第2話 永遠の相


 哲学者ヴィトゲンシュタインによると人は生きてるだけで幸福であるらしい。まあそれは間違った僕の解釈なのだが。哲学なんて個々人の都合の良いように解釈の出来る宗教の教義のようなものであると思っている。なので間違っていたところで専門家から怒られるだけであり、僕の人生観を変える要因にはなりえない。

 

 人間社会は異分子を排除するように出来ている。そうやって歴史は紡がれてきた。彼女もまた人類社会における異分子まじょとなった。

「令和の魔女狩り、か。笑えないな」

 審判が下されるならどうか彼女ではなく僕に罰が下るようにと祈った。虚空に神がいるのなら、きっとそれは炎の形をしているのだと思った。


 なんて自嘲気味な夢を見て目を覚ました。我ながらどうかしている。だけどそれは当たり前の現実として僕に降りかかる。

発火能力パイロキネシス……か」

 幼馴染の七種日和が成った……否、罹患した病。非現実的な症候群。それを切除する方法はこの世になかった。僕はそそくさと起きて身支度を済ませると二階の自室から出て階段を降り父と母の待つリビングに向かう。

「おはよう」

「おはようりょう……ってなんかあんた顔青いわよ?」

「なにかあったのか」

「……ああ、ちょっと悪夢を見ちゃって」

 そこで会話は終わる。なんだそんなことか、と。現実とはそういうものだと痛感させられる。あれが本当に悪夢だったらどれほど良かっただろう。心の底からそう思う。だけどあれは紛れもない現実だった。朝食をたいらげて父と共に家を出る。

「なにかあったらちゃんと相談しろよ」

「わかった」

 なにも分かっちゃいなかった。誰一人として信用なんて出来るわけがなかった。自分自身でさえ信用出来ないのに血を分けた家族だからって信用出来るわけもない。

 僕はゆっくりとした足取りで学校へ歩を進める。家は学校の近くで徒歩十数分ほどで着く。おかげで無遅刻無欠席だった。

 そこでポンッと背中を叩かれる。日和だ。手には防火手袋をしている。

「おはよう!」

「ああ、ちゃんと付けてるな」

「防火手袋? まあ……一応、でもちょっと心配し過ぎじゃない?」

 確かにそうかもしれない。暴発なんてしないのかもしれない。むしろそんな手袋をしている方が怪しいのは事実だ。けれど、もしもを考えてしまうのが人間という生き物である。それゆえに人は生きているだけで幸福だと哲学者は語るのだ。もしもと後悔出来るということは生きているのだから、生きているということは幸せなのだと、それは美しい祈りに似ていると。

 ならばその祈りを汚すのもまた人間だ。

 社会構造は命を軽んじて大衆という幻想を支持する。それを嫌と言うほど感じて来たからこそ彼女にそんな想いをさせたくなかったのだった。

「ねぇ了くん。少し嫌な話していいかな」

「なんだよ」

「了くんが美術部辞めたのってやっぱり私のせい?」


 僕は美術部でエースなんて呼ばれていた。一年生でいくつもコンテストに入賞し、顧問から期待の星だと言われ先輩からも部の誇りだと褒められていた。だけどある日、僕の絵に盗作疑惑が持ち上がった。もちろん根も葉もない噂でしかなかったから、放っておけば鎮火しただろう。しかしそこで、

「了くんが盗作なんてするわけない!!」

 と声を荒らげた者がいた。

 それが幼馴染でその時から超心理学部に居た日和だった。

 学校中で僕たちのことは噂になった。電波女と盗作男なんて揶揄されて、それでも放っておけばいい、そう思っていた。

 だけどある日、顧問の先生から、

「悪いな十束とつか、お前が美術部に居るとどうにも折り合いが悪くてな」

「やめろってことですか」

「いや……なんだ……その」

 歯切れの悪い顧問の言葉に苛立って僕は用意していた退部届けを机に叩きつけた。

「これでいいんでしょう」

「……すまん」

 謝るくらいなら守ってくれよ。

 そう言おうとして止めた。

 こうして事実無根の噂に負けて僕は美術部を辞めた。けれどそれは決して日和のせいではない。断言してよかった。あんなところ、ずっと居たら気が狂っていただろう。

 だから僕は――


「違うよ。僕は僕の意思で美術部を辞めたんだ」

 そうハッキリ言った。

 その場限りの嘘じゃない。

 紛れもない真実として。

 その後の顛末として校則で部活に入ることが強制されている我が校の方針に従い、僕は晴れて超心理学部に入部した。学校じゃ盗作男が電波男になっただの、電波カップルだの、散々な言われようだった。

 閑話休題。

 そんな僕の返答を受け、悲しげに笑う日和。

「そっか」

 彼女の心の炎は今、なにを燃やしているのだろう。僕を退部に追いやった奴らだろうか、顧問の先生だろうか、それとも僕だろうか。

 そんな問いが出来るはずもなく。ふと気がつけば学校に着いていた。僕と日和はクラスが違う。

「じゃあまた部活で」

「ああ、気をつけろよ」

「なにに?」

「て・ぶ・く・ろ、外さないように」

「ああ、うん、わかったよ」

 何事も無く一日が過ぎればいい、そう思って、そう祈って、神に願って。

 そして、事件は起きた。

 日和のクラスで原因不明の火事が起きた。

 僕には、僕にだけは火事の原因が分かっていた。分かってしまった。

 日和の無事を真っ先に確認する。けが人などは出ておらず、日和は火元の近くに居たため念の為に病院にいるらしい事を聞き、僕は病院へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超心理学部の日常 亜未田久志 @abky-6102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ