愛県家はかく語りき

来栖もよもよ

愛県家はかく語りき

「東京はいいよ。なんたって電車やバスも五分十分で次のが来るから慌てなくていいし」

「地下鉄とかは、歩いてたら別の駅に出ちまったぐらい入り組んでるけどなあ」


 荒川と中野はうんうん頷いた。

 仕事をリタイアした後に気軽にアウトドアを楽しみたい人と、そこそこ体力を維持しておきたいご年配の人向けに、月々五百円の会費でゆるゆると活動しているお散歩サークルがある。

 月に一度、ハイキングやサイクリングをしたり、公園で花見をしたりするが、交通費やレンタルサイクルなどは自腹である。

 五百円の会費は、代表を務める居酒屋「武蔵(たけぞう)」のオーナーが、原価だけのサービスで作る弁当代になっており、なかなかに手が込んでいて美味しい。それを目的に参加している人たちもいたりする。

 本日は萩やコスモスが見ごろということで、総勢三十名が参加して都内にある植物公園にピクニックである。

 年寄りには辛すぎる夏のピークも過ぎて、それなりに過ごしやすくなって来たので、レジャーシートを広げて美味しいもんでも食べるか、というだけの話だ。

 このお散歩サークルの理念は、


「人様に迷惑をかけるような行為をせず、ただ穏やかにのんびり楽しもう」


 だけである。

 したがって血の気の多い人はすぐ脱会させられるし、礼儀をわきまえない人も淘汰されていく。

 残るのは争いごとが嫌いな、温和でマナーのある人ばかりだ。


 今日ものどかな雰囲気でスタートしたピクニックで、武蔵オーナーご自慢の厚焼き玉子や厚揚げ豆腐のそぼろあんかけ、カボチャの煮物などを堪能しながら花を愛で、ほわほわと会員同士で語らっていたのだが、ある人物の一言で少々風向きが変わった。


「でもさあ、東京って何でもあるけど、何かコレっていう推しがない感じがしないかい?」


 福島出身の郡山が首を捻った。


「おいおい。そりゃ東京に失礼だろ。まあ根っからの都民なんて人口の一割二割ぐらいで、ほぼ他県出身とその二世三世と外国人なんだとは思うけども。俺らみたいにさ」

「あらやだ。私は曽爺さんの代から両親ともに江戸っ子だよ。荒川さんはご両親が東北で、中野さんはおばあ様が四国の人って聞いてるけどさ。東京は便利なだけじゃないよ。雷おこしやひよこ、もんじゃ焼きだってあるじゃないか」


 墨田華代、通称ハナさんは鼻を膨らませた。彼女はこのサークルで二人しかいない女性会員の一人だ。昔は美人だっただろうなあという感じで、七十歳を越えた今でも姿勢は美しく、朗らかな性格で会員からも人気がある。


「ハナさん、ひよこは入れたらダメだよ。ありゃあ全国どこにでもある。もんじゃ焼きは美味いし好きだけどな」

「え? 本当かい? まったく人気があると困るわね。油断も隙もないったら」


 新潟出身の長岡に諭されてハナは少ししゅんとする。


「便利さだけで決めたら、都道府県じゃ東京や大阪みたいな大都市が勝っちまうからさ、ハナさんが言うように名産で決めようじゃないか。俺の新潟は酒と米な。コシヒカリよ。舞茸やエリンギも有名だぞ」

「汚いなあ長岡さん。米なんて一番強気なもの持って来やがって。でも美味いよなあ新潟のコシヒカリ……いや待て、千葉県の落花生と白菜だって人気だよ」


 市川が自慢げに言うと何人か頷いた。


「炒った落花生ってなんであんなにビールに合うのかねえ。確かに千葉県の落花生って書いてあってまずかった試しはないよねえ」


 ハナも同調する。


「待ってよハナちゃん。うちの県の味噌カツや手羽先だって人気よ。しかもういろうなんておやつもあるんだから」


 そこへもう一人の女性会員である西尾さつきが参戦した。

 彼女は小柄でふくふくした体形のおっとりとした六十代の女性で、笑顔の可愛らしい人だ。

 お弁当を楽しみにしている人であり、体力系のイベントには参加しないが、のんびり花見とかゆったりお散歩などにはよくやって来る。正反対のような性格のハナとは案外仲良しだ。

 二人しかいない女性会員なので彼女にも密かなファンはいるのだが、亡くなった旦那が今でも一番好きだというタイプなので、男性会員からのお茶の誘いなどは全て断っている。


「愛知県か。確かにあのピリッとした手羽先はビールに合うよなあ。いや、ハイボールでもいいか」


 などという声が上がり、そうだそうだと賛同の声がする。


「ちょっと隣県から一言言わせて欲しいのだけどね。赤福、松坂牛、伊勢海老という人気トリオを抱える三重県を舐めないで欲しいな」


 あご髭をさすりながら桑名がニヤニヤと発言する。


「桑名さんとこは、県としてはサーキットしかないのに特産品が目立ちすぎなんだよ。確かに美味いよ? でも赤福以外は少々贅沢すぎないかい? 高くて美味いなんて当然なんだからさ。俺のとこなんてみんなご存じの納豆だよ? やっすいけど、でも家庭に大抵は常備してあるじゃん納豆って。それって認知度から言えば相当のもんだよ」


 水戸がそう言うと、俺も好きだよ納豆、うちにもあるぞ、などと応援の声が上がる。


「高いと無理なら、うちの近江牛や草津メロンなんかもダメか。美味いんだけどなあ……あ、でも鮒ずしとかうばがもちなんてリーズナブルだよ」


 ツルツルの頭をぺしっと叩いた大津が少し悲し気な表情になった。


「国産牛はダメだよ。どこもかしこも美味いもん。高いけど美味くて当たり前なんだもん。却下却下。……あ、でもジンギスカンは羊だからいいよね? 金額もそれほどじゃないし」


 北見が手を挙げる。だが周囲の人たちが、北海道で一番高そうなやつだし、人気あるからジャガイモでいいじゃんジャガイモで、と一蹴された。


「牛タンはどうかな? 舌だからオッケー? 値段も目は飛び出ないよ?」


 宮城の言葉にダメダメという言葉が飛び交う。


「いいじゃん宮城は萩の月あるんだからそっちで。あれ冷蔵庫入れて冷やして食べると美味いよね」

「あのふわっとした感じがまたいいのよねえ」


 さつきがうっとりした顔で微笑んだ。


「でもどの県にも美味しいもんがあるし、粉もの語らせたら広島と大阪が真っ先に戦争になっちゃうだろう? ラーメン一つとってもさ、北海道の札幌ラーメンやら福島の喜多方ラーメンだろ? 広島の尾道ラーメンだって美味いしさあ」

「確かにねえ」

「好みもあるもんな」

「名物に美味いもんなしって言うけど、俺には美味いと思うものばっかだわ。かっかっか」

「どっちが美味いかなんて勝ち負け決めなくてもええわな。みんな美味いでいいのよ」


 一時期ピリッとしかけた空気も、またほんわかした空気に戻っていく。

 代表を務める武蔵は、糸目をより細めていた。

 五年も続けていられるのは、何か波風立ちそうな話題が出ても、いつの間にか凪いでしまう会員たちのお陰だと思っている。


(好戦的な人がいないと平和でいいやねえ)


 そんなことを感じつつ、うちの美味いもの自慢の話を聞くために席をちょこちょこと移動していくのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛県家はかく語りき 来栖もよもよ @moyozou777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ