第4話 バンバラルアの木(嘆きの呪い)


ウレタの北、アーランタのバンバ村にはルアという少女がいたそうな。


少女は、村で最も美しいものとして噂となっていて、成人までの年月を皆に期待されていた。


ルアの成人の年、村の長老たちはルアを誰に嫁がせるかを相談した。


ミシ村の長の子アサンか、シンジア村のセイメルか、はたまた…。


しかし、ルアには密かに思いを寄せるビリルという青年がいた。


そしてビリルもまたルアを愛していた。


ある日、ビリルはルアに求婚の証であるマレッタの木でできたお守りを渡した。


そして、結婚を認めてもらうために長を訪ねた。


しかし、長は激怒し、その場でビリル殺してしまった。


それを知ったルアはあまりの悲しみから三日三晩泣き続けた。


そして三日目の夜、森へと向かったルアは大きな木の下で、ビリルが狩りで用いていた刀をもって命を断った。


次の日の朝、ルアの亡骸を見つけた村人たちは悲しみに暮れた。


そして、ルアを弔うためにルアに近づいたとき、ふと雷鳴が轟き雨が降り始めた。


するとどうだろう、ルアの倒れている側の木の下にいた者たちの皮膚はただれはじめ、苦しみに悶えた。


これはルアの怒りだ、この木にルアの霊魂が乗り移り、怒りの涙を流しているんだ。


人々はそれ以来、この木を『ルアの木』と呼んで恐れて近寄ることはなくなった。


そして、ビリルの亡骸もルアの木の側に埋葬した。


ある時、ルアの木から一羽の橙の映える鳥が現れ、飛び立っていった。


この鳥はルアの魂が宿った鳥として、神聖なものした。


ある時、よそからやってきた男たちが神聖な鳥を捕まえてしまった。


村人たちは不敬な輩を批難したが、男たちは素知らぬ顔で神聖な鳥を食べた。


するとどうだろう、その男たちは突然苦しみ悶え、そのまま事切れてしまった。


以来、神聖な鳥は絶対に捕らえてはならないとした。


森が幾度も燃え上がり、大地が焼け果ててしまっても、ルアの木の子たちは焼け野原から芽吹き、また緑を取り戻してくれた。


ルアの木は、再生の象徴として、恐れられながらも崇められている。


そして、ルアとビリルが結ばれた子たちが森を成す姿を見て、祝福するのであった。


(古ウレタ地域アーランタ地方の伝承とより ロクロス編)


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【解説】

バンバラルア(Bambararua; 学名: Midlera bambararua D.Mens)

シカラノキ科の常緑広葉樹であるバンバラルアは、古ウレタ地域のうち砂漠の外縁に存在するアーランタ地方のステップ地帯に自生している。


照葉樹であるバンバラルアは乾燥地帯でも容易に生長し、樹高は最大で10メートル程度までとなる。先駆樹種であり、他の樹木が生育しない荒れた地域に好んで分布し、後述の特性から外敵にさらされることなく育つ。


種子は動物媒であるが、通常の環境下では発芽せず、熱などの物理的な休眠打破により発芽する。アーランタ地方で周期的に発生する大規模な火災の発生後に一気に芽吹くことから、一次遷移において重要な機能を果たす樹木である。


特筆すべきはその毒性である。

バンバラルアは葉や果実だけでなく、枝から樹皮の全てに強力な毒素を保有している。その成分はステロイドアルカロイドであるBambatoxinに由来し、常時葉や枝の表層に蓄積していることから樹体に触れるだけで皮膚に激しい炎症をもたらす。致死性は高く、種子の1つを接種するとアレルギー反応とともに体内を壊死させ死に至らしめる。


Bambaratoxinはステロイドアルカロイドであるが、テルペノイドに由来する骨格を部分的に有する。特徴として、親水性の官能基を構造に多く含むことから、通常疎水性であるステロイドであるが容易に水に溶けやすくなっている。この特徴から、雨などの水分がバンバラルアに触れるとその水分に吸収されそのまま流出してくる。


バンバラルアは近年の研究から、その周辺で奇妙な生態系を気づいていることが明らかになっている。

バンバラルアの葉には特異的なダニ部屋があり、そこに肉食性や菌食性の数種類のダニが生息している。これにより、葉が小型の吸汁害虫や病害により攻撃を受けてもダニが処理するという相利共生の関係にある。

また、共生するダニの一種であるQuelseria urticaeにはBambaratoxinをを合成する能力があることが明らかになっている。よって、Bambaratoxinはバンバラルアが生産しているのではなく、バンバラルアの栄養を吸収したQ. urticaeが体内で変換しており、それが葉を通して樹体全体の表層に蓄積していることになる。


相利共生はダニだけではなく、鳥類であるジーピリア(ジーッピリア)も種子の媒介者となっている。その鳴き声に由来する名を持つが、唯一バンバラルアの毒に対して抵抗性を持つ鳥である。種子の散布はこのジーピリア単一種に依存している。

ジーピリアは種子の摂食によりBambaratoxinを体内に蓄積することから、世界初の有毒鳥類として注目を集めた。アーランタ地方の部族ではジーピリアの死骸を乾燥させたものを砕き水に溶いた薬液を狩猟に用いている。


通常、バンバラルアは急速に生長する分多くの栄養を必要とし、その周辺の栄養が吸収され貧栄養状態になると途端に樹勢が衰え、そのまま枯死する。しかし、周辺が緑に囲まれた栄養条件の良い場所に自生する場合は枯死せずそのまま生育を続け、現在確認されている最古の個体は樹齢が100年を超えているとされる。


遺伝的分布を調査すると、ほぼすべての個体がその最古の個体を起源としており、現地では「母なるルア」として、恐れながら子をなし繁栄している姿を祝福するという、信仰の象徴の一つとしているとされる。


(了)

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植物文化図鑑~古ウレタ地域編~ 泡沫 河童 @kappa_utakata

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