第12話 譲れぬ想い、相撃つ
『来たか、伊織』
「待たせちゃったかな?」
『いや、程よい余興も見られたのでな。阿修羅のやつはどうだった?』
「面白かった! 僕の速さに追いつくなんて、彼の鍛錬も見事なものだ。でも今日でそれはおしまい。次はないんだよね?」
『どこかの誰かが決めた決まり事に、我らが乗るのは癪だがの』
「だからその前に決着をつけに来た」
すらり。
伊織は空間を握った先から血の刀を抜き出した。
『クカカ、盟約を交わしてもな、我を信用できぬか?』
「信用とかそういうのじゃないよ。僕は技を繰り出しながらの会話が好きだから。だからスーちゃんとは普通の会話よりも技を繰り出す会話が好きなんだ。引き受けてくれるかな?」
『無論、断る理由もない』
両者のオーラが弾ける。
空間の時が止まったかのような圧迫感。
電子機器は通信障害を起こし、両者以外の生物は地面に縫い付けられたかのように錯覚した。
目を開いてその勝負を見ることしかできない、刹那の戦いを。
ーーーー
それは姿が見えない、残像が引き起こした両者の激しいぶつかり合いだった。
赤い線を須佐男が、青い線を伊織が繰り出しながらの剣戟。
両者一歩も譲らず、追撃に追撃を重ねてさらにそれを追い詰めていく。
回復力に定評のある鬼とは違い、伊織は生身である。
腕が四本ある大鬼、須佐男についていけるだけでも十分に規格外。
汗を拭う暇もない剣戟はいつしか鳴りを潜めていく。
姿の見えなかった二人は、時をスローにしながらも戦いをやめなかった。
付け入る隙がないほどの技の応酬の果て、最後に立っていたのは両名ともで。
『ふーっ、ふーっ。我がここまで追い込まれるほどの武人。死出の旅路にいい土産話ができたわ』
「はー、はー、はー」
雄弁な須佐男に対し、伊織は息を整えるのでいっぱいだった。
『声も出せぬか……そう睨むな。別に取って食ったりはせぬよ』
「随分と余裕じゃんか」
『そうでもない。己の死期がわかるだけの話よ。我はまた封印されるのかと、達観しておるのよ』
「封印? もう遊べなくなっちゃうってこと?」
『そういうことだ。お前との勝負は楽しかった。心が躍った。我が地獄に一番乗りじゃ! 結託した同志には面目が立たぬがの、それも終いじゃ。酒の肴にでもしてやるわ』
「ダメだよ! 僕との約束はどうなっちゃうのさ! 僕の懐刀になって、違う場所でも暴れるって!」
『そういう話もあったの。しかしな、コアを砕かれては我ら鬼は生きていけぬ』
伊織の目の前で、強い光を失っていく抜け殻のようなコアがあった。
全力を尽くしてもなお、仕留めきれない相手の魔石だ。
それを握りしめ、薄れゆく声に耳を傾け続けた。
「スーちゃん」
『なんじゃ?』
「楽しかった、ありがと」
『そうか、我も楽しかったぞ、伊織。また会おう』
それだけの言葉を残して、伊織の中から同居人の存在は消えた。
まだまだ話したいことはいっぱいあった。
消えた焼き鳥の件も問い詰めてない。
あれは絶対スーちゃんが盗み食いしたに違いないのに。
思えば、たった一晩でのやり取りだった。
酒を酌み交わし、一晩泊まって。
テレビでの会話もそこそこに、伊織は自分のペースを貫いた。
本当はもっと泣き腫らすほどの別れだが、あいにくと伊織の涙腺は乾ききっていた。泣いて別れるのは違うと、心のどこかで感じていたからだ。
「終わったよ。ちょっと強い鬼はもう出てこないって。それで、このダンジョンはこれからどうなっちゃうの?」
向き直り、ようやく時が動き出した世界では、歓声が巻き起こった。
「伊織さん」
「何?」
「伊織さん!」
「だから何って、痛いよお姉さん」
体格差で負ける百合に勢いよく掴みかかれ、困惑顔の伊織。
「本当にあんな化け物をやっつけたの?」
「化け物ってスーちゃんのこと? そうだね、友達だった。初めて僕の剣術に土をつけた存在だった。まだまだ遊び足りなかった。でも、もういないんだよね?」
伊織は泣いたつもりはない。
だけど今になって涙腺が緩み始めた。
現実と向き直り、ポロポロと頬に水気が滴った。
「あれ、僕……」
「いいの、もういいのよ。あなたは一人でよく頑張ったわ……もう一人で背負い込まなくて大丈夫だから」
「う、うぁああ」
そんな泣き虫だった伊織を、百合は母性をくすぐられて抱きしめることしかできなかった。家族を失い、門下生を失った伊織に残されたのは剣術だけだった。
そんな伊織と対等に技をぶつけ合える存在がいた。
しかし、その存在は伊織の手で屠ってしまった。
今のいおりには心の中を埋めていた充足感がぽっかりと抜け落ちてしまった形だ。
何もない少女はまた、親しい存在を失ったのだ。
そんな光景を、カメラが捉え続けている。
:どうなったの?
:またカメラが故障した
:ようやく回復したと思ったら、大鬼がぶっ倒れてる
:この間、5分です
:じゃあ五分で倒したってこと!?
:すげええええええええ
:歴史に名を残す戦いを直接見れなかったのは残念だが
:藤堂プロが尻餅をつく姿が最後の映像だった
:それはやめて差し上げろ
:そんで、カメラが回復したら、これよ
:てぇてぇかな?
:誰かこの二人の関係を詳しく! 病気の妹がいるんです!
:病気の妹関係ないだろ
ダンジョンを斬る! 番組史上最高の視聴率を誇ったこの番組は、のちに伝説の回として語られるまでに至った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます