第3話 シベルテアの湖(人喰らいの湖)
ある5人の盗賊が、街を追われ砂漠を彷徨い歩いていた。
いくつもの夜を越え、食料も水も尽きた盗賊たちは死を覚悟した。
意識が朦朧となり、今まさに死にゆくところに、眼の前に岩に囲まれた大きな穴を発見した。
灼熱の砂漠の熱波から避けるため、盗賊たちはその穴に避難することにした。
薄暗い穴の中を進むと、そこには翡翠色に輝く湖があった。
盗賊団は歓喜し、一目散にその湖に駆けていった。
しかし、5人うちの1人は立ち止まり、街で聞いた噂を思い出した。
「砂漠の真ん中には人喰らいの湖があるそうだ。そこには美しい緑色の湖があるが、そこの水を飲もうとするのが最後、突然そいつは死んじまうそうだ。
助けようとしちゃいけねぇ。湖に近寄ったら呪いを受けちまうんだ。」
ためらった男は振り返ると、通ってきた暗い道は逃げることを許さぬように風で押し返してくる。
男が湖に目を向けると、盗賊団のうち2人が湖の際で倒れていた。
離れていた2人は悲鳴を上げ助けに向かったが、その2人も突然静かに倒れてしまった。
恐ろしくなった残された男は恐怖に襲われ、全速力で穴を這い出した。
湖の穴は、まるで悪魔が大きな口を開けているようだった。
男は後に、通りがかったキャラバンに助けられたが、既に半狂乱の状態で事切れるまで「湖に呪われた…みんな喰われた…」と呟いていた。
(古ウレタ地域の都市エンバルに伝わる噂話より パークラー編)
----------
【解説】
アルセント P.『シベルテア湖に存在する藻類と微生物叢の多様性と生物間相互作用に関する緒言』J. ALBAACE Plant sci. 38, 1022-1038(1977)より引用
―古ウレタ地方は独自の生態系を今に残す地域であるが、東部に存在するシベルテア湖は特に個性的である。現地ではシベルテア湖は「人喰らいの湖」と呼ぶが、この湖自体が一つの古代の生態系であり特異な窒素循環環境であることに起因する。
この生態系は非常に複雑であるが、以下の生物種により構成されている。
・藻類:プルセリア(Pcuraera martiences)
・窒素固定細菌:エクサルマルダリエラ属(Exarumarudariela sp.)
・分解バクテリア
・還元細菌:パーメルサリア属(Paamelsaria landrosa etc.)
・脱窒菌:ベルベメレリア属(Vermeleria sp.)
平時は通常の水質環境同様に、窒素固定細菌が共生するプルセリアが光合成を行って生育している。
しかし、ある特殊な現象が周期的に発生する。
プルセリアは一定の周期で原因不明の一斉死を遂げる。一説では、隔絶された地形にある湖内は常に貧栄養状態にあり、一時的に溜められた有機物が代謝による尽きることでプルセリアの栄養がなくなることに起因するとされている。
湖内に生息する分解バクテリアによる代謝で大規模な硝化が発生すると、ここで湖底で休眠していた還元細菌が嫌気性環境により目覚め、速やかに硝酸イオンへと還元される。
この硝酸イオンが高濃度になると、休眠していた脱窒菌の活動が活発になり、脱窒過程に移行し、湖面が高濃度の窒素の層に覆われる。
過去に測定した結果では窒素濃度が90%を超えており、これは数回の呼吸で生物が窒息する濃度である。
この生態系が非常に高度である点は、砂漠という水分が存在しない環境では他の生物にとってこの湖はオアシスのように映り、実際窒素に満たされるまでは生物の水分供給源として機能している。
それが、突然死の湖と化すことで、訪れた生物が窒素ガス中毒により死亡し、更に良くできている話であるが、その死亡した生物を分解バクテリアが分解することで湖に有機物を供給することになる。
そして、死滅せず休眠していたプルセリアの生き残りの活動が活発となり、また元の環境に戻るというサイクルを数世紀にわたり繰り返している。
この生と死のダイナミクスを繰り返す湖の生態系は、むしろこの湖自体が一つの生き物であるかのように振る舞い、周辺に生きる生物を魅了し続けるのである。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます