トリック・オア・トリート
水面に映る孤月
トリック・オア・トリート
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ!!」
「まぁ可愛い仮装ね。お菓子をあげましょうね。」
もう日も暮れ、木々の合間から夕陽が差し込む時間帯。普段ならもう子供は家へと帰路に就く時間なはずなのだが、今日に限っては未だに元気よく周囲を駆けずり回っていた。よく見ると、そういった子たちはそれぞれ思い思いの衣装に身を包み、周囲の大人たちからお菓子をもらっていた。
「ハロウィンに併せて自治会がイベントを開くだけで、こんなに人が集まるものなんだな……」
個人的にはハロウィンは好きなのだが、ここまでの盛り上がりはちょっと無いな~とも思ってしまう。それは私が人の集団を嫌ってるのが半分、どう他人とコミュニケーションをとればいいのかがわからないのが半分と、どちらも後ろ向きな理由であるのが物悲しいのだが。
「トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ……か。いいよね~」
そんなことを思い、すっかり賑やかになった公園で一人静にブランコを漕ぐ。仮装もしていない制服姿だからか、大人にも間違えられないためにこの場にいる誰も声をかけてこない。私の周りはブランコが奏でる微かな風の旋律のみが占め、外からの干渉を一切許さなかった。
そんなことをしているうちにすっかりと日は落ち、辺りは徐々に暗闇へと包まれ始める。後ろを振り返れば、家も疎らな農道のそばにある街灯も一部が点き始めるなど、もはや夕方とは言えないような状況へと変わっていた。
「「またね~」」
日が完全に地平線の彼方へと隠れて周囲の風景を眺めるのに街灯の助けを必要とするようになってから、徐々に徐々に子供たちの中でも「帰らなければならない」という意識が生まれたのだろうか。あれだけ賑わっていた公園からは少しずつ子供たちが姿を消し、それに続くように大人たちも家への道を歩み進める。ものの数十分で公園は普段通りの完全な静寂を取り戻し、子供の時間は既に過ぎ去ったことを暗黙に示していた。
そんな暗闇を再度切り裂くように、公園の中に複数の明かりが入ってくる。恐らく懐中電灯であろう光は公園の中を隈なく照らし、最終的にはブランコに座っていた私の姿を眩しく映し出した。
「こんな時間までどうしたの?もうイベントは終わったよ?」
その正体は、私もよく知る自治会の役員を担っている人たちだった。その中でも最年長のおじいさんが、おずおずといった様子で私に声をかけてくる。心の底から心配していることがその声音からも容易にわかったが、私にはその声掛けにどう返したらいいかわからなかった。暫く完全に固まったのち、私はゆっくりと口を開く。
「いえ、大丈夫ですよ?もうすぐ帰るので。」
「いや……」
「大丈夫ですよ。」
我ながらズレた返事をしていると思いつつ、まだ何か言おうとするおじいさんに被せる様に話すことで発言を封じることはしっかりと行い、言葉よりも明確に態度で拒絶の意思を示すことは忘れない。必要な行為であると自覚しているものの、そういったことだけはスラスラと出来てしまう自分に心底嫌悪がわく。
それからも何度と話を振られたものの、その一切を黙殺して目を閉じる。その態度に察したのか、最後には「すぐに帰るんだよ」との声がかけられた後に足音が続き、元の何も聞こえない公園へと回帰した。そうなってからも私は目を開けずに、ゆっくりとブランコを漕ぎ続ける
「おい、来たぞ。」
その、いつも聞きなれた声で私は目を開く。目の前にはニヤニヤとした表情を浮かべた複数の男女が立っていた。彼ら彼女らが来たということは、真に子供の時間は終わって、大人の時間が来てしまったということなのだろう。私は諦めにも無関心にも思えるような冷めた表情をしながら、顔をぎこちなく動かして笑いを作る。
「あぁ、そういえば今日はハロウィンか?なら、こう言ってやるか。トリックオアトリート、お菓子くれなきゃいたずらするぞ。」
やっぱり、どっちかだけでいいなんて、しあわせだ。
トリック・オア・トリート 水面に映る孤月 @Minamo_Creation
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