第5話 妖精を怒らせてはいけません
「何が妖精だ、この梨泥棒め」
激しく揺さぶられた緑ヤギは、ご主人さまの手をするりと抜けだすと、そのままご主人さまのおでこに一直線! ごつんという音がして、ご主人さまはのけぞりました。
「うおっ」
頭突きの後、ヤギの姿が見えなくなりました。
「あれっ? 妖精が消えた?」
ご主人さまはおでこを擦りながら、あたりを見回しました。
「おい、どこにいった! ……本当にいなくなったみたいだな。まったく何なんだ」
「変な梨泥棒でしたね」
ぼくの言葉に、ご主人さまは頷きました。
「ああ、まったく変だ。変としかいいようがない。大体なんで梨を盗み食いするんだ。ほかにもあるだろう、パンとかチーズとか。なぜあの妖精はよりにもよって梨を選んだんだ。私は梨が一番好きだということを知った上での犯行なのだろうか。つまり私への嫌がらせ? いや、そもそもどこから入ってきたんだ。部屋の窓はしめているぞ。では玄関をあけたときに入ってきたのか? いや、そんなものには気づかなかった。コームがイタズラのつもりで仕込んだのだろうか、なるほど、それなら大いにあり得るな」
「ご、ご主人さま……?」
あっけにとられてしまって、ぼくは呆然とご主人さまを見つめました。ご主人さまも、信じられないという顔をして、ご自分の口を片手で覆いました。
「あの、もしかして、おしゃべりになる魔法をかけられちゃったんですかね?」
「おしゃべりだと? この私が? 確かに私は必要とあれば口を開くこともあるが、決しておしゃべりな男などではない。だが、これが魔法だというのなら、そうか、あの緑のヤギが私に逆恨みをしたというわけか。なんて許しがたいヤギだ。そもそも、なんでヤギなんだ。ヤギの妖精なんて聞いたこともない。ヤギがおしゃべりの魔法をかけるというのも全く奇妙なことではないか。ヤギはしゃべれないだろう。だが、よく考えてみれば確かに動物のヤギはめえめえと鳴いてうるさいぐらいだが」
ご主人さまは自分の口を両手で押さえて、とめどなく溢れてくる言葉を物理的に遮りました。口を封じたまま目を白黒させています。
あーあ、どうするんですか。だから乱暴はよしたほうがいいって止めたのになあ。妖精に恨まれたら怖いんだから。
☆
夜になり、雪が降ってきました。
ぼくはご主人さまと一緒に、パーティー会場である作曲家の家へと向かいました。
おしゃべりになる魔法をかけられてしまったご主人さまでしたが、今夜の集いには人気ナンバー1の作曲家ヴェルメイユ様がいらっしゃるので、どうしても欠席はしたくないというのです。というか、このおしゃべりを利用して、ヴェルメイユ様に口げんかをふっかけてやろうと思っていらっしゃるご様子。
「ヴェルメイユのやつ、この前に会ったときに私のことをひどく侮辱したんだ。「きみは昔は見所のある曲を書いたものだが、今の落ちぶれようは見ていられないよ。何か問題でも抱えているんじゃないのかい? きみを支えてくれる女性がこの世のどこかにいればいいのに。おお、青薔薇の姫君よ、この哀れな男を救いたまえ! まったく女性というのは、どういうわけか僕のようなどうしようもない男に惹かれてしまうんだ。嘆かわしいことだよ」だとさ。なんて腹の立つやつなんだ。おしゃべりになる魔法だって? ちょうどいい、この機会にこてんぱんに言い返してやるとしよう」
そんなにうまく行きますでしょうか? ぼくはちょっと不安です。
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二通のラブレター ゴオルド @hasupalen
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