第2話 素晴らしい世界

――パシャパシャ。


 浴びせられるシャッター音。かぼちゃから恐る恐る出ると、そこは――多分、異世界だった。


 灰色の高層ビルがひしめき、空が遠く、人が、とにかく多い。人と言っても人間だけじゃなくて、魔族や見たことのない種族もたくさんいる。


 この人の集まり方、まるで、蜂歌祭――マナが歌ったときみたい。


「う、やば……っ」


「あかりさん、あちらへ避難しましょう」


 あかりは人に触れるのが苦手だから、この人混みもかなりきついみたいね。真っ青な顔で口元を押さえている。


「まな、こっちもちょっとヤバいかもしれない」


「ハイガル、どうし――って、なんで今、フクロウの姿に?」


「魔法が使えないんだ。目も見えん」


 ハイガルは本当はフクロウさんの姿をしているの。真っ白でもこもこで可愛いフクロウさんね。


 それからもう一つ、目が見えないのだけれど、いつもは魔法で見ているらしいの。


「……使わない方がよさそうですね」


「だって、ここ、渋谷……の、ハロ、ウィ……うっぷ」


「仕方ありませんね。――おい、鳥野郎。まなさんと一緒に逃げる権利をくれてやろう」


 いつも誰に対しても丁寧な言葉遣いの、あのマナが。あの、マナが……!


「マナが反抗期になっちゃったわ、どうしましょう」


「反抗期なんて可愛いものだろ。大丈夫だ」


「そうね。反抗期でもマナは可愛いわ」


「えへへ……」


「ツッコミ不在……うっ」


 力持ちのマナに背負われ、走って人混みを駆け抜ける間も、パシャパシャと写真を撮る音がした。異世界にまでマナの名前は知れ渡っているのかしら……そんなはずはないわよね。


***


「はっ、はぁっ……マジで、最悪……」


「あかりさん、まだ吐きそうですか?」


「ううん。マナに心配してもらえたから治った」


「そんな顔色で言われて信じるとでもお思いですか?無茶もいい加減にしてください」


「……ごめん。色々、言いたいことはあるんだけど。これ以上、喋ったらおぇっぷ」


 あかりは本当に真っ青になっていて、しばらく立ち直れなさそうだった。


 ――パシャパシャ。


 またカメラの音が聞こえる。


「シブヤという言葉に聞き覚えはありません。私が知らなくてあかりさんが知っているということは、彼の故郷の言葉なんだと思います」


「百科事典が異世界に来たみたいな言い方ね」


「私に知らない言葉などありません」


「強い……」


「かっこ確信」


 あかりが落ち着くのを待ってから、あかりの知っている限りのことを聞くことに。


「渋谷のハロウィンを分かりやすく言うなら、日本一狂ったお祭りだね」


「日本一……国内一のってことね」


「その言い方なんか違和感ー。とにかく、人が多いし、やりたい放題なやつもいるし、やべー祭りだね」


「それで、写真を撮られるのはどういうことなんですか?まなさんの顔は映らないようガードしていますが」


 いつの間に?速すぎて見えなかったわ……。


「なんかの仮装だと思ってるんだろうね。よくできたコスプレだなーって。まなちゃんの赤い目とか、ハイガルくんの青い髪とか、カラコンでもウィッグでもなかなか出せない色だからね」


「私は、いつもより、見られていない感じがします」


「そうだろうね。マナのビジュは地球でも上から五番以内には入るはずだけど、やっぱり好みっていうのがあるから」


「元の世界ではすべてにおいて私が一番であり、私以外は見えないような人が大半でしたが……」


 そう。マナという名前を聞けばまず間違いなく、ほとんどの人が最初に彼女を思い浮かべる。それほどまでに、彼女は元の世界では有名だ。


「うん。それがヤバいだけで、普通はこんな感じだよ。顔がいいからみんな振り返りはするけど、有名人ってわけでもないからね」


「そうですか。……少し、気が楽ですね」


 絶えず監視されている世界から、監視の緩い世界へ。マナは色々と苦労しているのよね。


「まなちゃんも、赤い目のこととか、今は気にしなくていいよ」


「赤い目は普通なの?」


「普通じゃないけど、みんなコスプレしてるし、人のことなんて構ってられないからね」


 すれ違う度、私を責めるようなあの視線を、受けなくて済むのね。それに、怯える必要もないし。


「ハイガルくんはこの世界、どう思う?」


「俺は、嫌だな」


「へえ。なんで?」


「うるさいから」


 ハイガルは耳が良いから、遠くの音も聞こえるのよね。あたしには聞こえない何かが聞こえてるのかも。


「ははっ、さすが。僕も、この世界はあんまり好きじゃないんだよねえ。早くあっちに戻ろう」


「魔法もないのに、戻れるの?」


 問いかけると、三人が顔を見合わせ、明かりが切り出す。


「魔法がないってわけじゃあない。魔力自体はあるからね」


「そう、なの」


 ちょっと、残念。


「まあ、使えない人がほとんどだけどねえ」


「魔法を使う人がいないので、大気中の魔力のほとんどが非活性なんです。体内の魔力であれば消費できますが」


「使ったらなくなるからな」


「鳥は黙っててください」


「ホーホー」


 ハイガルはいつも、目を見えるようにしたり、フクロウから人の姿になったり、たくさん魔法を使っているから、この世界では魔法が使えないのね。


 それにしても、まんまるで、真っ白で、可愛い。もふもふだし。あたしより小さいし。


「ま、でも本当にあんまり喋らない方がいいと思う」


「あかりの裏切りに遭った」


「裏切ってないよっ!?ただ……この世界の鳥は喋らないんだよ」


「どういうことだ?さっきの人混みの中にも、話せる鳥がいたじゃないか」


「あれはただのコスプレだから。本物の鳥が喋ってたら、研究施設とかに入れられて、死ぬまで実験され続けるよ」


「ホ、ホー……!?」


 な、なんて恐ろしい世界なの……。ハイガルには申し訳ないけれど、黙っていてもらうしかなさそうね。


「そもそも、この世界には人間以上に発達してる文明はない。要は、魔族がいないってこと。赤い目も、あんまり目立つと捕まるかもね」


「ひゃっ」


 昔みたいな暮らしはもうこりごり。どうにかしてこんな怖い世界から逃げないと。


「――私は、素晴らしい世界だと思います」


 不意に、マナがそんなことを言い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうせみんな死ぬ。〜はっぴーはろうぃん〜 さくらのあ @sakura-noa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ