嗚呼 憧れのポテトチップス

幸まる

いつかのおやつ

私は趣味でお菓子を手作りしますが、市販のお菓子も、もちろん大好きです。


手作りには手作りの良さが。

市販のお菓子には、市販の良さがあります。

特に、ジャンク菓子は、なかなか手作りでは味わえない刺激的な食感や味付けがあって、子供なら一度はハマる時期があるのではないでしょうか。




幼少期の私は、市販の菓子とはほぼ無縁の生活をしていました。

というのも、父が健康食品を扱う仕事をしていて、家で普段口に入れるものは、自然食品をメインとした母の手作り一択だったからです。


スーパーで売られているお惣菜ですら並ばない食卓。

練り物などの加工品は、出来る限り食品添加物の少ないものを選び、調味料も、父の仕事関連の所から自然派のものを取り寄せて使っていました。


ご飯は分づき米に麦を加えた麦ごはんで、白米を食べることはほぼありません。

ぷちぷちとした食感が楽しくて嫌いではありませんでしたが、遠足などでお弁当を食べる時は、ご飯が友達のものより茶色くくすんで見えて、少し恥ずかしかった覚えがあります。



おやつも、もちろん母の手作り。

作ること、もてなすことが好きな母は、料理もおやつも、マメに色々なものを作りました。

普段のおやつは、蒸しパンやクッキー、焼き芋、大学芋、ドーナツなどなど。

夏はバナナを凍らせたり、ゼリーやシャーベットもよく作りました。


割と凝り性だった母は、パン作りにハマってからは、毎日のようにパンを焼きました。

その時期はロールパンが日々溢れ、おやつは毎日焼き立てロールパン……なんてことも。

あんパンやクリームパンといった菓子パンに加え、ウインナーロール、コーンパンにピザ、カレーパンなどの惣菜パンも、おやつや朝食に並びました。

母は八十歳が近い今でも、ロールパンだけはお店に並ぶレベルのものを作ります。


学校から帰れば母がいて、手作りのおやつが待っている。

今思えば、とても贅沢な時間を過ごさせてもらったものだと思います。

私がお菓子作りが好きになったのは、間違いなくあの時間があったからでしょう。




さて、そんな手作りのおやつが当たり前だった幼少期ですが、子供は成長すると世界が広がりますね。


そう、私は出会ってしまったのです。

市販のジャンク菓子に。




それは友達の家に遊びに行って、一緒におやつを食べた時のことでした。


一人っ子の友達は、今日のおやつだと言って袋入りのスナック菓子を持ってきました。

スナック菓子の王様(私のイメージ)、ポテトチップスです。

カ○ビーのうすしお味。

友達はその袋をバリッと開き、そのまま手を突っ込んで一枚取り出すと、パリパリと食べ始めたではないですか!


買ってきたお菓子を、自分で好きなように食べるだとっ!?


それは私にとって衝撃的な光景でした。


我が家にも、もちろん市販のお菓子はたまに姿を見せました。

例えば、母の手作りのお菓子やパンをご近所さんにお裾分けした時、そのお返しに「お子さんにどうぞ〜」なんて大袋の菓子を頂いたり、夏や冬の贈答品で和洋菓子店の詰め合わせギフトを頂いたりした時には食べることが出来ました。


しかし、それは特別なおやつ。

しかも、四人姉弟の私達は、好きなように食べることは許されません。

常に分けて食べることが前提であり、そして末っ子の私の取り分は少ないことが多かったのです。


友達が市販の菓子を好きなように食べていることは衝撃でしたが、更に食べさせてもらったその味も衝撃でした。


なんてウマイ!

食べたことのない味と食感!


私は夢中でポテトチップスを食べました。

出された果汁の少ないジュースの甘さにも驚きました。

世の中には、こんなの毎日食べている子がいるの!?



驚きと羨ましさ。

それは家に帰ってからもずっとずっと残っていて、私は母に何とかそれを買ってもらうことが出来ないかと悩みました。


家でも食べてみたい。

別に毎日というわけじゃない。

たまにで良いから、買ってもらえないものだろうか……。


しかし、なかなか口には出せませんでした。

なぜなら以前、私は似たようなことで父に叱られたことがあったのです。


それはお弁当の日に、友達と卵焼きを交換した時でした。

友達のお母さんが焼いたという卵焼きを食べて、私は我が家の卵焼きの味とまるで違うことに驚いたのです。

ほんのり甘く、舌の上に旨味が広がる、食べたことのない卵焼き。

卵に醤油を混ぜて焼く我が家の卵焼きとは、まるで別物でした。


私は友達に頼んで、後日お母さんにレシピを書いてもらい、それを持って帰ってこれが食べたいと母に頼みました。

そして父に叱られたのです。


「化学調味料の入った食べ物を作ってくれとは何ごとだ!」と。


もらったレシピには、卵、砂糖、醤油に加え、○の素と書かれてあったのです。


現在は“うま味調味料”という呼び名の超有名「○の素」ですが、当時は“化学調味料”として、自然食品を推奨する人の中には、良いイメージを持たない人も多かったのです。

もちろん父もその一人。

出来るだけ身体に良いものをと、無添加食材を選んで生活しているのに、娘がそんな主張をするので仰天したのでしょう。


今思えば、母にこっそり渡して聞いてみれば良かったのに、家族全員が食卓を囲んでいる時に言ってしまったのがマズかったのです。

どちらかといえば厳格な父でしたから、家族の前で叱られて、私は震えました。

そして子供心に、二度とそんな主張をしないでおこうと誓っていたのです。



そんなこんなで、ポテトチップスが食べたいとは言い出せないままでしたが、一度持った羨望はなかなか消えないもの。

そして、学校で同級生に尋ねてみれば、皆ポテトチップスなど当たり前に食べたことがあると答えるのです。


珍しいのは我が家の方だと、小学校高学年にして初めて気付いた私は、ある日とうとう勇気を出して母にポテトチップスが食べたいと告白しました。

すると、想像していたよりもあっさり私の願いを聞き入れてくれた母は、翌日帰宅すると、ジャガイモを揚げておりました。


そうです、母はポテトチップスを手作りしていたのです。



どうやって希望を伝えたのか細かく覚えていませんが、どうも母は、私が「ポテトチップスを作って欲しい」と言ったと思ったようでした。

まだスライサーが家になかった頃で、母は包丁でジャガイモをスライスし、サラダ油で揚げて塩を振っていました。


ポテトチップスというには厚切りで、パリパリというよりはカリホクの食感。

そして味付けはシンプルに塩のみなので、市販の味とは全く違います。


……しかし、揚げたてはウマイ。


ちょっと違うんだなぁと思いつつ、美味しいので姉弟で競い合って食べました。

すると凝り性の母は、よりポテトチップスらしくなるよう、なんども作って改良を初めてしまったのです。


ジャガイモは丸々よりも、半分に切って半月型にスライスした方が薄く切りやすいとか、二度揚げしたらよりパリパリに近付くとか。


そうなってくると、もう買ってくれとは言い出せません。


結局我が家は、ポテトチップスも手作り一択なのねと、諦めの気持ちが湧いた頃。

ある日、揚げて時間が経ったポテトチップスを食べた兄が言いました。


「お母さん、カ○ビーのポテトチップスが食べたい」


な、なんと軽々しく口に出すのだ、この兄はっ!?


驚愕に倒れそうになった私に、耳を疑うような母の言葉が聞こえました。


「うん? お父さんのおつまみ用なら少し残ってるけど?」



…………母上、今なんと仰いました??



父は酒飲みで、毎日晩酌をする人でしたが、なんとそのお供に市販のポテトチップスを食べていたのです。

これには驚きすぎて、開いた口が塞がりませんでした。


よくよく聞けば、食事に関しては父のこだわりで自然食品をメインにしていましたが、おやつに関しては、全て母の趣味から手作りが並んでいたというのです。


父曰く、おやつはお楽しみ。

毎日はどうかと思うが、市販のお菓子を少量食べるくらいなら、良いだろうという考え。

おつまみもそれに近い考えで、ふだんはスルメや昆布でしたが、たまに市販の味濃い菓子を食べていたとのこと。


……えええ? そうだったの!?


姉や兄はとっくに理解していたらしく、高校生の姉は自分の小遣いでチョコレートやビスケットを買い、自室におやつ箱を設置していたことも判明しました。



知らぬは末っ子の私だけなり……。



そんなこんなで、市販の菓子も時々は口に出来るようになりましたが、実際に市販の菓子を食べるようになると、不思議と満足して、度々食べたいとか、たくさん食べたいと思うようなことはなくなりました。

やはり、“食べたいのに食べられない”ということが、憧れを強くする原因だったようです。




今、私は好きな市販の菓子を自由に買いますし、自分好みでお菓子も作れます。

でも時々、母の作ってくれた、すりおろし人参のたっぷり入った味噌蒸しパンが、無性に食べたくなるのです。

「レシピを忘れちゃった」と母が笑う、幻のおやつ。


私もいつか、娘達にそんな風に言われて笑うのかしら。


そんなことを思いながら、明日はどんなおやつを作ろうかと考えます。

まあ、ポテトチップスを手作りしようとは思いませんけれどね。




《 おしまい 》

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