いたかな?私は今回、Uグループの試験を担当させていただく試験監督、"フォラス・モントレイ"だ。」
立ち上がった感じ200C《セルラ》を超えているだろう。思ったよりガタイに見合わず丁寧な口調だった。
「さて、私は誰よりも早くこの教室にいて、全員が揃ってからこのトランプタワーを築いた訳だが、気付いたものは85人してたった1人だけ…少々、周りへの注意力が足りなすぎるね。ああ、君、さっきはありがとう。とても良い魔術制御だったよ」
トートが作ったトランプタワーを若干自慢げに見せてくるフォラス。
しかも、この空気の中でお礼を言われてしまった。試験の前に変に注目されるのはあまり嬉しくないが、返事をしない訳にもいかず、
「ありがとうございます。」
とりあえず褒めて貰った事に感謝だけ伝えておく。
「魔術制御?」「何のことかしら?」「あいつが、さっき言ってた気づいた1人って事か?」
また俄かに教室がざわつき出す。
「ああ君、魔術の試験はパスでいいよ、満点だから。」
「はい?」
さらっととんでもない事を言われた。
「贔屓だ!」「そんな事許される筈が、」教室のざわつきは最高潮に達した。
―しかし―
「試験管は私と言ったばかりだが、即座に噛みついてくるとは…余程早く帰りたいと見える。今私へ抗議をした者は帰ってくれて構わないぞ。」
ピシャリ、教室内の空気は凍りついた。
「この学院は実力が全てであり、私は学院長より腕を見込まれ教員に採用され、曳いては今回のUグループの試験管を担当している。」
「その上で、私は彼の魔術の技量をこの目で確認し既に評価を下した。魔術の点数に満点などと言う上限さえ無ければ、もう少し見て見たい所だったが…
その上で聞こう、私の隠蔽に気付きもしなかったひよっ子の君たちは、私の目が信用ならないと?そう言うのかい?」
言い返す声は無いが、半数近くは不承不承といった顔だ。
「ちなみに先程のトランプタワーを魔術で組み上げたのは彼な訳だが、これにも気づけなかった君達が文句を言う資格があるとは、到底思えないけれどね」
「…。」(それ、今言う?)
あっさりバラされ、トートは入学試験前に、教壇でトランタワーを作る頭のおかしな奴だと認識されたのは言うまでもない。
釈然としないトートは弁明したい所ではあるが、静まり返ってしまった室内で声を上げるのは憚れた為に泣く泣く反論を押し殺す。
「さて、皆黙ってくれたし試験を始めようか。じゃ、席を立って全員こっちに来てくれるかい?」
そう言って、何事も無かったかの様に教壇の奥のスペースへと移動を始めるフォラスに着いていく為に受験生達は慌てて席を立つが、
(なんか疲れた…試験って今からだよなぁ?)
試験当日の寝坊にすら動じなかったトートは、試験監督であるフォラスを前に、既に精神的な心労ダメージにやられかけていた。
ーーーーーーーーーーー
★解説
魔術師のアルカナ・・・物語の始まり、入学、希望、恋愛の始まり
隠者ハーミット・・・トートの能力らしい気配遮断に特化している。
フォラスの隠蔽魔術・・・ トートが見抜いた通りの遮音と気配遮断に加えて若干の認識阻害の効果を複合的に作用させる魔術だか、対象は本人のみならず、自身から5Mメトラ以内の任意の物にも同じ効果を持つ為、魔術は魔術でも範囲に作用するという意味で、防御結界術に近い。
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