第2話 腹が減ったら
大丈夫。船とか飛行機がきっと通ってくれる。その時に助けを求めたらいいんだ。そう思ってから暫く時が経った。気持ちに余裕が出来たら、非常に腹が減った。目が覚めてから何も食べていないのだから当然と言えばそうかもしれない。今が何時なのかはわからないが、太陽の角度とか、空の明るさからみて朝だと思う。朝食はいらないという人も勿論居る。オレは食べても食べなくともどちらでも良いタイプだが、今はとにかく空腹で、何か入れたい。
「食べ物とか...コンビニとかあるわけないよな...」
見渡す限り、砂浜と草原しかないその場所にコンビニエンスストアやスーパーマーケットといった人間生活に欠かせない施設があるようには思えなかった。というか無い。仮にあったとしても財布も無ければ金銭も無いのだ。胡座をかいて座っていた大地から腰を上げると、真っ先に砂浜へ歩き出していく。単純に、海があるなら海藻や小魚を見つけることが出来るかも...と考えたから。
「ヌメヌメしてるけど、昆布かな...」
結果、その考えは合っていたらしく、数本の長い海藻が波にのったようで、そのまま砂の上に打ち上げられていた。海水で砂を落とし、その深緑とも薄い黒とも言える海藻を少し千切る。全体が滑らかな油のようなものでコーティングされているかの如く、海水で洗ってもヌメりが取れない。だが、そんなことは大きな問題ではない。千切った海藻をライターで炙るからだ。唯一の持ち物で何故か持っていたライターの火をつけ、海藻に近づける。この海藻が昆布なのか他の海藻なのか、名称すら不明だが、火で炙れば大抵は食べられる...気がする。少なくとも殺菌はできているはずだ。適当な時間炙っているとぬめりは消え、縮んで硬くなった。見慣れた、味噌汁やつゆのダシに使う昆布っぽいビジュアルになったが、その味はどうか。恐る恐る、それを口に入れて噛む。
(なんとも言えねぇ...)
炙ると昆布のような海藻は、例え昆布でなくともそれ単体で食べるものではなかった。おでんのようにつゆに浸かっているわけでも、おせちのように味が付いているわけでもない。胡麻で和えたのでもない。単純に炙っただけなのだ。海水で洗ったからか僅かに塩味がしたが、残りの生の海藻を炙ったとして、食い切れる自信はない。いっそ、生のままいってみようか。
「...」
ダメだ。身体が躊躇している。さっきのは加熱処理をしたからいけたが、生になると手が進まなくなる。現に採れたてで生の昆布、わかめやめかぶなんかを食った記憶がなかった。食べたのはいずれもなんらかの調理や処理がなされていたものだけだ。
いや、別に海藻だけに頼る必要はないんだ。海があるんだから、魚がいるはずだ。
「もったいないけど...」
海藻を手放し、再び砂の上に寝かせておくことにした。何か新しい調理方法、それに必要な物を用意するまで海藻は一旦置いておこう。さあ魚を捕まえようか。
(居ねえ!)
こんな浅瀬にいるわけがないから、わざわざ靴下とシューズを脱いでジーンズをたくし上げてから海に進んで行ったというのに、魚が一向に見つからない。なんだ、探している場所は魚にとってはまだ浅い水位なのかな?
腕まくり、ジーンズを更にたくし上げ、海を歩いて魚を探すこと十数分...
「いるっ!いた!」
海中でこちらの足を掠めた魚影。その動き方も明らかに魚だ。両の腕を海に突っ込み獲物を捕獲
「はぁ!?」
できない。魚は俊敏で、捕まえんとする手を抜けていく。小回りが効いている上に水中での機動性がこちらとは段違いだ。負けずと魚を追いかけ水飛沫が激しくなるも、もはや相手に弄ばれている状態。側から見たらなんとも不恰好な攻防を繰り広げていることだろう。
「なんなんだこいつ!!!」
魚だ。
「......居ねえじゃねえか......」
散々追い回した挙句、見事獲物に逃げられてしまうという失態。魚にとっては良い運動になっただろう。
意気阻喪、ふやけた手足で陸へ戻る。探せばその辺の足元に貝がいるかもしれないが、今のこの男にはそんな思考が浮かばなかった。
両手両足は濡れているため、陸に上がると砂浜の砂がびっしり足裏に付いてきた。そして低音を発する己の腹部。動き回って更に腹が減ったのに収穫が無いというのは精神にくる、痛感していた。靴下とシューズを回収してまた草原へ。なんとか足裏についた砂を払い落とそうと奮闘している途中、草原の木を見上げると赤い実がなっていることに気が付いた。
(頼む、中に虫なんかいないでくれ)
手を伸ばしたら届く位置にあったのはラッキーだ。もぎ取った木の実は赤色で大きさがそこそこあったが、リンゴではないようで、柔らかくて縦に長くなっていた。どちらかといえば野菜のパプリカのような外見をしている。果たしてこれは食べても大丈夫なものなのか...常人なら警戒しそうだが、この男は空腹でそんなことは気にしていられないのだ。
豪快に、その明るい赤にかぶりついて...吐き出しかけそうになった。
苦い。とにかく苦すぎた。木の実の一部を口内に入れて数秒後、唾液が湧き出てきて苦味を追い出そうとしてきた。
(ヤバいヤバいヤバい、これはマジでヤバい)
半ばもがくようになりながらなんとか飲み込むと吐き気に襲われた。見知らぬ木の実をそのまま食べるとこうなると、堂上は胸にも胃にも口内にも刻み込まれてしまった。これを食べるならまだ炙った海藻を齧っている方がマシだ。
食べかけの赤い実は元々なっていた木の根元へ寝かせておく。海藻に次いで2つ目に無駄にしてしまったものだと思うと、更に気分が落ち込む。
たくし上げていたジーンズの足元は元に戻っていて、裸足は乾いて砂が大分落ちているのにも関わらずその場に寝転び空を仰いだ。
(腹減った)
ただそれだけだ。人は何故食べるのか、それは食べたいからか。確かに食欲は人間の三大欲求のうちの一つだからその答えは間違っていない。それ以外、それは食べないと生命活動が出来ないからだ。食べ物を食べるという行為は生きていく為に必要不可欠、当然人間だけではなく、この世の生あるもの全てが何かを食べて生きている。何かを食べないと生きていけない。生物の種類によって食べ方、エネルギーの補給方法は異なるが、結局は食べているのと同じだ。機械だって燃料を入れないといつかは動かなくなる。
確か、"腹が減ったら戦はできぬ"みたいな言葉があったはずだ。まったくもって、仰る通り。仰る通りだよ。
「眠...」
動いたからか、突然眠気が。ぼーっと空を見つめつつ、重い瞼を閉じていく。空腹を忘れられるなら全然良いかな、などと思考した後、男は再び眠りに落ちていった。
謎島サバイバルライフ クロ @koshian5
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