決着①

 櫂人の姿を見て、私の胸に希望が宿る。


 私が辛いとき、危険な目に遭おうとしているとき、いつも駆けつけてくれるのは彼なんだ。



「大橋、てめぇ……恋華を返しやがれ!!」



 叫んだ彼は、一直線に私と大橋さんの方へと向かって来る。



「なっ⁉ 櫂人くん? どうして君が⁉」



 驚きながらも櫂人の攻撃を避ける大橋さん。


 でも、私を捕まえている状況では思うように動けないのか苦戦している。



「《朱闇会》とハンター協会で昨日からずっと探してたんだ。そこに連絡が入ったんだよ! ここにお前が潜んでいるってな!」



 説明しながらも櫂人は大橋さんに攻撃を仕掛ける。


 私に当たらない様にと気を使っているからなのか決定打には欠けるけれど、大橋さんも思うように動けないので拮抗していた。



「恋華を――俺の“唯一”の大事な女を返せ!」



 ひと際大きく吠えた櫂人は、大橋さんの顔面に拳を当てる。



「ぐぁっ!」



 肩を掴まれていた手が離れ、代わりに櫂人に優しく抱きとめられた。


 ふわりと櫂人の香りに包まれて、抱きつきたいのに腕が思うように動かせない。


 嬉しくて、悲しくて涙が次々と零れ落ちる。


 そんな私の耳に、カラン、と小さなものが落ちる音が聞こえた。



「恋華⁉ 熱い……これは、まさかっ」


「櫂人! 恋華さんに私の血を! 早くしないとヴァンピールになってしまうわ!」


「っ!って、え? かあ、さん?」



 私の様子に焦燥を見せる櫂人。


 少し離れた位置にいる真理愛さんが叫び、今の今まで彼女の存在に気付いていなかったらしい櫂人が驚きの声を上げた。


 その驚きの隙を突き、大橋さんが動く。


 近付いて来ようとする真理愛さんのもとへ素早く向かい、今度は彼女を拘束した。



「っく! 離しなさい! 早く、恋華さんに血を入れないと!」


「だったら、そろいもそろって私の邪魔をするな!」



 殴られ、櫂人という邪魔が入ったからか、大橋さんは先ほどまでの余裕をなくして怒りの声を上げる。


 声も、表情も、全ての態度に苛立ちが現れていた。



「この二年ずっと探して、やっと手に入るって時に……」



 大橋さんは、グチグチと呟きながら視線を動かし私と櫂人の近くで止める。


 そうして、酷薄な笑みを浮かべた。



「櫂人くん、恋華さんをヴァンピールにしたくなければそこに落ちている真理愛の血の結晶を持って来るんだ。私がそれを飲み込みさえすれば、真理愛が恋華さんを吸血鬼にするところを邪魔はしないよ」


『っ⁉』



 櫂人と、真理愛さんの息を呑む音が聞こえる。



「クソッ!」



 悪態をつきながらも櫂人が近くに落ちている小瓶を拾い、悔し気な表情になりながら大橋さんの方へ向かおうとした。


 でもそれを止めるように真理愛さんが叫ぶ。



「櫂人、その血の結晶を恋華さんに飲ませて!」


「なっ⁉」



 突然叫んだ真理愛さんに驚きの声を上げたのは大橋さんだ。


 櫂人は一瞬だけ戸惑いを見せると、「そうか」と呟いてすぐに指示に従う。



「恋華、大丈夫だ」



 確信を込めた笑みを浮かべながら、櫂人は小瓶からバラの形の石を取り出し自分の口に含んだ。



「やめろ! 何をするんだ⁉」



 大橋さんの叫びを無視して、櫂人は苦しげに喘ぐ私を優しく見下ろした。



「お前をヴァンピールになんて、させない」



 そして、唇が触れる。


 今は私の方が体温が高いのか、触れた唇はヒヤリとする。


 でも、すぐに熱は混じり合い同じ温度になった舌が真理愛さんの血の結晶を押し入れてきた。


 舌にその硬いものが触れた途端、私はまるで飢えを満たすようにその結晶を求める。


 今の私に必要なのは、これなんだと体が欲した。



 コクン、と飲み込むと、すぐに私の熱で結晶は溶けだし私自身に広がっていく。


 ヴァンピールになりかけていた私。


 吸血鬼になるためには足りなかった、ひとさじ分の吸血鬼の血。


 そのひとさじ分の真理愛さんの血は、この血の結晶が代わりの役目を果たしたんだと分かった。



 そうか、だから真理愛さんは薬だと言ったんだ。



 今まさに私の助けとなった血の結晶。


 真理愛さんがその最後のひとさじを入れられない状況のとき、私がヴァンピールになってしまわないよう……吸血鬼になるための最後の手段がこれだったんだ。


 体の熱が落ち着いていき、力が抜けていく。


 動けないことには少し不安に思ったけれど、熱く苦しい状態からは脱することが出来た。



「恋華……? 大丈夫か?」


「……うん。ありがとう、櫂人」



 私の呼吸が落ち着いたのを見て安堵した櫂人は、私の腕の拘束を解いて優しく抱き締めてくれる。


 動けなくて抱き返すことは出来なかったけれど、さっきとは違って幸せを感じることが出来た。


 櫂人の腕の中にいれば、それだけで安心出来たから。

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