それから②
「じゃあさ、血、飲ませてくれないか?」
「え?」
思ってもいなかった提案に素で驚いた私は、少し体をひねって櫂人の顔を見上げる。
優しいけれど、欲の込められた黒曜石の瞳とかち合ってドキリとした。
「恋華は病気じゃなかったんだし、もう血を抜かなくてもいいんだ。だから直接吸血しても問題ないだろ?」
「あ、そっか。そうだね」
「で、いいか?」
「う、うん」
吸血に関しては依然血をあげられなくて申し訳ないなと思っていたから、何の問題もない。
だから大してためらうことなく頷いた。
すると櫂人は私を抱きしめたままソファーに座り、私の膝裏を持ち上げる。
結果、私はソファーに座る櫂人の膝の上に横になって座った状態になった。
背中を支えるように肩に腕を回され、かなり恥ずかしい。
「こっ、この体勢……恥ずかしいな……」
「はぁ……あんまりそういう顔するなよ。抑え、効かなくなる」
そういう顔って、どんな顔⁉
ため息一つすら色っぽくて、心臓がすでに持たなくなりそうだった。
ドキドキして何か叫び出したい衝動に駆られるけれど、声は全部喉元で詰まってしまう。
櫂人の硬く長い指が、肩にかかっている私の黒髪を払った。
そのまま指が首筋をなぞって……。
「んっ……」
ビクリと軽く震えた。
「……いいか?」
「……ん」
小さくうなずくと、櫂人の顔が近付き首筋に埋まる。
痛いのかな?
でも、櫂人がそこまで痛いことするとは思えないし……。
なんて考えていると、吐息と共に囁きが耳に届く。
「明日は、恋華が俺の血吸ってみるか?」
「わ、たし?」
「ああ。お前も吸血鬼になったし、お前の“唯一”は俺のはずだから」
「あ……」
そっか。
吸血鬼同士なら、お互いが“唯一”になるんだっけ。
そのうちどうせ私も血を飲まなきゃならなくなるんだから、櫂人の血を飲めるならそうした方がいいのかもしれない。
そう思って、小さく「うん」と答えた。
「ああ……じゃあ、今日は俺がもらうな」
言い終えると、吐息の代わりに熱い舌が肌に触れる。
狙いを定めるようになぞられると、硬いものがグッと当てられた。
「っ⁉」
痛いと思ったのは一瞬で、すぐに別の感覚が沸き上がる。
ゾクゾクと甘い熱のようなものが駆け上がって来て、思わず櫂人の背中に腕を回してギュッと掴んだ。
「んっ……ああっ……」
痛みとは真逆の感覚に甘く吐息が零れる。
首筋から流れる血を三口ほど
「かい、と? 何……この、感覚?」
「ん? ああ、言ってなかったか? 直接吸血された相手は性的快感を得られるって」
「せい……え?」
なにそれ、聞いてない。
戸惑い驚く私に、櫂人はちょっと意地悪に笑う。
「なぁ、恋華?……その気になったんじゃないか?」
櫂人の手が誘うようにわき腹の辺りを撫でた。
確信犯だ。
吸血して、私が気持ちよくなればその気になるんじゃないかって。
そう思ったから吸血なら良いかって言ったんだ。
「櫂人ぉ……」
騙したことを責めるように恨みを込めて睨む。
けれど。
「悪い、でも本当に恋華が今すぐ欲しかったんだよ」
「むぅ……」
あまりにも優しく甘ったるい笑顔で謝られて、毒気が抜かれてしまった。
「それに……」
わき腹を撫でていた手が顎に移動し、親指で唇を撫でられる。
「そんな顔で睨んでも可愛いだけだぞ?」
「……もう」
甘い熱で黒さが増したような櫂人の瞳に見つめられて、私は仕方ないなと彼を許した。
吸血されたらどうなるかを黙っていたことはちょっと不満だったけれど……でも、櫂人の言う通りその気になってしまったから……。
腕を伸ばして、櫂人の首に巻き付き抱き締める。
近くなった耳に、直接声を届けた。
「ベッドのシーツは、明日櫂人が洗ってよね?」
「っ……ああ。それくらい喜んで」
そのまま抱き上げられ、寝室に連れて行かれる。
紺色のシーツの上に寝かせられ、待ちきれないというようにすぐにキスが落ちてきた。
初めは血の味がしたキスは、すぐにいつもの甘い熱で私を溶かしていく。
「んっ、はぁ……かいとぉ……」
「ああ、恋華……吸血で蕩けた顔も可愛かったけど、やっぱりキスで蕩けた顔が可愛いな。とろんとした目……ヤバイ、ホント、抑え効かねぇ……」
「んっ……」
甘い言葉の羅列は言い切る前にキスに変わる。
いつも以上に強く求めてくる櫂人に少し戸惑った。
「っは、悪い……恋華の甘い血、直接吸血したからかな? いつもよりもっとお前が欲しい。……今夜は寝かせられねぇかも」
「っ……!」
余裕のない表情と、熱い吐息。
苦し気に歪んでも綺麗なその顔に、そっと触れた。
「……いいよ。櫂人となら、一晩中一緒にいたいから」
「っ⁉ 恋華?」
私がこんなことを言うとは思わなかったんだろう。
櫂人はとても驚いた顔をする。
そんな彼に私は幸せな微笑みを向けた。
「櫂人と一緒の夜は、いつだって明けて欲しくないほど素晴らしい――
「っ!……恋華」
十二年、私たちが再会するための唯一の繋がりだった貝殻。
その貝合わせに書かれていた言葉を使った私に、櫂人は切なそうに顔を歪める。
頬に触れていた私の手を取り、大切そうに瞼を伏せ、手のひらへキスをした。
ゆっくり上げられた瞼から現れた闇色の目は、炎を宿らせ私を見下ろす。
「そうだな……俺にとっても、恋華と過ごす夜はいつも
櫂人は同じ言葉を使ってゆっくりと私の唇を塞いだ。
繊細な宝物を扱うように、優しく。
それでいて、深く求めるキスをする。
貝が導いた再会。
十二年前に結ばれた縁は、細い糸となって繋がっていて……。
運命としか言えないような偶然は、もはや必然だったのかもしれない。
必然と偶然が絡み合った糸の先に、櫂人がいたんだ。
お互いがたった一人の存在として、そばにいられる。
それがどんなに奇跡的で、幸せなことか。
そんな相手と過ごす夜は、素晴らしいものに決まっている。
だから、私たちの夜はいつも
【あたらよに咲く鮮血花は愛の形をしていた】 END
可惜夜で再会したヴァンパイアは、私をただ一人だと溺愛する。 緋村燐 @hirin
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