第8話 長い長い1日の終わり

「つっかれた〜!」寮の自室に戻った途端、エイダンはベッドに倒れ込んだ。


「確かに…」「初日はキツい…」「……」

カイルもサミュエルもオリバーも、こればかりはエイダンと同意見だった。


「エイダン…疲れたのはわかるけど、汗を流しに行こう」サミュエルがエイダンの足を掴んでベッドから引きずり出そうとする。

「やめろ〜サミュ〜」「やめろ!おまえが愛称で呼ぶな!キモいっ」

オリバーは無言で風呂の用意を整えて部屋を出て行く。

カイルも風呂の用意をしてオリバーの後を追った。


「アリスもフローラも大浴場に行くのでしょう?わたしも行くわ」アリスとフローラが入浴の準備をしているとリーナが二人に声を掛けた。


「リーナ様が?でも、貴族様用の浴室があるのでは?」フローラが驚いた顔で答える。

「リーナ様は特別扱いされるのが嫌なの。みんなと一緒にお風呂に入りたいんですって」代わりにエレナが答える。その様子からエレナはリーナの意見に納得出来てないようだった。


「わたしたちは構いませんけど…」フローラはアリスと頷きあう。

「でも、ほかの部屋の方々が驚くでしょうね」そう言って四人は微笑みあった。


大浴場へ向かう廊下を進む道すがら、すれ違う訓練生たちがリーナ一行を振り返る。

「リーナ様とエレナ様…まさか大浴場に?」

「うそ…貴族様が平民と一緒に入浴されるの?」

そんな囁き声を聞きながら大浴場へと向かう。


大浴場の女性側の脱衣場に入るとちょうど衣服を脱ごうとしていた数人の女子訓練生がリーナたちの姿に驚きの声を上げる。


「驚かせてごめんなさい」そう言ってから、リーナはどうしたものかと見渡した。

脱衣場には服やタオルといった私物を置く籠が並んでいる。所々で服が入れられおり、数人の訓練生が入浴していることを伺わせていた。


「リーナ様、エレナ様、こちらで良いですか?」アリスが比較的綺麗な籠を見繕って二人を案内する。

エレナは見窄らしい籠に顔を顰めたが、リーナは気にするそぶりなく、案内してくれたアリスにお礼を述べた。


四人は脱衣場で服を脱ぎ、籠に入れた。

リーナの白い肌が露わになると、他の訓練生たちが一瞬息を飲む音が聞こえた。


しかし、リーナは気にする様子もなく、静かに湯気の立ち込める浴場へと歩を進めた。


「大浴場って言うだけあって大きいわね」リーナは浴場を見渡すと納得したように呟いた。


「ほんとですね…これはこれで良いかも…」気乗りしてなかったエレナも大きな浴場に驚いているようだった。

「エレナ様、大きいからって泳がないでくださいね」

アリスがニヤリとしながらエレナに言う。


「するわけないでしょ?子どもじゃないんだから」エレナはアリスを睨みながら口を尖らせる。

リーナもフローラも二人のやり取りを微笑ましく眺めていた。


リーナとエレナは持参した小さなボトルから洗剤を手に取り擦り合わせて泡立てる。

「リーナ様、それ、すごい泡立ちですね」

アリスとフローラがリーナたちの泡立つ洗剤を見て驚いていた。

「中央都市で売ってる洗剤ですか?初めて見ました。」二人がリーナの手に乗る泡をつつきながら感心していた。

「良かったら使ってみて」リーナは二人にボトルを差し出した。「いいんですか?」アリスもフローラも興味深々でボトルの中身を手に取って泡だて始める。

「わ〜泡だらけ!」「それにすごくきめ細かいわ」

二人とも高級洗剤の品質に感嘆の声を上げるのだった。


そんなリーナたちが気になるのだろう。

大浴場にいる訓練生たちの視線を感じたリーナは彼女たちに視線を向けると呼びかけた。

「良かったら、あなた方もどうですか?」

訓練生たちは一瞬驚いたように顔を見合わせたが、リーナの優しい微笑みに安心し、一人ずつリーナに近づいてきた。

「本当に使ってもいいんですか?」一人の訓練生が恐る恐る尋ねる。

「もちろんよ。みなさんの分ぐらいなら無くならないと思うわ」とリーナは優しく答えた。


その後、大浴場は泡に包まれた楽しい時間となった。訓練生たちは高級洗剤の豊かな泡立ちと香りを楽しみながら、リーナとエレナに感謝の言葉を伝えた。


その後、シャンプーやコンディショナーでも似たやり取りがあり、他の訓練生たちともすっかり打ち解けたリーナたちは身体の泡を洗い流すと大浴場の大きな浴槽に身を沈めた。


「大きな浴槽で手足を伸ばすと開放感がすごいですね」

最初は不満そうだったエレナが今は満足そうな顔で湯船に浸かっていた。

「エレナってば最初はなんて言ったかしら?」リーナは悪戯っぽく問いかける。

「だって…わたしはともかく…」と言いかけてエレナは口を噤む。

アリス、フローラを含め7人もの訓練生に囲まれてエレナは続ける「リーナ様が正しかったです。みんなと一緒にお風呂に入るのいいですね」

リーナとエレナは微笑みあうのでした。


「は〜、いい湯だ…」カイルとオリバーは体の汚れを洗い流すと大浴場の大きな湯船につかってリフレッシュしていた。

しばらくするとエイダンとサミュエルが浴室に現れた。

「遅かったな…」カイルが口を開くとそれを遮るようにエイダンが囁いて来た。


「今、リーナ様たちも風呂に入っていったぞ」エイダンの目が異様な輝きを放っている。

カイルはエイダンの目付きに顔を引き攣らせ答える。「そりゃ、訓練後だから入るだろ」

「馬鹿野郎。リーナ様とエレナ様が平民と同じ大浴場に入っているんだぞ」エイダンが意味深な発言をする。

「…それがどうしたって?」カイルはいまいちエイダンの言葉の意図を掴めず問いかける。


「平民が入る大浴場なんて隙だらけだと思わないか?」

「隙…?」

「そう。どこか壊れてても平民用の浴場なんて直すはずないよな〜」エイダンの目が一際輝く。

「だから…?」カイルは生粒を飲み込み問いかける。

「のぞき穴があるかも知れないだろう?」


「あんたそんな怪我してたっけ?」

夕食の時間。食堂に現れたエイダンを見てエレナが問いかけた。

そこには目の周りに青タンを作ったエイダンと、右の拳をさするカイルの姿がありました。


「カイルも座って。一緒に夕食をいただきましょう」

リーナに促されカイルはリーナの向かい側に座る。


他のメンバーもそれぞれ席について夕食を食べ始めた。

さすがに疲労があるのだろう。全員ほぼ無言で食事を終えると部屋に戻り明日の訓練に備えて就寝の準備をするのだった。


「今日は初日からいろいろあったわね…」

リーナはベッドに入って一日を振り返る。


同部屋のみんなはすっかり寝息を立てていたが、リーナはなかなか寝付けずにいた。

「みんなと夜更かしをしておしゃべりしてみたかったけど、明日も訓練だし週末まで我慢ね」リーナは誰ともなく呟いた。


部屋にはみんなの寝息だけが聞こえていた。

「…みんなの寝息が気になって眠れない…」考えたら一つの部屋で数人と寝た経験がないことにリーナは気づいた。

明日も訓練だし、寝ないといけない…

そう思うと余計に目が冴えていくようだった。

「ちょっと夜風に当たろう」リーナはそっとベッドから降りると寝巻きの上にローブを羽織り部屋を抜け出した。


リーナは静かに寮の廊下を歩き、外へと続く扉を開けると冷たい夜風が彼女の顔に当たり、心地よい涼しさが全身に広がった。

庭には月明かりが差し込み、星々が輝いている。

リーナは深呼吸をしながら、心を落ち着かせるためにしばらく庭を歩いた。


リーナは石畳の小道を進み、噴水のそばに腰を下ろすと夜の静けさの中で、彼女は今日の出来事を思い返していた。

一日でいろんな事があったのに、思い浮かぶのはカイルの背中だった。

「…カイル…」彼の名を呟いてみると胸の奥が高鳴るようだった。

リーナは胸に手を当てて想いに耽っていた。


「リーナ…?」不意に名を呼ばれ見上げると人影が近づくのが見えた。月明かりが姿を写し出してくれる。


「カイル…あなたも眠れないの?」リーナの側まで歩み寄るカイルにリーナは微笑みかけた。

「うん、エイダンのイビキがうるさくて…」カイルは頭を掻きながらため息をつく。

「そっか…」呟きながらリーナはカイルに隣に座るように促した。


カイルはリーナの隣に座ると問いかける。

「リーナは?エレナのイビキがうるさかった?」

「ふふっ、エレナはうるさくないわ。ただ寝付けなかっただけ」

カイルはリーナの顔を見つめて微笑んだ。

「そっか。でも、こんなにきれいな夜なら、たまに外に出るのも悪くないな。」

「リーナにも会えたしね」リーナを見つめながらカイルは囁いた。

「うん…」リーナはカイルから目を逸らし夜空を見上げるフリをした。


そんな言い方されると意識してしまう。それにわたし、寝巻き姿よ…。

リーナは急に恥ずかしさが込み上げてローブを整えた。


リーナの様子にカイルはあらためてリーナが寝巻き姿にローブを羽織っただけな事に気づき恥ずかしくなって来た。


そんなリーナを見続けることが出来ずに、カイルもまた夜空を見上げるフリをするのだった。

涼しい夜風が二人の熱を冷ましていくが、お互いの体温が触れてもいないのに側にいることを感じさせていた。


しばらく夜空を見上げていると、カイルは肩に触れるものを感じ目を向けた。

リーナがカイルの肩にもたれ掛かり寝息を立てていたのだ。

「リーナ…寝ちゃった?」カイルの問いかけに寝息で答えるリーナ。

カイルはリーナを支えようと肩に手を回し…少し触れるのを躊躇したものの意を決してリーナの肩を抱き寄せた。リーナの顔が近付いて寝息がカイルの首筋に感じられる。いつも一緒にいたけれど、こんなに密着したことはなかった。

リーナの顔がこんなに近くにあるなんて…。


長いしまつげが微かに震えている。

月明かりがリーナの白い肌を柔らかく照らし出し、僅かに開く唇は淡いピンク色に輝いていた。


カイルはリーナの唇を見つめながら、生粒を飲み込んだ。


「リーナ様」不意に囁くような声が聞こえてきた。

エレナの声だった。

「エレナ?こっちだよ」カイルは声を抑えて呼びかける。静寂の中では囁き声も十分に聞き取れた。

声に気づいたエレナが二人の下に駆け寄る。


「リーナ様、お部屋にいないから探しに来てみれば…あんた変なことしてないでしょうね?」

エレナは声のトーンは抑えているものの明らかに怒気を含んだ物言いでカイルに詰め寄る。

「な、なにもしてないよ」焦るカイルだったが、もう少しでキスしそうになったのは言えないと口を噤んだ。


「リーナ様すっかり寝てるわね…悪いけど、部屋まで運んでくれる?」

「え?い、いいけど…いいのか?」エレナのお願いにカイルは戸惑いつつ返答をする。

「ダメだけど、仕方ないわ。リーナ様を起こすのも悪いもの」エレナも良くないと思っているようだがこの状態では仕方ないということか。

小柄な女性とは言えそれなりの重量があったが、カイルは役得とばかりにリーナを抱き上げた。


「変なところ触らないように」エレナが余計なことを言うから逆に意識してしまう。

カイルはリーナをしっかりと抱き上げ、慎重に歩き始めた。リーナの寝息が彼の首筋にかかり、心臓が高鳴るのを感じた。


翌朝、リーナはベッドの上で爽やかな朝を迎えていた。

アリスはまだ寝ていたが、エレナもフローラも既に起きて身支度を整えていた。


「リーナ様、おはようございます」

「おはよう。エレナ、フローラ」二人に朝の挨拶をするリーナだったが、自分がいつの間にベッドに入ったのか必死に記憶を辿っていた。


昨夜は寝れなくて夜風に当たりに外に出て、カイルに会って…あれは夢だったのかしら?

ベッドに起き上がったまま、怪訝そうな顔をしているリーナにエレナが囁いた。

「リーナ様、カイルにお姫様抱っこされたの覚えてませんか?」リーナは困惑の表情でエレナを見つめる。

「カイルが?わたしを?」エレナはニッコリ微笑んで頷いた。

「噴水の側でカイルに抱き寄せられて寝てらしたんですよ?二人で夜中に何してたんです?」

エレナの囁きにリーナの顔が真っ赤に染まって、リーナは手で顔を隠すと「夜風に当たってただけよ…」と言うのが精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境の守護天使 領主の娘は幼馴染の平民に恋しているようです @shin3301

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ