剣術家少女は現代ダンジョンに挑む

双葉鳴

第1話 門下生を増やしたい

 江戸時代、暗殺業で躍進した太刀華流剣術。

 しかし廃刀令と共に肩身が狭くり一般の剣術道場へと転身。

 名前も太刀華から橘に収まり、以降多くの門下生を世に送り出していたはずなんだけど……


「今日も門下生は0か」


 誰もいない道場で虚しく独りごちる。

 それもそのはず、今の世はスリルが当たり前に身近にある。

 ダンジョンと呼ばれる地獄門から鬼などの怪生が湧いて出るというのだからまさにこの世の地獄である。


「父さんの代はまだ良かった」


 目を瞑り、当時を思い出す。

 自分が子供の頃、100人の門下生がいた。

 けれどダンジョンができて、多くの門下生を抱えていた父は、そこで人を逃すのに尽力して命を落とした。まだ小さかった僕は泣くことしかできなかった。


 それからかな。少しずつ人が減っていったのは。

 憧れの師範は魔物にあっけなく敗れ、橘流の名は地に落ちた。

 今や伊織をのぞいて誰一人残ってやしない。


 だから、自分代で潰えてしまうのも仕方がないのかもしれない。


「やっぱり、ダンジョンハンターとやらで名前を売るのが門下生獲得の近道なんだろうか?」


 思い至り、尋ねる。

 近所のダンジョンは徒歩10分圏内にある。

 他のダンジョンには公共交通機関を使えば行けるが、1番お金がかからないここが僕には都合が良かった。


「頼もう」

「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ハンターライセンスとやらを授かりたい」

「でしたら、10日後の試験日に筆記用具と身分証明証、と授業料をお持ちしてください。試験はこちらの迷宮探索科で受け付けます」


 と、いうことらしい。

 今日の今日で受け取れるわけではないみたいだ。

 剣の道一筋で生きてきたので色々疎いのを察してくれたらいいんだけどね、そういう感じではないらしい。

 こちらが頼む側なので、相手の言い分に乗っかった。


 試験当日。伊織は日本刀で岩を切った。

 教官から「今はどのような【スキル】を使ったんだ?」などと問われるも、これは【橘流抜刀術・水鏡】という技術であり、スキルとやらではないと何度説明しても受け入れてくれなかった。

 どうやら試験内容は世に出回っている【スキル】とやらで評価している節があった。


 時代の流れというのは残酷である。

 剣術が廃れるわけだ。

 今は怪生モンスターを屠るだけで獲得できる【ポイント】なるものでそれらの取得が容易いのだとか。


 辛く厳しい修行をしなくても身につく技術なんて、使い物になるのかね。

 伊織は悲しそうに今も見つめる。

 自身が【スキル】というのを受け入れられないように、相手もまた【流派】やら【修行】なんていうものには目もくれちゃいない様子だった。

 コストパフォーマンス生産性とやらをやたら尊重する時点で相入れない存在なのである。

 剣術なんて根性論と精神論で成り立ってるものだ。

 技量なんて魂が完成された先についてくるものなのだ。

 それをすぐ取得できると思ってることこそ思い上がりもいいところだと思うのだけどね。


「でもライセンスは取れた」


 実力は認められたと言っても過言ではない。

 デカデカと外来語でFと書かれている。

 初めは皆この記号から始まるらしい。

 この日から伊織のハンターライフは始まった。


 それから8年、全くランクアップできずに今日まで至る。

 理由は単純明快。

 モンスターとやらは橘流の前に成す術なく敗れたのだ。

 容易く塵になる不思議な存在。

 だが討伐を証明するための部位提供とやらで毎回揉めた。


「だから、倒した時に死体なんて残らないんだって」

「そんな現象見たことありませんよ。嘘ついてたりするんじゃないですか?」

「天地神明に誓って嘘などついてない」

「難しい言葉を言っても騙されませんからね?」

「じゃあ、一緒についてきてくれたらいいじゃないの」

「そう言って、過去に職員に乱暴を働いたハンターの事例が多く」

「僕もそういうことをすると?」

「可能性はなきにしもあらずで」

「そんな水掛け論で長年僕のランクアップを拒んでる迷宮探索科が何をいうのさ」

「前例がないんですよ。証拠を持ってきてください」

「その証拠が塵になるのをどう説明しろっていうんだ」


 太刀華流は魂の一片までも塵に還す極致の領域。

 父の剣技はその域にまで届いちゃいなかったからダンジョンで他人を庇って死んだ。

 そうならないように磨き上げた剣術が、まさかこの世で受け入れてもらえないなんて夢にも思わない。

 ダンジョンの中で撮影器具は壊れる仕組みがあった。

 故に証拠は討伐部位で示された。

 伊織にはそれを提出する術が潰えていた。


「あ、でも魔石は持ってきたんだよ。今回はそこまで形は悪くないと思うよ」


 魔石。それはモンスターの心臓部分から摘出される胆石みたいなもので。

 ここ迷宮探索科ではそれをありがたがっているのを伊織は理解していた。


「見たことない色合いですけど、一体何層から持ち帰ったものです?」

「僕は前だけを向いて生きているからね。何層とかは覚えてないんだ」

「しかしこれほどの小ささだと、大した成果になりませんよ?」

「ちょっと削りすぎちゃったかな?」


 正直、毎回魔石ごと塵にしていた。

 ここ最近、長年の苦労も相まってようやく魔石の位置を捉えて、それ以外を塵にする技術が上がってきたのでそこを褒めて欲しい。

 しかし帰ってきた言葉は、


「これじゃあ成果になりません。ランクアップは無理ですね。お引き取りください」


 というあまりにも無感情な現実だった。

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