どうせみんな死ぬ。〜はっぴーはろうぃん〜

さくらのあ

第1話 お姫様の馬車

「まなさん、まなさん!」


 その日は、いつもはねぼすけな子が、珍しく朝からはしゃいでいた。子、と言っても、誕生日は同じで年齢も同じなのだけれど。


「何、マナ?」


 その上、名前も同じ。まあ、見た目はあんまり似ていないわね。マナはきれいな桃髪だし、すごくかわいいし、背も高いから。


 背の小さい私は、マナにひょいと持ち上げられて――え?


「ちょ、ちょっと!」


「行きましょう!」


「どこに!?」


「異世界に!」


「何言ってるのマナ。頭おかしくなったの?」


 後ろから脇の下に手を入れられて、そのままなすすべなく、一階へと持ち運ばれる。


「まなさんをお連れしました!」


「ぶはっ。まなちゃん、反省中のネコみたい……っ」


 持ち上げられている私を見て、茶髪のポニーテールを腰まで伸ばした麗人が、吹き出した。腹立つわね。


「マナ。あかりに制裁を加えなさい」


「はい!おりゃあ!」


「ちょまっ!?ぐへっ、ぼふっ、むぼっ」


 蹴り上げられて天井に背をぶつけた後、壁に叩きつけられ、床に這いつくばっていた。


「……軽率にマナに頼んだあたしが悪かったわ」


「まなさん、本当に反省してますね。かわいいです」


「あんたが反省しなさいよ。……それで、異世界がどうたらって言っていたけれど、どういう意味?」


 やっと床に足がついた。


「最近、噂になっているんですよ。十月三十一日に、とあるかぼちゃに魔法をかけると馬車になって、異世界に連れて行ってくださるそうです」


「僕の知る限り、かなり平和な転移方法だね」


 ひょこっとあかりが復活する。そういえばあかりは、マナからもらったものなら痛みだったとしても喜ぶのだったわね。


「あかりはもともとニホン……に住んでいたのよね?そんなにみんな転移していたの?」


 こちらの世界でも行方不明者こそ多いけれど、異世界に行ったという話は聞かない。


「あーうん。大体、トラックに轢かれてからが本番かな」


「し、ししし、死……!?」


「あかりさんは私の魔法陣で安全に呼び出しましたよ」


「あと一秒遅かったら死んでたけどねえ。いや、むしろ死んでたのかも」


「怖すぎるわよ……」


 この二人はこういうことを平気な顔で言うから、こっちがおかしいのかと思っちゃうわ、まったく。


「面白そうなことをやってるな」


「あ、ハイガル!」


 ハイガルは背が高くて髪が青色で、とてもお世話になっているの。あんまり外に出て来ない時期があったから、こうして自分から来てくれると、すごく、嬉しい。


「鳥は呼んでいませんが?」


「まなは嬉しそうだけどな?」


「……シャーッ!」


「ホーホー」


 マナとハイガルはいつも通り、子どもみたいにはしゃいでいる。


「相変わらず仲良しね」


「仲良くなんてありません!」


「ところでその噂だが、とあるかぼちゃっていうのは多分、これのことだ」


 ハイガルが差し出したのは、どこからどう見ても、かぼちゃ。皮が緑色で、分厚くて、大きくて、重そう。


 身長差のせいでハイガルの手元が見上げる位置にあって、見上げていると、私の頭にかぼちゃを乗せて少しずつ、手を離していく。


 重たいかぼちゃを乗っけてバランスを取るのは、なかなか難しいわね……って重……首が折れる……。


「……あんまり遊んでると、はっ倒すわよ?」


「コワイコワイ」


 かぼちゃは回収された。


「まなさん!こっちに来てください!」


 マナに強引に引き寄せられて、私はハイガルから引き離される。まあ、マナがやきもちを焼くのはいつものこと。


「でも確かに、そのかぼちゃには変な魔力があるねえ。まなちゃんに触ってるときも魔力が消えないし」


 私に触れている者や人は、魔力が非活性になる。


 簡単に言うと、魔力には電気みたいにオンオフがあって、スイッチがオンになってる魔力は魔法に使えるけれど、オフになってる魔力は空気みたいなもの。


 私が触れたものは全部、スイッチがオフになるから、魔力が消えたように見えるらしいわ。まあ、魔法が使えない私には何も見えないけれど。


「要するに、このかぼちゃは何か変ってことね」


「そういうことだ」


「ちなみにそれ、どこで見つけたの?」


「んー、なんか……ベランダで育った」


 ハイガルはベランダで家庭菜園をしているけれど、かぼちゃって、そんなに簡単に育つものなのかしら。


「何も植えてないはずのプランターに、星が降ってきて、ばーって光って、なんかかぼちゃが育ってて、今に至る」


「何それめっちゃすごそうじゃん!」


 あかりが黒い目をキラキラと輝かせる。


「本物の星が降ってきたらこの宿舎ごと燃えてるわよ」


「夢がないなあ……。まあ、なんか、魔力の星だったんだろ。知らんけど」


「鳥の与太話なんて付き合うだけ時間の無駄です。えいっ」


「お前、人のものに勝手に――」


 マナが魔法をかけ、ハイガルが抗議しようとすると、かぼちゃがぶくぶくと、膨れ上がっていく。


「ちょっ、これ、ヤバくない!?宿舎壊れるけど!?」


「――魔法が効きませんね。まなさん、逃げますよ」


「……すごい」


「え――?」


 大きなかぼちゃからは、甘い匂いがする。白馬が現れて、手綱がついていないのに、お馬さんの動きに合わせて車輪が回る。


 座席がにょきっと現れて、大きい十字窓はピカピカ。その表面は緑の分厚い皮から、眩しいくらいのオレンジへと変わっていた。


「乗りたい!」


「マズい、まなが幼女モードに入ってしまった……」


「なんですか幼女モードとは」


「魔法が使えず効かないまなは、魔法世界の住民にはよく分からない、謎の憧れモードを発揮することがあるんだ」


「行きますよ、まなさん――」


「やだ!乗るの!」


 お姫様がお城に向かうときの馬車にそっくり。お姫様にはお姫様なりの大変さがあるけれど、それはそれとして、この馬車はすごく可愛い。


「はぅっ。可愛すぎて無理やり連れて行くなんて、とてもできません……!」


「俺にも無理だ……。こんな可愛いの、どうやって諦めさせろと言うんだ……!」


「マナもハイガルくんも何してるのさ。甘やかしちゃいけません――って」


 馬車の中が虹色に光る。私はその中に飛び込んでいく。


「まなさん、待って!」


「ちょ、マナ!?……行くしかないか!」


「なんか楽しそうだからついてくか」


「ハイガルくんってなんでそんなに余裕あるのおおおおお!?!?」


「楽しいー!あははっ」


 馬車に乗り込むと、虹色のトンネルを通り、私たちはどこかへと連れて行かれた。

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