第5話 取り落とされた街へ行く
高速船に設けられた明るいゲームルームは、いつ行っても誰も利用していない。一度、営業終了間近にクレーンゲームに挑戦したことがある。丸いフォルムのぬいぐるみを狙い、ことごとく失敗した。私の頭越しの目線ではクレーンが景品を取り落とす道筋がよく見えた。私はアニメのイラストが描かれたパーカーを着ていたが、鏡を見なかったので自分自身の姿を知らなかった。そこで私は矛盾にうっすら気付いた。よく考えてから、自分だと思っている人物の後ろ姿を、姿なき私が眺めているのだと気付いた。クレーンで座標上を移動させるように、私という主体の位置がずれ、客体たる私を眺める奇妙な構図になっていた。
船は外洋に出たらしく、時折船体が大きく揺れた。
強風の影響で甲板に出ることは禁止されていたが、船の進行方向に対して大きな窓が設置されていたので、外の様子を知ることができた。煙突が何本も規則正しく並んでいた。噴煙が雲と同化して、灰色の空を描いていた。私達はクレーンゲームに見切りをつけ、あっという間に近づいてきた対岸に降りる準備をした。港では、乗客のひとりがスモーキーな緑色のコートをはためかせて船を振り返った。私達のほうを見ると、ポケットから何か金色に輝くものを取り出してみせた。曇天の自然光の下でさえ煌びやかな輝きを放つのは、ゲームルーム専用のコインだった。乗客は親指と人差し指で挟んだコインを空に掲げて、それから海へ放り投げた。
明日へのオルタナティブ 間 敷 @awai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。明日へのオルタナティブの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます