それから①
ザザァー……ザザァー……と、波の音が聞こえる。
目の前に広がる海は、闇に呑まれて恐ろしささえある。
でも、闇に生きる者となった私は前ほどの恐怖は抱かなくなっていた。
夜目が利くようになって、多少は見えるからというのもあるだろうけれど。
「恋華、寒くなって来た。そろそろ帰るか?」
「うん」
櫂人にうながされて、私は差し出された手を取った。
一通りのことが終わり、落ち着いてきた今。
何となく櫂人と出会ったこの浜辺に来たくて連れてきてもらったんだ。
十二年前ここで櫂人に出会ったときから、きっと私の運命は決まっていたのかもしれない。
運命としか思えないような偶然が重なって、私は今吸血鬼として櫂人と共に生きているから。
大橋さんが捕まって久島先生に連れて行かれた後、私と櫂人と真理愛さんは櫂人の家に帰った。
吸血鬼に体が変化しているため動けない私をベッドに寝かせて、真理愛さんは今までのことを全て話してくれたんだ。
「二年前のある日、突然大橋が私の前に現れて私があいつの“唯一”だと言い張ったの」
そうして語られた内容を私と櫂人は黙って聞いた。
どちらも吸血鬼だった場合はお互いが“唯一”となり惹かれ合う。
だからこそ真理愛さんには大橋の言っていることは虚言、もしくは思い込みだと分かった。
でもいくら言っても大橋は真理愛さんが“唯一”だと言い張り、しまいには櫂人と櫂人のお父さんが枷になっているんだと言って始末すると主張した。
口だけだと言えれば良かったんだけれど、大橋にはそれが出来る力とキャリアがあった。
仕方なく家族から離れ様子をうかがうだけのつもりが、大橋のことを調べていくうちに簡単には済まないと知ったのだそうだ。
「大橋はハンターとしての地位も信用もあったから、ハンター協会に掛け合おうとしても無駄だった。彼の異常性を何とか調べてもらおうとしても時間がかかりそうで……」
そうしている間に捕まってしまいそうな気配を感じたらしい。
だから男として身を隠し、様々な場所を転々としながら大橋のことを自力で調べるしかなかったのだそうだ。
「そうして他の国にも行っているとき、半年前の事故に遭遇したの」
半年前の事故。
私の両親が亡くなった、あの事故だ。
「大勢の被害者がいる中、恋華さんたちの近くに居合わせたのは本当に偶然だった。恋華さんは意識もなくて、そのままいつ息を引き取ってもおかしくなかったわ」
共にいた両親は真理愛さんにうわごとのように娘を助けてくれと何度も言って、こと切れてしまったらしい。
真理愛さんは吸血鬼。
生きてさえいれば、血を入れて生き永らえさせることは出来る。
でも……。
「人を吸血鬼にするのはちゃんと相手の意思確認をしてからでないと許されないわ。それに、吸血鬼にしてしまったらハンター協会に報告は必須。でもそうなると大橋に居場所が知られてしまう危険性が大きかったの」
そういう理由から初めは助けるつもりはなかったんだそうだ。
でも、私が握りしめていた貝殻を見つけた。
真理愛さんが作ったもので、また出会えるようにと私と櫂人に分けて渡してくれた貝合わせの貝殻。
「見た瞬間私が作ったものだと分かったわ。……私の描く絵は独特だから」
「……」
下手とは言わないけれど、独特という自覚はあったらしい。
「夏になると毎年思い出したように片割れを引っ張り出して、今年こそは会えるかもしれないって浜辺に通い続けていた櫂人を見ていたから……」
「なっ⁉ それは言わなくても!」
慌てる櫂人の耳がちょっと赤くて、二人で少し笑ってしまう。
それが何だか幸せで、ちゃんと全部終わったんだなって実感しながら続きを聞いた。
「とにかくそんな櫂人を見ていたから、恋華さんがあのときの子だって分かった瞬間助けるって決めたのよ」
でも、吸血鬼にしてしまうと報告しないわけにはいかない。
でないと真理愛さんだけでなく私まで犯罪者扱いされてしまうからだそうだ。
だから、吸血鬼になる一歩手前で止めた。
吸血鬼の血が、私の命を確実に繋ぎとめる量を。
そして報告しなくてもいいように、完全に吸血鬼にならない量を。
ひと月ごとに血を抜けばヴァンピールにはならないから、多血症ということにして瀉血の処置をしていたんだそうだ。
ヴァンピールにだけはならない様に、念のため血の結晶を薬として渡して。
「大橋のことが落ち着いたら事情を話して、吸血鬼になるようにと勧めるつもりだったんだけど……」
まさかこんなことになるなんて、と息を吐いた。
真理愛さんはこの街からしばらく離れていたから、大橋がヴァンピールを使って自分をおびき出そうとしていたことも、櫂人が荒れて暴走族の総長なんてことをしていることも知らなかったのだそうだ。
「全く、櫂人がグレて家を出てるなんて……あの人はいったい何をしているのかしら」
「グレてって……」
旦那さん相手に憤慨する真理愛さん。
流石の櫂人も母親には勝てないのか少しタジタジになっていたな。
そんなことを思い出しているうちに、私たちは櫂人の家に帰って来た。
「……にしても、家に戻って来いって言われなくて良かったよ」
櫂人も真理愛さんたちのことを思い出していたのか、家の鍵を空けながらそんなことを呟いていた。
「そうなの? あ、ラブラブな両親と一緒だと気まずいとか?」
靴を脱ぎながらからかうように聞いた。
私への説明が終わった後、とりあえず帰れることを旦那さんに知らせると電話を掛けた真理愛さん。
初めこそ櫂人が家を出ていたことを責めていた様子だったのに、いつの間にか「愛してる」だとか言い合ってるみたいで甘い雰囲気になっていた。
あの様子だけでもラブラブなんだろうなぁって分かる。
「まあ、それもあるけどな」
うんざりした様子で同意した櫂人は、少しかがんで私に顔を近付けてきた。
「戻ったら、お前と二人きりでいられなくなるだろ?」
色っぽく囁かれて、こめかみに軽くキスをされる。
妖しい色気に一気に体温が上がってしまった。
「も、もう。そういう甘い雰囲気はシャワーの後にして頂戴!」
照れ隠しもあって軽く櫂人を押しのけた。
少なくとも玄関でするようなやり取りじゃないと思うし。
でも、櫂人の熱は治まらなかったらしい。
リビングへと先に行った私の腕を掴み、軽く引かれた。
背中に櫂人の胸が当たったと思ったら、そのまま後ろから抱き締められる。
「シャワーの後とか、待てねぇんだけど?」
「んっ」
耳元で囁かれて、吐息が掛かってつい反応してしまう。
でもダメだよ。
「ダメだって。海行ったし、砂洗い流したい」
ドキドキと鼓動は早まるけれど、ベッドを汚したくない。
そう主張すると、ムスッと不満そうな雰囲気が顔を見なくても伝わって来た。
そのまましばらく黙っていたかと思ったら、櫂人は「はぁ」と息を吐いて別の提案をしてくる。
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