第12話 アオバ=ポニア
武装した衛兵らの視線は鋭い。殺気を放っている衛兵を見て、シンは反射的に身を引くが、シゾルは笑みを浮かべながら近づいていく。まるで、餌を持ってきた主人に近づく子犬のようだ。シンが、ふとそんなことを考えた瞬間、衛兵長が大声を出す。
「貴様らかッ! 陛下への拝謁を希望されると申されるのは」
衛兵長の言い方は、高圧的だ。市民よりもっと低い身分の者たちに、命令を下すかのような態度だ。普通の神経をしているならば、反射的にその場に両足をついてしまいそうな気迫があるが、シゾルは何事でもないかのように平然としている。
「その通りです。セイザスの外交官、シゾルになります」
冷静に返答をして、衛兵長の眉が歪む。きっと、恐れおののき、へりくだった態度を取ると予想していたに違いない。シンはそう想像すると、楽しくなってきて思わずニコリと笑みを浮かべそうになる。だが、この場でそのような表情はふさわしくない。必死に腹に力を入れて俯いて、誰にも気づかれないようにやり過ごす。
「このような時間に来るとは礼儀を知らぬのか?」
「火急の件なれば、失礼かとは存じ上げたもののお時間をいただければ幸いです」
衛兵長の厭味ったらしい言い方も、シゾルは全く気にもしていない。鈍感なのか、それとも意図的に行っているのかは不明だが、態度に全く動揺が現れない。
「まあ良い。着いてこい」
王宮の中をおんぶされているわけにはいかない。シンは食事の時にシゾルの背中から降ろされたままだ。母親の後を歩いていくのだが、ついていくのが少しばかり辛い。体中の痛みに負けてこのままこの場所で横になりたくなる。
だが、それはシンにはできなかった。それはあまりにも無様だし、何より、暴徒らに負けたような気がする。暴力で勝てないのは仕方がないが、精神的に負けるのだけは絶対に嫌だった。
「あれ? 道が違うのでは?」
「こっちであっている」
シゾルが衛兵らに声を掛けるが、無視されてこじんまりとした建屋の一室に案内される。
「ここは、謁見の間でも儀典の間でも無さそうですが」
「いいから入れ」
押し込まれるように部屋に入ったシンたち三人は、想像していたより部屋が広いことに気づいた。華美な装飾物は無く青を基調とした冷たい感じがする部屋で、部屋の奥の窓際に、一人の女性が少しばかり装飾された椅子に座っているのがいるのが見えた。
「これは王妃殿下。ご無沙汰しております」
部屋の中央で跪くシゾルを見て、シンの母親であるユーファンとシンも同じように跪く。
「久しぶりですねシゾル殿……」
ポニア国王妃であるアオバ=ポニアは、椅子に座ったまま冷たい視線をシンたち三人に投げかけてくる。シンはその見下すかのような視線を直視したくなくて顔を下げたままであったが、少しだけ気になって瞳を動かすと、その視線はシゾルに向けられていることに気づいた。
「本日はどのような件で王宮に?」
「……」
アオバの問いにシゾルはすぐには答えない。
「何か不満でもあるのですか?」
「いえ、少しだけ疑問に感じられましたので」
「謁見の間ではない上、お会いしたのが陛下ではないからですか?」
「はい。その通りです」
シゾルの返答を聞いてシンは背後から口を抑えたくなった。何を言っているのだ。と文句を言いたくなったものの口出しをするわけにもいかない。唇にギュッと力を入れて言葉を飲み込む。
「それではお答えしましょう。ここは広さ的にも丁度良いから選ばせて頂きました。それと陛下はご多忙な身ですから、まずは話を私が伺うことにしただけです」
「それはそれは、是非、陛下にお伝えしていただきますよう」
シゾルが再び意図しているのかしていないのかわからない口調の返答をすると、アオバは乾いた笑みを浮かべる。美しくあるが、とても表面的だ。とシンが盗み見ながら考えていると、シゾルは話を始める。
「御存知の通り、このシゾル=テュングは、セイザス帝国の正式な皇位継承権の保有者です。私がセイザスを継ぐことができれば、私は帝国を今のような侵略国家ではなく、内政に力を入れた国家にしたいと考えています。つまり、平和がもたらされること間違いありません。ですから、セイザスに戻るために、貴国の助力をお願いしたいと考え参上した次第です」
跪いたまま雄弁にシゾルは語るが、アオバの表情はピクリとも変化しない。
「王妃殿下のお力で是非ともこの私をセイザスに戻していただけないでしょうか。さすれば、皇帝になりこの混乱の世の中を終わらせましょうぞ」
シゾルが熱弁を振るえば振るうほど、アオバは無表情になっていくように見える。これではとてもじゃないが、協力などしてもらえないだろう。シンが冷静にアオバを観察していると、シゾルは必死に話を続ける。
「現在のセイザスの皇帝であるホウは、いつ亡くなってもおかしくないほど高齢です。その時、皇位を継ぐためには、セイザスにいる者が有利になることは間違いありません。一日でも早くセイザスに戻り、皇帝の近くに留まる必要があります。如何でしょう王妃殿下」
シゾルが語りかけると、アオバはニコリと笑みを浮かべる。それが、快諾と受け取ったシゾルは御礼の言葉を述べようと首を伸ばすが、アオバが前に手を伸ばしてシンの動きを封じる。
「なるほど、お話はお伺いいたしました。本日は、わざわざ興味深い話をありがとうございました」
「それでは、いつ出立すればよろしいでしょうか?」
シゾルがアオバに質問をすると、アオバは不思議そうに首をかしげる。
「貴殿が、ポニアを離れるのは自由です。何も聞かれることはありません」
「ですが、貴国のご協力をいただけませぬと。放浪者のような身なりでセイザスに戻りましても、皇位には近づけません。ここは、是非とも立派な馬車をご用意いただけますよう重ね重ね……」
「申し訳ありませんが、ご協力するわけにはいきません」
アオバが返答をすると、シゾルは両手を広げて説得をしようとするが、アオバは面倒くさそうに首を左右に振ってから話し始める。
「まず、帝国とポニアは良好な関係とは言い難い状態にあります。その国から皇帝候補を送り出したとして帝国は受け入れるでしょうか」
「確かに、今は良好な関係とは言えませんが、それは今の話で……」
「次に、もし、貴殿が有力な皇帝候補であるならば、どうしてここにいらっしゃるのです? 既に皇太子は立てられており、現皇帝が崩御された後の準備も万全と伺っています。今更、貴殿が帝国に戻られたとて、何ができるでしょうか?」
アオバは少しだけうんざりとしているように見える。本当はここまで話すつもりはなかった。鈍感なシゾルのせいだ。とでも言わんばかりだ。
流石にこれでは引き下がるしかないだろうとシンが思った瞬間、シゾルは再び先程までの話を繰り返そうとする。次に王妃に会える機会はない。とばかりに、気迫をこめて話を続けようとするが、アオバはシンたち背後に立っている衛兵に視線を飛ばす。言葉にはしないが、ここからこいつらを追っ払えと言っている。
「もう、終わりだそうだ」
話を続けているシゾルの肩を衛兵長がポンポンと叩く。だが、それでも、シゾルは話を止めようとしない。
「同情はするが、いい加減にしろ」
衛兵長が跪いているシゾルの頬を平手で叩くと、シゾルは衛兵長に顔を向けて話を止める。
「では、行くぞ」
衛兵長が無理やりシゾルを立たせようとした瞬間、シンはその場に聞こえるような声で
「忘却」
とだけ発した。
マザコン引きこもり魔王に婚姻破棄されたので、私が皇帝になるルートを探しますね。 夏空蝉丸 @2525beam
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