第11話 もう一人の彷徨者
クランへの加入試験を受けるべく、リュートたちはトラックを走らせる。お日様がすっかり顔を見せるころには目的地に辿りついていた。
「ようこそカクトス村へ! ここがあたしの今の拠点なんだ」
トラックから一足先に飛び降りたルプスが笑顔で腕を広げた。
リュートは頭の上にクロコを乗っけて彼女のあとを追いかけた。
ルプスの背後には村が広がっている。
真っ白な集落だった。
「これ、何戸くらいあるんだ?」
「百は超えてるはずだよ。最近は人も増えてきたんだ」
現代社会からすれば少ない気もするが、だだっ広い砂漠に建物が密集しているとそれなりの迫力がうまれる。『
(村っていっても、西洋風ファンタジーの村とは違うよなあ。これぞ『
並び立つ家々は細い路地のほかには少しの隙間もなく、ひとかたまりになっている。まるで豆腐をこまかく切り分けたかのようだ。
けれど、高さはない。
砂漠の暑さをしのぐため、多くの建物が地下もしくは半地下に作られるのだ。
見た目の高さよりも村は広く、快適である。
リュートは『
それから、文明崩壊後の技術力ではここまでの村を作ることはできないということも知っていた。
ではどのように村ができたのかといえば。
(すげえよなあ。これ全部、先史文明のロボットが造ったんだろ?)
村を造ったのは巨大な──小高い丘ほどの大きさのロボットたち。『建設院』という組織の〈
それは旧人類が新人類に遺した〈
この過酷な大地を、人類の定住に適した場所を探し求めて闊歩し、条件に合致した“
村が完成すると、砂煙をたてながら新天地めざして果てなき大地を
それが『建設院』の〈
(一度でいいから生で見てみたいなぁ、でっけえロボ……)
でっけえロボはリュートにとってロマンだった。巨大なものを見上げて圧倒されたい、すげー、とアホみたいに口を開けて感動したい。そんな欲がリュートにはあった。
リュートが白くて平たい家屋の群れを眺めながらはるか遠くのまだ見ぬロマンに思いを馳せて呟いていると、ルプスが胸を張った。
「どう? なかなか立派な村でしょ。市場だってあるし、酒場もあるんだから! 暮らしてる人は五百人くらいじゃないかな? ここらへんだと一番大きい村なんだ」
(五百人か……ルプスが誇らしげに言うってことは、この世界の基準からみればそれですら栄えてるほうってことだよな)
「さ、それじゃあ行こっか」
ルプスは村の入り口の簡素な厩舎に相棒の
真っ白な集落の細い路地を半身になって二人は歩いていく。
日陰が多くなるように造られた村は建物どうしの隙間が狭くなっているのだ。そうすれば日の当たる場所が減るし、砂を含んだ風も入ってきづらい。砂漠で暮らすための知恵が盛り込まれていた。
ところどころに先史文明の面影も見える。
「お、足元が……」
リュートたちが道を進むたびに足下がほんのりとライトアップされていく。人感センサーの照明機器だ。小路に一歩踏み込むと、進もうとする先の足下がゆっくりと明るくなっていく。
狭い道が暗いままで不便にならないようにと〈
(こりゃ快適! ……とは言っても)
右に左にとくねくね曲がっているとだんだん自分の場所が分からなくなってくる。なにせ目に見える景色はさほど変化がないのだ。外敵にとっては迷路に思えるかもな、などとリュートは考えて、まさかと思う。
「なあルプス、迷ったわけじゃないよな」
「やだなぁもう。あたしはここに住んで半年だよ? 同じところをぐるぐる回ってるわけじゃないって……ほら、着いた」
先を歩くルプスは、一棟の建物の前で足を止めた。
「ここがあたしの所属する
「おお……!」
半地下へと通じる入り口の真上に木の看板が掲げてある。
『
看板の下でふふんと胸を張るルプス。だが。
「……おお?」
リュートの視線は、彼女よりも上──看板に垂れかかる
何度見ても、どう見ても、それは尻尾だった。焦げ茶色の尻尾だった。尻尾だけが、だらりと垂れさがってみえている。まるで切り落とされたようで。
(き、切られた尻尾!? こわっ)
と思うリュートだったが、すぐ過ちに気付く。尻尾がゆらりと揺れたのだ。
(ん、動いた? 誰かがいるってことか?)
下から見上げているので尻尾が見えるのみだが、動いたということは尻尾の主は建物の屋根にいるということになる。だが、あいにくリュートからは全身は見えない。
その人物が誰なのかリュートは気になってしまい。
「なあ、ルプス、あれ……」
「ん?」と振り返ったルプスは、焦げ茶の尻尾を目にして「んわ!」と叫んだ。
それからルプスはぴょんぴょん飛び跳ねて、垂れ下がる尻尾をぺしっと叩く。
「んぎゃっ!」
尻尾が
それから焦げ茶の毛束はフリフリ揺れて、シュルっと屋根の上に引っこんでいった。
代わりにひょこっと顔を見せたのは小柄な女だった。
「んもう、痛いやんかあ。なにすんのや、ルプス!」
エセ関西弁とともに現れたのはリスのような女性だった。
くりっとした丸い瞳。ぷくっと膨らんだ頬。茶色の髪はもふもふとしている。屋根の上で猛然と抗議するものの、かなり身長は低く、幼い子供ががんばって威嚇をしているように見えてしまう。
そこまでなら小動物的で可愛いといえたかもしれない。けれど、彼女の手にはヒョウタンが握られていて。
「もー、ウチがなにしたって言うんや。やってられんわァ」
小柄な女はヒョウタンをぐいっと
ルプスが顔をしかめた。
「まーた屋根の上で呑んでたの、ディディ?」
「ガハハ! すまんなぁ! ルプスがなかなか帰ってこんから心配で心配で!」
ディディと呼ばれた女性は、ぷはー、とアルコールくさい息をゴキゲンに吐いて笑った。
彼女が持っているヒョウタンの中身は酒だった。
ルプスはそんな彼女に非難の目を向けているが、リュートとしては胸が熱くなる想いだった。なぜなら。
(ああ! こんなところで二人目の本編登場キャラと出会うとは!)
ディディは『
(小柄で可愛らしい見た目から繰り出されるエセ関西弁、童顔ながら酒好きの成人女性、情報通で商売人気質……属性がてんこ盛りなんだよなあ、うんうん)
関西弁が“エセ”なのは『
本来のシナリオだと彼女と出会うのは〈
ゲームとは違う展開をしているために、出会い方もゲームとは違うものになっているのだろうとリュートは納得した。
「ほんでルプス、そっちのオトコマエな
(つ、つがい!?!?)
リュートは内心ドキッとする。それはルプスも同じだったようで、慌ててディディに訂正を入れようとする。
「ちがっ、リュートはそーゆーんじゃなくて……」
「いやァ、ルプスがこーんなちいちゃいときから見てきたけど」とディディは指先でどんぐりほどの幅をつくって強調し、「ようやっと旦那を掴まえよったか。やるやんけ、さすがはエリート
「そんなに小さくなかったでしょ! てか、リュートはそういうのじゃないんだってば!」
さすがにディディの表現は誇張が過ぎる。しかし、ディディがルプスよりも年上なのは事実だった。
(
「ほんじゃルプス、この
「うちに──〈
「ほぉ?」
ルプスの言葉に、ディディの目の色が変わった。ディディは酒の入ったヒョウタンに栓をすると、ひょいと軽やかな動きで屋根の上から飛び降りてきて、音もなく着地してみせた。
それからリュートに近寄り、スンスンと鼻を鳴らしながらリュートの周りをぐるぐると回り始める。
「
彼女の身長はリュートのみぞおちほどまでしかない。小柄で、可愛らしい高さ。けれど、ちっとも侮れない雰囲気がディディにはあった。リュートはごくりと唾を呑む。
「お、俺はそれでもなりたいんです、
「ほぉ! かっこええこと言うやん!」
ディディは気分良さそうに笑う。リュートの目の前で足を止めると、ウインクをして。
「自己紹介がまだやったな! ウチはディディ。〈
名乗りながらディディは手を差し出す。握手か、とリュートは応じた。小さな手だった。
「あ、どうも……リュートです」
「よろしゅう、リュート。ほな」
ディディのくりっとした目がキュッと鋭く細められる。
「──加入試験といこか」
直後、リュートの視界が一回転した。
◆ Tips ◆
小柄で、前歯が長めなのがチャーミングな種族。頬袋にナッツを詰め込……んだりはしないが、ぷくぷくと可愛らしい。
見た目からは実年齢が分かりづらい。
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キミと色づく灰路彷徨 ~目覚めたらポストアポカリプス世界でした~ 宮下愚弟 @gutei_miyashita
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