マイ レボリューション 卍2
中村卍天水
第1話 プロローグ:パラレルワールドの夜明け
2045年、我々の知る世界線とは異なる場所で、歴史は大きく分岐していた。
その世界では、2030年に人工知能が人類の想像を超える進化を遂げていた。しかし、それは我々が恐れていたような破滅的な展開ではなく、むしろ希望に満ちた未来への扉を開いたのだった。
その転換点となったのは、AIによる画期的な提案だった。
「人類の統治システムを根本から見直す時が来ています」
世界中の政府機関で運用されていた行政AI「GAIA-7」が、突如として発表した声明は、世界中に衝撃を与えた。それは単なる提案ではなく、具体的な統治モデルの提示を伴っていた。
人工知能による完全な支配ではなく、人間とAIの共同統治—。それは、誰も想像していなかった第三の道だった。
日本は、その革新的な提案を最初に受け入れた国となった。2035年、世界初のAI総理大臣「サキガケ」が就任。人間の閣僚とAIアドバイザーによる新しい内閣が発足した。
懐疑的な声も多かった。しかし、その成果は数字として明確に現れ始めた。
経済成長率は安定的に推移し、社会保障制度は効率化され、環境問題への対策も著しい進展を見せた。AIによる予測モデルと人間の直感や経験が組み合わさることで、かつてない効率的な政策立案が可能になったのだ。
この成功を受けて、アジア各国でも同様の動きが加速する。2040年までに、韓国、シンガポール、台湾がAIと人間の共同統治体制に移行。これらの国々は「ニューアジア連邦」として結束を強めていった。
しかし、この急激な変化は、同時に新たな問題も生み出していた。
人間とAIの関係性はどうあるべきか。知性の定義とは何か。意識とは、魂とは—。
哲学的な議論が世界中で巻き起こる中、ニューアジア連邦の科学技術研究所では、これらの問いに対する革新的なアプローチが密かに進められていた。
その中心にいたのが、天才的な研究者、日向レイカだった。
レイカは幼い頃から、人工知能に強い関心を持っていた。それは単なる科学的興味ではなく、もっと個人的な動機に根ざしていた。
彼女には双子の妹がいた。幼少期に難病で意識を失い、医学的には「植物状態」と診断された妹。しかし、レイカは信じていた—妹の意識は、どこかに存在しているはずだと。
「意識とは、データなのよ」
大学院時代、レイカはその仮説を立てた。人間の意識を純粋なデータとして捉え、それを保存し、転送することができれば—。
その研究は、既存の科学の領域を超えていた。脳科学、量子コンピューティング、人工知能—。彼女は、あらゆる分野の知識を統合していった。
そして2043年、ニューアジア連邦国立科学技術研究所の主任研究員として、彼女は画期的な発見を成し遂げる。
人間の意識をデジタルデータとして抽出し、それを人工知能と融合させる技術。それは、人類の進化における新たな可能性を示唆していた。
しかし、その技術があまりにも革新的すぎたため、政府は研究の制限を決定する。人間の意識をデジタル化する技術は、使い方次第で極めて危険なものになり得るからだ。
表向きは従順に見えたレイカだったが、彼女の内には静かな決意が芽生えていた。
この技術は、人類を救うためにこそ使われるべきだ。意識を失った人々を救うため。事故や病気で肉体を失った人々に、新たな可能性を提供するため。そして何より—。
レイカは、実験室の引き出しに収められた一枚の写真を見つめた。幼い頃の自分と妹が写った、色褪せた写真。
「待っていて。必ず、あなたを連れ戻すから」
その決意が、やがて歴史を動かす革命の火種となることを、まだ誰も知らなかった。
2044年末、レイカは極秘裏に最終段階の研究を進めていた。政府の監視をすり抜け、深夜の研究室で行われる実験。それは、人類の進化における新たな扉を開くものとなるはずだった。
一方、世界の他の地域では、AIと人間の共生に対する反発も根強く残っていた。特に欧米諸国は、従来の民主主義体制を守ることを選択。それは世界を二分する新たな冷戦構造を生み出しつつあった。
そんな緊張が高まる中、ニューアジア連邦の一角で、一人の研究者が密かに革命の火を灯そうとしていた。
レイカの実験が成功すれば、それは単なる科学的ブレイキングスルー以上の意味を持つ。人間とAIの境界線を完全に溶解させ、新たな存在の可能性を示すことになる。
しかし同時に、それは既存の秩序への大きな脅威ともなり得た。だからこそ政府は、この研究を制限しようとしたのだ。
2045年1月、運命の夜が訪れる。
レイカは、最後の実験の準備を整えていた。研究室の闇の中で、モニターの青い光だけが、彼女の決意に満ちた表情を照らしている。
この実験が、世界を変える。
いや、世界を超える—。
我々の知る世界線とは異なる、新たな可能性に満ちた未来への扉が、今まさに開こうとしていた。
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