第3話 スーちゃんとテレビ
「それじゃあスーちゃん。適当に座って」
脇差に宿ったスーちゃんを連れて自宅に帰る。
今じゃすっかり寂れてしまった剣術道場は、家主の帰宅を温かく迎えてくれはしなかった。
消灯された室内に、電気をつけてようやく息を吹き返す。
常に薄暗い視界を歩いてるのもあり、照明のスイッチがどこにあるのか手に取るようにわかる。
室内に通し、座布団を引いていく。
僕だけの分じゃなく、スーちゃんの分もだ。
『我に肉体はないのじゃが?』
「あ、そうだったね。普通にお話しできるから、すっかり肉体がある前提でおもてなししてたよ」
脇差の柄がほんのりと温まる。
『我にその肉体を明け渡してもいいのじゃぞ?』
「まだそこまでの仲じゃないよね?」
それだけはキッパリと断った。
だって僕が寝ている間に何されるかわからないじゃん。
僕、そういうのは厳しく躾けられてきたからだめだと思うんだよね。
『つまらんやつだのう』
「あ、そうだ。テレビ見る?」
『この板がどうした?』
うちにはテレビがある。
僕はそこまで興味ないが、まだ家族と一緒に暮らしていた時のが残っている。1人で暮らしている時は見る必要もないと思っていたが、もう1人の同居人は僕と違ってダンジョンの外に興味津々だ。
それに、戦い以外の風呂敷の広げ方を僕が持ち合わせていないというのもあった。
「僕は見ないんだけど、この板切れから人類は情報を取得するんだよ。父さんや母さんがいた頃、この板切れは様々な映像と音楽で家庭に花を添えていたんだ。僕は理解できなかったけどね」
『ふむ、そうじゃのう。少し体験してみるか』
スーちゃんはチャレンジ精神に溢れている。
僕とは大違いだ。
「先にお風呂いただいちゃうね」
『水浴びか。我はその間人間たちの情報を集めといてやろう』
何やら興味津々にテレビにハマるスーちゃんを後に僕は多々高いお湯をいただいた。水浴び、沐浴だなんていうけど昔の人はお湯に浸かるという概念はなかったのかな?
体を洗い、頭も洗う。
最近髪の伸びが早い。
目は良くないけど、触ってわかるものや、感覚が僕にそれを教えてくれる。
一度床屋の世話になっておくべきか。
いや、まだいいよね。
多少長くったって剣を振うのに対して邪魔じゃないし。
「結局長湯しちゃった」
少しスーちゃんを放置しすぎたかなと思って今に戻れば、スーちゃんが楽しげにテレビについて語った。
『戻ったか。このてれびという板切れ、すごいぞ! 我はこの板が気に入った!』
「よかったね。じゃあ僕はもう休むから、スーちゃんはどうする?」
『日は随分と高いがもう休むのか?』
「僕、休める内に休んどく性質だから」
『そうか。我はまだまだこのてれびという板が気になるぞ』
「あんまり夜更かししちゃだめだよ? 電気代だってかかるし」
そんなこと言っても、幽霊には通じないか。
電気っていう概念も知らなそう。
「うわっ、寝過ごした!」
そんな風に寝入って、目が覚めたら朝日が昇っていた。
『随分と寝入っていたな。疲労が抜けておらぬ証拠だぞ?』
同居人がねぎらいの言葉をかけてくる。
冷蔵庫の中には買い置きの焼き鳥があったはずだけど、いつの間にかゴミ箱の中に空のパックが捨てられていた。
「ねぇ、焼き鳥知らない? 朝に食べようと思ってたんだけど」
『我は霊体ぞ? 如何にして食べられると思う? おおよそ夜中に起き出して自分で食べたのではないか? ほれ、口元にタレがついておるぞ?』
言われて口元を拭うと、確かに甘辛いタレが手の甲に付着した。
「おかしいなぁ」
買い置きを食べないよう自制はできている。
稼ぎがほとんどないからね。
無駄なお金は使わないようにしてるんだ。
道場は自分の持ち家だから家賃がかからないけど、それでも生きていく上でお金は必要だ。
門下生、入ってきてくれないかなぁ。
教えてお金もらえる生活したいよぉ。
「まぁしょうがない。今日もお金を稼ぎに行こうか。スーちゃんはどうする? テレビでもみてる?」
『抜かせ、我らは一心同体よ。それにお主がいなくてはつまらん。また焼き鳥を喰らいながら語り合おうぞ』
「その前に一勝負大丈夫そ?」
僕がダンジョンに赴くのは力が鈍らないようにする目的もある。
せっかく戦える相手ができたのに、ご飯を食べるだけってのもね。
『完全に封印が解けた我と試合になると思っておるのか? 片腹痛いわ』
「もちろんだよ。だって僕も本気を出してないもん」
『ほほう、いまさら吐いた唾は飲めんぞ?』
「二言はないよ!」
道中で脳内レスバトルをしながら最寄りのダンジョンへ。
そこではやけに人だかりができていた。
こんな場末に、誰か有名人でもきたのだろうか?
次の更新予定
剣術家少女は現代ダンジョンに挑む めいふたば @mei-futaba
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