第2話 話し相手はゴブリン

「聞いてよ、スーちゃーん」

『聞いておる、聞いておる。だからそんなに絡んでくるな』

「本当ぉ?」


 Fランクダンジョンの深層の更に奥。

 鳥居の奥にある祠の前で、伊織は頭からツノの生えた少女に絡んでいる。


 名前はスーちゃん。伊織の命名だ。

 割と話のわかる、ゴブリンの少女である。

 一度試合って、伊織の剣技を悉く受け流し、初めて引き分けに持ち込んでから仲良くなったのだ。


 そんな馴れ初めを迷宮探索科の人に話したら「それはきっとゴブリンの亜種ですね」と言われたのでゴブリンなのだろう。

 本人は否定してるが、世の中自分の容姿を認められない人はたくさんいるからね。

 伊織もそれを言い出せない体型を有していた。


 いまだに女の子と間違われる幼い顔と、華奢な骨格、高い声など。

 言い訳ができない立場にあった。

 男を23年もやっている。それが伊織の口癖であった。


『こら、酒臭いぞ。如何に我が酒を好む鬼であろうとも、そんなベロンベロンに絡んでくるなら相手しないからな?』

「照れないで。どうせ僕以外に友達いないでしょ? こんなところで祠のお供物盗み食いしてる時点でお家も友達も少ないってはっきりしてるから」

『盗み食いではないわ。これは我への貢物よ。いい加減その楽観的な思考をやめぬか。そろそろ不快ぞ?』

「本当ぉ?」


 伊織はゴブリンを窘める。

 自らを須佐男と名乗るゴブリンに笑いが止まらないのだ。

 見るからに女の子の身なりをしていて、男の神様だと語ればおかしくなるものだ。

 お前にだけは言われたくない、とはゴブリンの弁。

 伊織もまた、気配は女のそれであった。


「じゃじゃーん! 今日のお土産は『鶏超のおすすめ串焼きセットと、地酒鬼殺しだよぉ。スーちゃんこれ好きだったよね。奮発して買ってきちゃった」

『お主の貢物は質が高いからな。良いぞ、捧げよ』

「何言ってんのさ。そんな偉そうにしなくったってあげるよ。でも捧げるっていうのは違うな。一緒にお酒を酌み交わさない?」

『それでは契約になってしまうぞ?』

「またまたー」


 このゴブリンはいじらしいことに虚言癖があった。

 妄想もたくましく、自分が妖怪の総大将と信じてやまない。

 伊織はそんな彼女を気に入っていた。

 しかし事実は異なる。

 伊織もまたぼっち。ぼっち同士が傷の舐め合いをしているというのが正解であった。


『我の力を有してもまだ、お主の脇差程度にしかならぬとは。底の知れぬおなごよ』

「だから僕を女の子扱いするなってば」

『魂がおなごなのよ。肉体の話ではない。我ら鬼にとっての好物よ。それが単身乗り込んできて、我を弄んだ。遅かれ早かれこうなっていたのであろうな。ここいらが潮時であったか』


 時に真実は人を傷つける。

 性自認が男の伊織は、魂が女と言われてショックを受けていた。

 事実、女である。自らの性別を偽っているつもりはないが、親のスパルタな修行を受けて性別などどうでも良くなってしまった。

 それが伊織の生い立ちであった。


『今後ともよろしくな、契約者どの』

「スーちゃん、消えちゃうの?」

『消えはせぬ。我の魂はこの祠に縛り付けられておるからの。酒を酌み交わしたければここにくるが良い。ただし、そこにいるのはいつもの我とは少し違うかも知れぬがな。封印が解けた。お主が我を解き放ってくれたんじゃ。真の実力者目覚める時、我々鬼も深い眠りから覚める。そういう伝承を知らぬか?』

「学校に行ってないからね。昔話くらいなら聞いたことあるけど」

『無学なのだな』

「僕は生まれてこの方剣の道一筋だからね」


 橘流は技と考え方を伝えるだけの模倣。

 それには源流があり、真意がある。

 橘は太刀華。伊織はその源流の意志を継いだ正統後継者であった。

 一般常識など叩き込まれぬ環境故、友達なんかいなかったのである。


 が、しかし当代最強。

 本来なら女人の身で乗り越えられぬ試練をいくつも潜り抜けてきた。

 その凄まじい修練を語れば、現代人は裸足で逃げ出すほどの必修科目の数々。

 故にその修練は秘匿とされ、一子相伝とされた。


 橘家は伊織の代で潰えるのではないか?

 父がダンジョンで命を落としてから、実しやかにそんな噂が流れた。

 数百名いた門下生も散り散りになり、ついに道場は伊織一人だけになったのである。


 何せ伊織は、視力が悪かった。

 その上剣の道一筋で学校に通っておらず頭も悪い。

 空気を読むこともできず、体はチンチクリンで嫁の貰い手もない。

 ナイナイ尽しのバーゲンセールで、じゃあもう自分は男でいいやと開き直っているのが現状だった。悲しい現実である。


『しかし意外だの。お主、スキルを持っておらぬのか』

「なんでか、僕にはその適性がないみたいなんだよね」

『祠が迷宮化する頃にすでにその域にいたということか?』


 ゴブリンでさえ【スキル】を使う現実。

 その事実を真っ向から受け止められない伊織は不貞腐れていた。


『ますます面白くなってきおったぞ。これは愉快じゃ。他の奴らと顔を合わせる時が楽しみになった』

「他の奴らと言うのはイマジナリーフレンド?」

『なんじゃその少し嫌な気分にさせる言霊は』

「頭に思い描いてる、存在しない友達のことだよ」

『ちがわい、本当におるんじゃよ! 我らの同胞が! 頑なに信じぬやつだのう』

「だって実際に出会ったことないしね」

『我ら鬼は実力のある奴としか会わんからな。それに、そうホイホイ会える奴らでもないわい。我と違ってあやつらは我が強い』


 ぼっち同士のやり取りは虚勢の張り合いである。

 友達がいると自称するゴブリンに負けじと、伊織は姑息な手段を絡めていく。

 どうせそれも妄想なんでしょ? と自分に友達がいない現実を嘲笑ったのだ。


「僕、初めてのダンジョンアタックでスーちゃんと会ったんだけど?」

『それは相当に不運じゃったのぉ。我ら鬼は見たら逃げるタイプの存在であるぞ?』

「どういうわけか先に負けを認めた存在でもあったけどね」

『お主、本当にあれが初戦だったのか?』

「常在戦場がうちの流儀なんだ。いついかなる時も心の刃を磨いておけって。だから学問を習う余裕がなかったのさ。うちの流派は怪しきものは罰せよって殺伐さが取り柄だからね」

『恐ろしい家系じゃの。もしかして過去に鬼斬りをしていたとかじゃなかろうな?』

「僕、びっくりするくらい過去に興味ないんだ」

『そう言えばそうだった』


 そんなやりとりも、ついにはお開きの時間となって。

 お腹の減りどきが帰宅の合図になってる伊織はダンジョンを後にした。

 また遊びに来るよ。それだけゴブリンに伝えて伊織は帰路に着く。


(あれ?)


 そこで、いつもより視界が明るいことに気がついた。

 夜目が全く聞かない伊織は、気配察知と空間掌握能力のみで距離を測る癖があった。しかしいつの間にか薄暗い夜道をくっきりとした視界で読み取れているのであった。


(スーちゃんのおかげかな?)


 なんともなしに呟く。

 なんだかんだと実力は認めているゴブリンの少女に、伊織は頭の中で感謝した。

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