決着②

「っこの! なんてことを!」



 でも、この状況を気に入らない人物の叫びが部屋に響いた。


 櫂人の腕に抱かれたまま、唯一動かせる頭をそちらに向ける。


 大橋さんが鬼の形相で私たちを睨み、真理愛さんの拘束を強めていた。



「ぅくっ!」



 痛みに顔を歪める真理愛さんを労わることなく、思惑を邪魔した私たちを憎々しげに睨む。



「なんてことをしてくれたんだ! これでは《相愛の誓い》は出来ないじゃないか!」



 そのまま恨み言をぶつぶつと呟いた大橋さんだったけれど、気を取り直したように顔を上げる。



「いや、まだ私の血の結晶はある。それを使って、《血婚の儀式》は出来るはずだ……」



 自分に言い聞かせるように呟き、何かを探すように見回す。


 もしかしたら、さっき真理愛さんのだけでなく彼の血の結晶も取り落としたのかもしれない。



「……怜伽」



 そこに、静かな女性の声がした。


 みんなの視線が彼女へと向く。


 部屋の入口の方で、久島先生が佇んでいた。


 彼女は丁度足元に落ちていた雫型の赤い石――大橋さんの血の結晶を拾い、感情の読めない目をもう一度彼に向ける。



「怜伽……あなた、どうして恋華さんを連れ去ったの……?」



 動揺を抑え込んでいるのか、久島先生は淡々と話す。


 でも、その瞳は僅かに揺れているようにも見えた。



「朝霞か。そんなことはどうでもいい、その結晶を返すんだ」


「どうでも良くないわ! 大事なことよ!」



 大橋さんの悪びれない態度に、抑えようとしていた感情が露わになってしまったようだ。


 久島先生は声を荒げてもう一度質問する。



「もう一度聞くわ。どうして恋華さんをこんなところへ連れてきたの? ハンター協会の支部に連れていくはずだったでしょう?」


「はぁ……私の目的のために利用しようとしたんだよ」



 面倒そうにため息を吐いてから、大橋さんは私にしたのと同じような説明をする。


 真理愛さんが自分の“唯一”で、失踪した彼女をおびき出すために茜渚街へヴァンピールを放ったこと。


 他にも彼女を見つけるために色々したが、見つけられなかったこと。


 ひと月前に真理愛さんの血の結晶を見つけ、その場にいた私がヴァンピールのなりかけだと知って真理愛さんが私に血を入れたのだと推測したこと。


 ヴァンピールの特性を生かして、私をヴァンピールにして真理愛さんを見つけようとしたこと。



 それら全てを正当なものとして、まるで悪いと思っていない様子にゾッとした。



「先に真理愛の結晶を飲み込んで隷属しても良かったが、本人がいないんじゃあ意味がない。そう思って取っておいたのがあだになってしまったが……」



 チッと舌打ちしながらもう一度私たちを睨み、一つ息を吐いて気を取り直し久島先生を見る。


 久島先生は、目に見えて青ざめていた。



「それでも私の血の結晶があれば《血婚の儀式》で繋がりを強くすることが出来る。……さあ、それを返すんだ朝霞」


「っ⁉」



 伸ばされた大橋さんの手を見ながら、久島先生の目は大きく揺れている。


 どうして? という思いが渦巻いているのが見ているだけでも伝わってくるほどに。



「どう、して? 真理愛さんがあなたの“唯一”なら、どうしてあなたから逃げているの? 相手が吸血鬼なら、お互いが“唯一”となるはずでしょう?」



 動揺しながらも、しっかり聞きたいことを口にする久島先生。


 それに答えたのは大橋さんではなく真理愛さんだ。



「こいつは私の“唯一”じゃないわ!」



 拘束されながらもハッキリと叫ぶ真理愛さんは、真っ直ぐ久島先生を見ている。



「あなたも言った通り、相手も吸血鬼だった場合はお互いが“唯一”となる。でも私にとってこの男は“唯一”ではないわ。勝手に横恋慕して、“唯一”だと思い込んで、私の大事なものを壊すなんて言って脅して……ただのストーカーよ!」


「そ、んな……」



 久島先生はそのまま言葉を失ったように固まった。


 そんな久島先生に代わって、大橋さんが「酷いなぁ、真理愛」と歪んだ笑みを浮かべる。



「私はこんなにも君を想っているのに……ただのストーカーだなんて」


「本当に想っているなら、こんな卑怯なマネばかりしないわ!」


「仕方ないだろう? 君が私から逃げるから、捕まえる為には手段を選んでいられなかったんだ」


「夫と息子から離れなければ彼らを殺すと脅したのはあなたじゃない! そんな相手の所になんて行きたくないし、家族を守るためにも失踪する以外になかったのよ!」



 嫌悪も露わに大橋さんを睨む真理愛さん。


 それをものともせず笑顔で受け止める大橋さんは、やっぱりどこかがおかしい。


 そんな二人のやり取りを聞きながら、久島先生は何を考えていたんだろう?


 覚悟を決めた目をして、顔を上げた。



「怜伽……あなたを野放しにはしておけないわ」


「朝霞?」


「仕事上のパートナーとして、私も責任をもつわ」


「朝霞、何を⁉」



 久島先生の行動は予想外だったんだろう。


 大橋さんが止める暇もなく、彼女は手に持っていた彼の血の結晶を飲み込んだ。


 みんなが息を呑み驚く中、私を抱いていた櫂人がポツリと呟く。



「隷属の、契約……」



 その言葉で私は大橋さんの説明を思い出した。


 血の結晶を奪い取って無理やり従わせる《隷属の契約》。


 今、久島先生がそれをしたということなんだ。



「大橋怜伽。真理愛さんから離れなさい」


「っ⁉」



 淡々とした久島先生の指示に、大橋さんは驚きながら従う。


 自分の意志とは関係なく、従ってしまっているという様子だった。


 これが隷属……血の結晶を飲み込んだ人に従ってしまうってことなんだ……。



「怜伽……」



 真理愛さんから離れ、自分の前にひざまずいた大橋さんを久島先生は悲しそうに見下ろした。



「あなたは今後一切、貝光家族に近付くことを禁止します」


「なっ⁉ そんな⁉」



 酷い、とばかりに顔を上げた大橋さんに、久島先生は涙を流して微笑んだ。



「怜伽……罪を認めて。……私も一緒に償うから……」


「あ、さか……?」



 静かに涙を流す久島先生を見つめて、大橋さんは黙り込んだ。


 こうして、茜渚街で巻き起こる事件は幕を閉じたのだった……。

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