第3話 自責の燃
曇天の空、青白いタイルに彩られた大きな病院に着く。僕は真っ先に日和の下に向かう。今は受付に事情を話し問い合わせたところ、待合室に居るのだと言う。
僕は歩を早める、しかし受付から待合室に向かう道、その曲がり角で日和の涙声と叫びが聞こえた。
「全部、全部、私が悪いんだ。ちゃんと
何を?
いや言っている事は分かる。防火手袋の件だ。そしてきっと美術部の事だ。だけど日和の言葉には違和感があった。独り泣きは続く。
「ずっと聞こえてた。本当は辞めたくなかったって。ずっと絵を描いていたかったって。でも私が変えた。変えてしまった。変えちゃったんだ。その本心さえも」
どうして。
どうしてそのことを日和が知っている?
自分さえ信用出来ない僕は、絵を描く道を諦め切れなかった自分の想いを日和への恋心で塗りつぶした。でもそれを知っているのは僕自身だけのはずだった。
「こんな力いらなかった……欲しくなかった……誰にも言えるわけなかった……」
あきらかに
自分への恋心を盾にされて、その上で本心を隠されていた事実など。
僕には想像もつかなかった。その刃が傷つける痕の痛みを。考えるのもおぞましかった。
僕に、十束了に、彼女へかける言葉があるのだろうか。きっと精神感応の事を知る前なら思いついた。でも彼女は僕の心を読める。下手な、いや例え上手だとしても、嘘はつけない。本音だけで彼女と対話しなければならない。出来るだろうか、今の僕に。
怖かった。彼女の前に出て心を読まれることが。
すごく怖かった。
だけど今、彼女は闇の中に居る。
救うだなんておこがましい。
けどその闇の中から彼女を連れ出せるのは僕だけだ。
それだけは、ハッキリとわかった。
だから言うべきことは決まった。
好きでも。
嫌いでも。
愛してるでも。
憎んでいるでもない。
僕が今、本心からかけられる精一杯の言葉をかけよう。
曲がり角を勢いよく飛び出て日和の前に立つ。
「了くん……」
今度こそ。
「今度こそ」
僕は日和を選ぶよ。
「僕は日和を選ぶよ」
精神感応で僕や周囲の心を読んでいた日和は自分を追い詰め続けていた。ならば。
それでも日和が彼女自身を許せないというのなら、
「燃やすなら僕を燃やせよ
君に殺されるなら本望だ。
幼くて。
青くて。
ちっぽけで。
少し膝の震えた心だけど。
それだけ本当なんだと伝えたくて。
日和は泣き崩れて言った。
「そんなこと……出来ないよぉ……」
病院の窓に雨音が打つ。梅雨の足跡がついた。
後日、謎の出火騒動は迷宮入りに終わった。そして夏休みに入る前、梅雨の真っ只中にそれは決まった。
「まあ、決まりだから」
超心理学部の廃部。
残念だとは思わなかった。
だって僕と日和の場所は他にあるから。
「まあこのタイミングだからよかったのかな。二人とも転校先でもしっかりね」
僕たちは互いの両親を引き合わせて全ての事情を話した。誰も信頼出来ない僕たちは、それでも家族を頼った。
盗作の件、精神感応の件、発火能力の件、なにもかも荒唐無稽だが尽くせる手は全て尽くして信じてもらった。
「それで、私たちは何をすればいい」
僕の父さんが僕たちに問いかける。
「もうあの学校にはいたくない、僕も日和も」
しばらく沈黙したあと。
「なにもかも唐突で無茶苦茶で信じられんようなことばかりだったが、受け入れてしまえば納得が行くところもある。全てじゃないがな。その上で聞く。それがお前たちの選択なんだな?」
僕と日和はその問いに強く首肯した。
僕たちの両親は相談の結果、僕たち二人を転校させることを決めてくれた。
後のことは任せなさいと言ってくれた。
僕と日和はひどく安心して、脱力した。
母さんたちに支えられて。
僕たちは笑いあった。
「転校先は静かなところがいいだろう」
「うん」
「また美術部で絵、描きたいんだろ?」
「それもあるけど、どうやら僕の幸せが日和の幸せに繋がるみたいだから、出来るだけ幸福でいたいと思うんだ」
人間は生きているだけで幸福である。
哲学者のその言葉を飲み下して消化して。
心に刻んだ。
ハロー、ウィトゲンシュタイン。
あなたの祈りは届いていますか。
僕は今、幸せです。
例え何もかも失っても彼女がそばにいるのなら。
そう思える人生はきっと幸福です。
他人にどう言われようと。
他人に害されようと。
他人から逃げたって。
根本的解決になっていなくたって。
僕は彼女を幸せにしてみせます。
だから神様。
何度だって言います。
この先、何が起ころうとも、僕から日和だけは奪わないでください。
梅雨の晴れ間から天使の梯子が降りる。
虚空の炎の神が心做しか笑った気がした。
超心理学部の日常 亜未田久志 @abky-6102
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